雨になった話
六散人
【01】
ガキの頃から雨が好きだった。
別に大した理由はない。
雨に濡れていると、何となく心地よく感じるからかも知れない。
晴れは苦手だ。
妙に明るくて、何故か自分を後ろめたく感じるからだ。
曇りは曇りで、中途半端で気が滅入る。
だから雨、特に激しい雨が好きだった。
激しく降る雨粒を全身に浴びると、それまでの自分が、綺麗さっぱり洗い流されるような気がするのだ。
碌な生い立ちではなかった。
ろくでなしの親の子に生まれ、どうしようもない育ち方をして、下らない人生を歩んできた。
別にぐれて不良になった訳でもない。
中学高校と殆ど目立つこともなく、友達もいない、多分いてもいなくてもいい、そんな学生だった。
高校を出て、就職した先の工場が不景気で倒産した後は、職を転々とした。
親とは、とっくの昔に縁が切れている。
今では生きているのかどうかさえ分からないし、知りたいとも思わない。
そして今の俺の生業は、強盗だ。
最初は生きていくために、人の家に押し入って金を奪った。
しかしそのうち、俺の心の中で、手段が目的に変化していった。
つまり、金よりも人殺しが目的になっていったのだ。
目的というよりも、快楽と言った方が正しいのかも知れない。
俺より恵まれた人生を送ってる奴らが、俺みたいな屑に怯えて命乞いをする姿を見ることが、堪らなく心地よかった。
最近は、特に金に困っている訳でもないのに、人を殺したくて強盗を働いている。
我乍ら、心底つまらない、下らない人生だと思う。
いずれ警察に捕まって、死刑になるのだろう。
何しろ、もう10人以上は殺しているからだ。
今まで捕まっていないのが、不思議なくらいだ。
単に悪運が強いだけだろう。
そして、そんな運がいつまでも続かないことは、俺自身が分かり切っていた。
死ぬのが怖いとは、あまり思わない。
散々人が死ぬのを、目の前で見てきたからかも知れない。
最近は、出来るだけ大雨の日を選んで、強盗を働くようになった。
人を殺して、血にまみれて、汚れ切った自分が、激しい雨粒を浴びることで、洗い流されるような気が多分するからだろう。
それに大雨の日には、最近増えてきた防犯カメラの映像が、雨で霞んで映りにくくなるのも好都合だった。
その日は、今年一番の大雨が降っていた。
風はなかったが、大きな雨粒が、叩きつけるように地面に落ちてくる、そんな大荒れの天気だった。
俺は、数日前に偶々目を付けた一戸建ての前に立った。
全身を覆う厚手の雨具を、強烈な雨が容赦なく叩きつける。
その家を今夜の獲物に選んだのに、大した理由はなかった。
道を歩いていて、両親と小学校低学年に見えるガキが、さも幸せそうに歩いていたのが癇に障ったからだ。
妬みと言われれば、そうなんだろうと思う。
俺は大して高くもない塀を乗り越えると、家の裏手に回った。
昨晩下見をしていた通り、裏庭に面したガラス張りの扉は、雨戸を閉めていない。
――不用心なことだな。
俺はせせら笑った。
ガラス切りを使って、クレセント錠の周囲のガラスを切り取ると、難なく屋内に侵入することが出来た。
深夜のこの時刻、当然のことながら、家の中は静まり返っていた。
俺は物音を立てないよう、慎重に2階に上がる。
俺が寝室に入ると、親子3人並んでぐっすり寝入っていた。
そのまま気づかないうちに殺すこともできたが、俺は敢えて室内灯を点けて、3人を叩き起こすことにした。
その方が面白いからだ。
3人は、最初は何が起こっているのか分からない様子だったが、やがて事態に気づくとパニックを起こした。
最初に喚き散らす父親を滅多突きにして刺し殺す。
次は、ガキを庇って泣き叫ぶ母親の頭を、寝室に置いてあった金属製の置物で叩き割った。
そして最後に、怯えて声も出ないガキの髪の毛を掴んで喉笛を、一気に掻き切った。
終わってみると、いつものように呆気ない幕切れだった。
室内は俺が入ってきた時と同様に静まり返っている。
俺はついでのように家の中を物色して、幾ばくかの現金を手にすると、大雨降りしきる屋外に出た。
そしていつものように、全身に雨粒を浴びて、雨具に飛び散った血と共に、どす黒い色に染まった俺の心を洗い流そうとした。
しかしその日は、いつもと違っていた。
雨粒が俺の全身に纏わりつき、雨具を通して中に沁み込んできたのだ。
俺がその異変に気がついた時は、既に遅かった。
俺の体は表面から溶けて、雨と共に流れていったのだ。
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