05:薬について考える①
お隣さんから受け取った紙を手に、店内を見て回る。
うん。確かにどの薬も棚にある。。
書かれている薬は普通に店頭で買うことができるもの、医者の処方にあわせて用意するもの。どれもそれほど珍しい薬ではない。
息苦しいときや咳が多いときに飲むものばかりだ。
これならうちにあるし、他の店でも普通に扱っていると思う。
これ以外にといっても、在庫の一覧の効能の欄を見ていっても特にこれといって見当たらない。
話に出てきた医者も薬屋も、同じように効能を眺めてから処方して薬を出して、片端から試しているはずだ。
特別な薬を作り出すことは一筋縄ではいかないことだ。
ご主人様の言っていたことだが、薬はどうしても副作用というものがあるのだそうだ。
すでに効果効能がはっきりとわかっている材料を使って、確かに使えると確認が取れている調合で作るのが市販薬なのだそうだ。
用途がはっきりしない材料を使ったり、副作用が激しかったり、効果が確認できていなかったりといった薬は治療には使えない。そういうものは実験を繰り返して使えることがわかってから出回るものなのだという。
それはそうだろう。
今回の例でいえば、のどの症状を改善するつもりが呼吸が止まったなんてことになったら目も当てられない。薬屋が責任をとれる話ではない。
在庫無し、一覧表に無しでも、ほかに使える薬があるかどうかは、やはりわたしの知識ではわからない。ご主人様に聞いてみなければ。
台所に食器が見当たらなかったので三階へ上がり、ご主人様の部屋へ向かう。
扉を開けるとご主人様は床の上、壁際でまくらを抱え込み、うつぶせに寝転がって本を読んでいた。
あれから体勢はかわったけれど床の上であることに変わりはない。
食器はテーブルの上にまとめて置いてあるところを見ると、一応食べるものは食べたようだ。
「どうしたの?もうお茶の時間?」
「いえ、薬の問い合わせがあったので、一応お伺いしに。あとでも良いかなとも思ったのですが、お隣からですし、どうかと思いまして」
「お隣?珍しいね?」
ようやく本から顔を上げてこちらを見る。
確かにお隣からの注文は珍しい。熱が出たときの薬とかの注文はあったけれど、それは店にある在庫品で事足りる。
それ以外では特段のおつきあいのない、特別な薬を必要とするような家ではないのだ。健康で良いことだ。
「お隣で店員をされている方。あの方のご友人からということでした。これまでに処方された薬で効果がなく、ほかに良いものがないかというご依頼です」
聞きながら体を起こし、床の上に足を組んで座り直す。
ご主人様、お行儀悪い。
「これがこれまでの処方だそうですよ」
紙を手渡すと、ちらりと見て首をかしげる。
さすがは本職、すぐに何の薬なのかはわかったようだ。しかし首をかしげるというのは何かおかしなところでもあったのだろうか。
「これは全部試したっていうことかい」
「はい。そうおっしゃっていました」
「一般的な薬から、それなりに良い薬まで、まんべんなく出しているじゃないか。これは良い医者と薬屋だと思うよ」
そういう意味か。これ以上は取り立てて思い浮かばないということか。
腕を組み、悩ましげに目を閉じて上を向く。
「これ以外にってなると、それはやっぱり少し怪しい材料を使った怪しい薬になるだろうね。そうなると症状が悪化したりとかさ、効果がどうこう言う前に腹を壊すとかね、そんな薬になるよね。良い医者も良い薬屋も、そういうものは当然避けるし、その辺の説明はしているだろうさ」
やはりそういう話になる。
医者も薬屋も努力したのだ。その先に踏み出すかどうかは賭けになる。
良いところのお嬢さんが、家で懇意にしている医者から話を聞いていて、それでも悩ましくて、藁にもすがる思いで話を回してきたのだろうか。
でもそれは賭けに出ることになる。
医者がそれはできないと考えているであろうことだ。
想像するとかわいそうに感じる気持ちがわいてくる。
お隣のお嬢さんの年下のご友人、その妹となるとまだ小さいのではないだろうか。
それが治まらないのどの痛み、止まらない咳に苦しんでいる。
小さい子が長く病んでいるというのは、何か暗いものを感じさせる。
「すでに症状が悪化していて医者も匙を投げたいのかねえ」
やはり賭けには出られないと考えているのだろう。
問い詰めたらこれまで使ってきた薬のことを簡単に教えてくれたというのは、そういうことなのかもしれない。
これまでに使った薬を羅列して、こういう種類のものがほしいという。
既存の薬ではなくても良いから、必要としている効果が確かにあるものがほしいというのだ。
医者に頼りきれない気持ちがどうしてもあるのだ。
年下だというご友人はもしかしたらわたしと同じくらいの年かもしれない。
それがまだ小さい妹のことで必死になっているのだ。両親や医者にただ任せたままでいることができなくなっているのだ。
「これは難しいねえ」
「お医者様でも無理でしたら、薬の用意も難しいですよね。そうしたらお隣にもこれはやはり無理ではないかっていうお話をしないとですね」
心苦しい。まだ幼い姉妹の必死の抵抗をつぶしてしまうことになる。
それでも現実は厳しいのだ。
直接は知らない姉妹なのだ。心苦しい程度でまだ耐えられることだ。伝えなければならないだろう。
ご主人様はこれはこの薬になって、これはあの効果があってこう組み合わせてと、紙の上を指でなぞりながら検証している。
その表情を見る限り、特に新しい発見はなさそうに思える。
「あ、そうか、隣からだっけ」
顔を上げて急に言う。
忘れていたのか。そうです、お隣さんからのご注文ですよ。
今更何を言っているのか。
しかし知り合いであっても無理なら無理でそう言わなければならない。やはり早めに伝えた方が良いだろう。
「隣か。隣の娘の、友人。理解した。どこの誰とは言っていた?」
「おじいさんつながりの年下のご友人だそうですよ。市場の近くのそれなりに大きな家の方だと伺いました」
「あー、なんとなく、あれかなという娘が思い当たるな。あれで当たりなら、その娘はうちを知っているぞ」
うん?
この店を知っている人がわざわざお隣経由で依頼なんてしてきますかね。
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