第16話 縛られず
ステッキを握りしめ、重心を落として戦闘態勢を取る。
敵は天井。体長目測1.5m。
視線を走らせる。
足がかりがなければ、あそこに居る相手に攻撃が届かない。
等間隔に並んでいる、ぎっしり物の詰まった棚はどうだろう。見上げるほどに高いが、足がかりにするには不安定で、仮に頂点で跳んだとしても高さがちょっと足りない感じ。
壁を蹴り上がってとも思ったが、予備動作が長すぎるのがネックだ。
壁に走って、配管とかをよじ登って、壁を蹴って飛びかかる。3手もかかって出せるのは、身体を中空に放り出す無防備な攻撃のみ。
相手の手札がわかってない以上、リスキーがすぎる。
つまりこれって、
「アレ倒すの、無理くないですか」
「パンチとキックだけだと〜、厳しいかもね〜」
魔法を使え、という言外のアドバイス。
いや、そうしたいのはやまやまなんだけど。
「......『ファイアー・ボール』!」
「
杖の先を標的に、まっすぐ飛ぶ火の玉をイメージして叫んだが、代わりに出てきたのはステッキからの機械質音声。
魔法、使えたら苦労してないんだよこちとら!!!!!
物陰から差し出される追加の助言。
「魔法には〜、適性みたいなのがあって〜
適性の高い魔法なら少ないMPで出せるんだな〜」
要するに、赤い魔法少女で言うところの炎なのだろうか。
「えっと、つまり?」
「適性が見つかるまで〜片っ端から試せってこと〜」
無茶苦茶だ。
砂漠から一粒の砂金を探し出すような荒唐無稽。だが、手にしなければ状況は打開できない。
きっ、と蜘蛛の方を睨みつける。
えーと、雷と火はダメだってわかったから.....
「『ウォーター・カッター』!」
「MPガ足リマセン」
外れ。
「『アイス・ストーム』!」
「MPガ足リマセン」
外れ。
「『リーフ・』えっと......『なんとか』!」
「MPガ足リマセン」
外れ。
「『なんか岩』!」
「足リマセン」
呪文がってことか!?
「......
「ソレハチョット。」
「じゃあ何なら出せるんですか!?」
「オパンツヲ、少々」
「何の為に!?」
「変身衣装ノ、ストックデス」
「イヤーッッッ!!!!!」
へし折ってやろうかこのポンコツステッキ。
「あんまりステッキの言うこと間に受けないでね〜」
補助金のために急造の会話AI搭載しなきゃ行けなかったんだよね......と聞いてもない裏話。
だとしても違うだろ。パンツを出せるAIは。
「直接攻撃するだけが魔法じゃないから〜
もうちょっと色々試してみて〜」
幸い向こうは動かないからさ〜、と付け足し。
蜘蛛は最初見た位置からほとんど動いていない。気圧されてるのか、哀れんでるのか。
前者ということにしておこう。つらい。
......深呼吸。
発想を柔軟にする必要がある。
現状を整理してみよう。
(なんで、魔法使わないといけないんだっけ)
こちらの取れる手段は、不確実で高リスクの飛びかかり攻撃しか今のところないからだ。
それでは、ダメだ。
(なんで、ダメなんだっけ)
昨晩の戦闘がリフレイン。
とっくに過ぎ去っていったはずの熱が、幻覚となってこの身を焦がす。
──翼を持たぬ生き物は、一度跳んだら着地するまで、その軌道を変えられない──
じとり。ヤな汗をかいた。
きっと
刻み込まれた痛みと恐怖が、生存本能となって警鐘をガンガン乱打。
安易な飛び込みは危険だ。
人間が、重力に縛られている限り。
(......重力。)
──閃き。
そして、確信──
そんな、簡単なことなんだったと。
ずっと縛られていた鎖から、解き放たれたかのような清々しさが身体を駆けた。
屈む。サイドテールが汚れるのも厭わずに、片手は床に付き、もう片手はステッキを握りしめる。顔は頭上の蜘蛛を見据えたまま、奇しくも壁を蹴って飛ぶような体勢。
上手く行くという保証も、これに限って魔法が使えるという根拠も、ない。
現実的に考えて、こんな挙動を為せる道理は一切存在しない。
ああけど、しょうがない。
この解放感に身を委ねてみたいと、何よりわたしの身体が叫んでる!
(上手く行く道理がないのなら。
現実の方を、捻じ曲げる!)
それを為せるのが、魔法少女なのだから。
「......『裏返せ』」
簡素な呪文、およそ三文字。
物理法則を歪めるには、たったこれだけでよい──
ぎゅん、と何かをごっそり持っていかれるような感覚。
髪もスカートもショートマントも、不自然な挙動でゆるりとめくれ始める。
そして浮遊感。......否、そんな生易しいものではない。
それは重力である。
逆向きに働いた重力が、手を、足を、身体を床から引き剥がそうとする。
無いはずの位置エネルギーを捻出して、ありえない方向の運動エネルギーへと変換し始めた。
──これこそが、魔法。重力反転。
今からわたしは、
「はっ!」
床を蹴って飛び出す。
それは上に落ちるためではなくて、前に速度を持たすため。
発射角度が垂直からややズレる。そしてそれは、ちょうど蜘蛛を
瞬く間に縮まる彼我の距離。
どんどこ離れる頭上の地上。
それは、両者の均衡を保っていた緩衝地帯を飛び越えて、開戦合図をぶちまけたことを意味する。
倉庫の上方、
目算たぶん1.5秒、
しかし、あくまでリーチが届かない問題を解決したに過ぎない。
逆に、懸念していた宙に身体を放り出す危険状況に身を置くことになってしまっている。
舞う埃、差し込む
「!」
こちらが落下すると同時、蜘蛛は構えを取っていた──
蜘蛛は、巣を張るタイプと張らないタイプの大きく二つに分かたれる。
この魔物は恐らく後者。
そして
──たった一歩の後退。その位置は、こちらの攻撃が直撃しない位置。そして、天井から地上へと、跳躍せんと脚を縮めこめた。
それは1.5秒で為せる範囲の、攻防への最大限な布石である......!
待ってる未来はこうだ。
落下軌道を見切られて、攻撃を躱される。
同時、天井から跳び出した蜘蛛が、その異常に鋭く発達した前脚で、すれ違い様にこちらを斬り捨てる。
なまじ互いに速度が付いている分、魔法少女でも耐えられないほどの威力をもって。
脳から身体に伝播する、0.5秒後の死の予測。
やっぱりダメじゃないのかと、呆れるため息生存本能。
きりきり視界が狭まって、ぎりぎり伸びる体感時間。
ぞわりと奔走。怖気が指先までたっぷり。
空を切る度、熱を奪われていくような錯覚。
──そして、忘れてはならない。
予測を裏切ることこそ、魔法のもつ替え難い本質である......!
「『曲がれ』!」
がくん、と身体が持っていかれる感覚。
落下の速度をそのままに、不自然に付け足された加速、運動。
それはまるで、急に重力が横方向に傾いだかのような、予測を裏切る摩訶不思議──!
死の予測、実行。
しなやか多脚が生み出した、弾丸のような跳躍。
上への落下、下への落下。
破壊的な相対速度をもって振るわれる、真っ黒な死神の鎌は、しかし。
不自然な挙動の少女を相手に、掠ることなく空を切る──!
こちらの攻撃は、躱された。
そして向こうの迎撃も、躱してみせた。
互いに致命の交錯は、無傷のままに天地解散。
「っ!」
ガン、と硬質な音を立てて着地。
10m分の、強烈な衝撃。
ひしゃげた倉庫の天板が、その破壊力を物語る。
けれどもビクともしないのが、魔法少女の強靭ボディ。
横に
追撃しよう。
天井を蹴って、再度地上へ加速する......!
「『落とせ』......!」
重力を元ある向きへ。
正真正銘、正しい向きへの落下行動。
登るときは上下逆さで流した景色を、さらに上下反転逆再生。
さあ、最後の詰めを始めよう。
空中に放り出された、一匹ともう一人。
先行、デカくて禍々しい蜘蛛。
後行、色々はためく魔法少女。
垂直線が両者を貫く。
飛ぶように走るは
──奴はまだ地に脚つかずの状態。だがそれも僅か数瞬のこと。
向こうが着地して、体勢を立て直し、こちらの追撃を躱すだけの時間は、残念ながらおそらく存在する。
そうなってしまえば敗北濃厚だ。これから地上戦を行うための余力もMPも、あまり残されてはいない。
たった2秒に満たぬ交錯で、こっちは隠せないほど疲労感。
現実を捻じ曲げた代償は、重い──
だから、そうなる前に仕留める。
「『落ちろ』ッ!」
重力という縛りから解き放ったはずの、わたしの身体を。
あえてがんじがらめに縛り付ける。
強く、強く......より強く。
──本来、同時に自由落下を始めた二つの物体は、理論上はまったく同時に着地することが決まっている。
それは、
そこに物体の重さ大きさの違いは関係しない。重力加速度のみが定める、絶対の法則──
そして、法則なぞというものの重みは、魔法の前では信じられない程軽い。
翼を持たぬ生き物は、なんて言葉は聞き飽きた。
殺すも活かすも、こちらの自由に捏ねられるのだから──!
「『マジカル』.........」
尋常では有り得ない程の強さの重力を全身に浴びながら、なんとか空中で体勢を整える。
詰めることのできない、絶対のはずの距離はいとも簡単に詰まっていく。
それは空中で蜘蛛を捉えるには足らず、けれども着地に間に合わすには充分すぎる、常識外の加速であった。
腕を振り上げる。
もう残りカスしかないMP全てを拳に纏わす。
着地と同時、この速度を乗せた、必殺のパンチを叩き込んでやる......!
数瞬。
蜘蛛が着地した。
10m分の衝撃。硬直。
そこからの退避。
本来であれば間に合うはずだった行動は、しかし
「『パンチャー』あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
脳天に直撃した、想定より数瞬──ほんの数瞬早く届いた一撃が。
現実に縛られた想定を、粉々に打ち砕いた。
───────────────────
「......す〜ご〜い!!!!!」
拳、膝、もう片足。
いわゆるヒーロー着地でトドメを刺したわたしの耳に。
コルパの声が聞こえる、ような。
「まさか〜、始めての魔法をあんなに使いこなせるなんて〜!
予想はしてたけど〜、遥かに越えてきた〜ってやつ〜?」
間延び、した声が。
ゆるやかに遠ざかる、意識をやさしく、撫でていく。
疲労、困憊。
「あ、でも〜
そろそろ赤いのが駆けつけてくると思うから〜
退避しないとマズいかも〜」
それはさ。
早めに言って、欲しかったかなって。
「......ムリ。」
それが、遺言。
なるように、なれ。
祈る暇もなく、意識の手網を手放した。
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