聖母マリア殺人事件!!!
立花 優
第1話 『聖母マリア』
新型コロナがようやく収まった頃、6月の中旬、北陸の石川県金沢市郊外近くの中古マンションで、一人のうら若き女性が、強姦殺人された。現行刑法によれば不同意性交殺人と言う事になるのだろうか?
県警の鑑識課が調べたところ、彼女の殺害推定時刻は午後9時30分過ぎ、彼女の胃袋には、多分、犯人と一緒に食べたであろう、高級スィーツが半分近く残っていた。
彼女の部屋は1LDKの賃貸マンションで、その場所から、徒歩約10分で彼女の出身母校、日本海総合大学の学園に通える。また、近くにバス停がある路線バスに乗れば、彼女の勤務していた金沢市駅前の高級大型ホテルまで約15分で着く。彼女には学生時代から借りているマンション内での事件だった。
ただ、この事件で最大の禍根となったのは、当該賃貸マンションが、当初から日本海総合大学の女子学生又はそのOBに貸す事のみを目的としていたため、防犯カメラが一切取りつけて無かった事だったろう。
更に運の悪い事に、いつもは門番として目を光らせていた守衛の独り身のオバサンが、その日に限って風邪で寝込んでいた事だった。これがたたり、誰も犯人らしき人物を直接見た者がいなかった事も、更に事件の解明を遅らせたのだ。
当初、石川県警は、彼女は24歳の適齢期の女性である事、強姦殺人である事、事件が起きるほんの小1時間前程には、被害者の女性と犯人と思われる男性との間で、彼女のマンション内で、高級スィーツとジュース、更には缶チューハイ・カクテル風も彼女自身で一缶飲んであった事から、相当に親しい間柄の男性であると目星を付け、事件の早期解決に自信を見せていた。
しかし、県警の当初の思い込みは、最初の2~3日目で、脆くも崩れ去る事になる。
何故か?
「係長、ガイシャの男性関係が、全くありません」と、担当の捜査一課の中村主任刑事が言った。
「バカを言うな。金沢市でも有名な超高級店の洋菓子店『プロヴァンス』本店から、事件のあった当日の昼過ぎに、例のスィーツを彼女自身が2個購入している事は、調べがついているのだ。その内の一つの片鱗は彼女の胃袋の中から発見されている。もう一つのスィーツは、必ずホシも一緒になって、冷蔵庫から出したジュースや缶チューハイ・カクテル風と一緒に飲みながら食べた筈だ。
いいか、それのみでは無い。テーブルの上にあった飲みかけの缶チューハイ・カクテル風の中からは、睡眠薬の中でも、最も即効性の高いと言われているハルシオンの成分が検出されている。
ここで、缶チューハイ・カクテル風が使用されたのは、ハルシオンは悪用防止の為に、青色で、使用されても発見され易いからだ。だが、青い色のカクテル風の飲み物なら、簡単に発見され難いのだ。実に、頭の良い知能犯だと類推されるでは無いか。
この事からも、彼女には極親しい男性がいて、彼女に睡眠薬入りの缶チューハイ・カクテル風を飲ませた男性がいた事は疑うべき理由すら無いのだ。その男が、昔で言う強姦殺人し、精液を彼女の体内で、中出ししたのだぞ」
この捜査第一課係長の一言に、いつもは従順な中村主任刑事が珍しく猛反論を開始したのである。
「しかし、係長、無いものは無いのです。私も最初はタカをくくっていました。
しかし調べれば調べる程彼女の男性関係は全くと言って良い程、浮かび上がってこないのです。何故かと言うに……」
「一体、中村主任はどんな聞き込み捜査をしたと言うんだ!人をバカにするにも、いいかげんにせんかい!」
「ですから」ここで、中村主任刑事は流れる汗をハンカチでぬぐって更に続けたのである。
「私は、ガイシャの谷川真里亞(マリア)の高校生時代や大学生時代の友人にも当たってみました。
なる程、彼女は、ミス高校にも、またミス大学にも選ばれています。しかし問題はここからでありまして、彼女は、恐るべき美貌と神秘性をその体から醸し出していたそうです……。
ですから彼女にまともに声を掛けられる男性は、中学校以来一人もいなっかったそうです。私は、彼女の実の両親にも会ってきましたが、父親は、バージンの娘と,
教会のバージンロードを歩むのが夢だったと涙ながらに語っていました。
ここに彼女の生前の写真がありますが、この私ですら、近づきがたい美貌と神秘性を感じませます。
彼女の両親は、今、言ったとおり熱心なキリスト教信者であり、多分、キリスト教原理主義者と思われる不思議な教団に入っていたと言う噂話も聞きました。きっと彼女もその影響を強く受けていたものと考えます。多分彼女は、この両親の影響もあって男性関係は全く無かったとしか結論せざるを得ません」
「キリスト教原理主義者とは何だ?初めて聞くが。イスラム教原理主義者ならテレビでのニュースでもしょっちゅう聞いているが?」
すると、捜査第一課の末席に座っていた、その年の4月に、この課に配属になったばかりの高知刑事が、ぼそりと説明をした。
「キリスト教原理主義者とは、いわゆるキリスト教の教えを全面的に信じる、いわば無批判的キリスト教徒の事です。
キリスト教は、原点をユダヤ教の旧約聖書に求め、正典を新約聖書に求めています。
その、旧約・新約の聖書内の文言を全て信じると言う信者の集まりです。例え、現代科学とどれほど矛盾する事が記載してあっても、現代科学よりも聖書の記述のほうを信じると言う信者の事です。この原理主義者より少し軽い信者達は、通常『福音派』と言って、現在アメリカのキリスト教徒の約3割が該当するそうです。
ただ、この日本では、ほとんどいないと聞いていましたが……」
この高知刑事の意見に力を得たのか、中村主任刑事は、更に声を強めて説明する。
「今、高知刑事が言ったように、そんな家庭環境に育っていたのです。
ですから、ガイシャには、どれだけ探しても男性関係が全く出て来ないのです。結婚してから初めて男女の関係になる事が許されると言う、今時、超厳しい家庭環境で育った彼女は、昨年の4月に就職した高級ホテルのホテル・コンシェルジュとして頑張っていました。しかし、その職場内でも男性関係は見つかりませんでした。
係長、彼女の高校や大学時代のあだ名をご存じですか?何と『聖母マリア』と言われていたんですよ」
「そんな、能書きは聞きたくも無い。だいたい「地取り(周辺への聞き込みの事)捜査」の名人の中村刑事が、そんな弱音を吐くとは思ってもみなかったよ。分かった、今日から中村刑事は、新人の高知刑事と新にコンビを組んで捜査に当たれ。これは職務命令だ」
「えっ、高知刑事とですか?」
「そうだ、石川県警始まって以来の、全科目満点合格入庁の高知刑事とだ、いいな!」
さて、ここで名前の挙がった高知刑事の概略を述べておこう。
この高知刑事の父親も、もともと石川県警の巡査長であった。しかし、高知刑事が小学校3年生の時の6月に、北陸自動車道金沢市東インターから車なら1~2分、徒歩で約15分程で着く、繁華街の路地裏で、右脇腹をナイフか包丁で刺されて死亡。
死亡推定時刻は午前2時であった。多分、不審者を見つけ職質をしていたところ、突如、刺されたものと考えられる。普段、車や人もそこそこ通る場所ではあったものの、その日の午前2時15分過ぎから、1時間の間に約50ミリもの大雨、現在で言うところのゲリラ豪雨が降り、父親の死体が発見されたのは、午前3時15分頃、新聞配達員のオバサンに見つけられたのだ。
この間、約1時間、高知刑事の父親は、大粒の冷たい雨に打たれていた事になる。石川県警は、即、非常線を張ったものの、現在のように防犯カメラも設置されていない頃の事。結局、現在まで犯人は捕まっていない。
この父親の無念を晴らすべく、高知刑事は勉強と武道の両立を誓った。
大学は東京の超一流国立大の文学部心理学科犯罪心理学専攻、現在、空手初段、柔道3段、剣道初段の計5段の猛者である。
合格間違い無しと言われた高級官僚の試験を敢えて受けずに、石川県警の試験に過去最高得点の全科目満点で合格。彼には、1つ違いの年子の妹がいるが、既に、結婚している。父の死後は、母子家庭のまま現在に至っている。
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