対話
■不明
まあ、適当に寛いでくれ。
■シン
はあ、どうも……。
■地文
何だろう、この部屋は……。
■シン
いつもこんな風に、他人に対して強引なんですか?
■不明
何を云うか。
幾ら私でも、誰彼構わず強引なわけじゃない。
■不明
君が気弱そうで、強く押せば逆らってこないだろうと思ったから迫っただけだ。
生来、私は人見知りでな。
■地文
悪びれもせず、そんな事を云う。
なんと勝手な人だろう。
■シン
逆らってこなさそうな、弱そうな奴を狙って、強い態度に出ているんですか。
■不明
その通りだ。
お陰で、帰ってこられたな。
■シン
そう云うのって、ダサくないですか。
■地文
つい、失礼な事を云ってしまった。
相手につられてしまったのかもしれない。
■地文
だが、相手は気にした風でもなかった。
■不明
ほう、ダサいとな。
その心は?
■シン
だって、強い相手には強気に出ない訳でしょう。
■不明
うむ、そうだな。
■シン
ダサいじゃないですか。
■不明
ふむ?
■地文
何やら、小首を傾げている。
■不明
私も、自分がセンスのある人間だとは思っていないが、まあそれはそれとして。
君の云うダサいと云うのは、どんな意味だ?
■シン
ええ、何だろう。
恰好悪い……とか?
■不明
ふむ、恰好悪いと?
■シン
だって、弱い相手になら幾らでも強く出るけど、強い相手には逆らわない訳でしょう。
なんか、情けないと云うかみっともないと云うか。
■不明
ふむん。
では、こう訊いてみようか。
■不明
君の云う通り、そうした態度はダサい、であるとしよう。
ところで君、動物は好きか?
■シン
動物、ですか?
■地文
今度は、一体何の話なんだ。
■不明
好きかと云うより、そうだな……。
例えば、猫か何かが、ある小動物を襲うとしよう。
■シン
はあ、猫ですか。
■不明
彼らも、ああ見えて肉食動物だからな。
獲物を見つけて、襲いかかる。
ではその猫が、熊と遭遇したら?
■シン
熊、ですか。
■不明
どうした、オウムのマネかね?
■不明
とにかく君はこの時、猫に対して、ダサいと思うのかな?
■シン
猫に対して、ダサい……。
別に、思いませんけど。
■地文
と云うか、意味が解らない。
猫に対してダサいって、どういう事だ?
■不明
そうかそうか、ではここで質問なのだ。
■不明
私も猫も、弱い相手には強気に出て、強い相手からは尻尾を巻いて逃げる。
■不明
しかし、何故私はダサくて、猫はダサくないんだろうか?
■地文
え?
■シン
貴方はダサくて、猫はダサくない?
■不明
うむ、君の云った事だ。
■不明
私は気弱な君には強く出るが、恐そうな相手には話しかけもしない。
君曰く、それはダサいのであろう?
■シン
ええ、そうですね……。
■不明
猫も同様に、自分より弱い相手には強く出る。
自分より強い相手には、挑みもしない。
それは私と、どう違うんだろうか?
■地文
どう違うって……。
どう違うんだろう。
■不明
私の考えとしては、それは動物として当然の事だと思う。
自分が大事だからこそ、危機からは逃げるのが当然だ。
それは、ダサい事なのか?
■シン
いえ、どうでしょう……。
■地文
確かに、動物として当然の事だとは思う……。
■地文
どうして猫はダサくなくて、この人はダサいと云う事になるのか……?
■シン
動物と違って、何と云うか、弱い者いじめをするのがダサいんじゃないでしょうか。
■不明
ほう、弱い者いじめ。
■地文
自分だって、僕の言葉をオウム返ししている。
そして、何故楽しそうなんだろう。
■シン
動物は、食べる為に獲物に襲いかかる訳でしょう。
でも人間は、別に相手を食べようとしているわけじゃない。
■シン
弱い者いじめは、しては駄目でしょう?
■不明
まあ強い相手をいじめられる時は、既に自分の方が相手より強いのだから、相手をいじめるからには相手は自分より弱い、と云う事になりそうだが。
■地文
何やら独りでブツブツ呟いている……。
本当に、何なんだろうこの人。
■不明
弱い者いじめをしてはいけない、と云うのはそうかもしれない。
だがそれは、ダサいと云う印象とは関係がなさそうだが、どうかな。
ダサかろうが、ダサくなかろうが、いじめてはいけないだろう?
■シン
はあ、まあ……。
■不明
私としては、君の印象を聞きたいのだよ。
人間が、弱い者には強く出て、強い者には強く出ない、これに対するダサいと云う印象が、何に起因しているかを知りたいのだ。
■地文
そう云われても……。
■地文
弱い者に強く出て、強い者に強く出ないのがダサい理由……?
■シン
別に大した人間と云う訳でもないのに、威張って見せているのがダサいんじゃないですかね。
■不明
ほう、大したことない人間。
しかし君は、私が大したことない人間だと知っていたかね。
いや、実際そうなのだが、いつ知ったかな。
■地文
なんでこんなに嬉しそうなんだろう、この人……。
■シン
んー……貴方が大したことない人、と云うか。
強い相手には敵わないのに、弱い相手にばかり威張るのは、大したことないな、って。
■不明
ふうむ、だがそれでは、最強者以外は全員威張る事はできない訳だな。
自分より強い相手が居たら、どうしたって逃げるのだろうから。
修行だとか鍛錬だとか云うならともかく、自分より強い相手に徒に挑むのは、勇敢なのでも強いのでもなく、愚かなだけだ。
■シン
それはそうでしょうけど……。
■不明
と云うか、私としては、強かろうが弱かろうが、そもそも威張っていると云う態度自体がみっともないように思うのだが、君はどう思う?
■地文
威張っている態度自体が、みっともない……?
■シン
そうですね。
それがみっともなくてダサいんだと思います。
■不明
うーん、そうか……。
だがそれだと、私は別に君に威張ったつもりはないんだが、ダサいと思うかな。
■地文
存分に威張ってると思うけどな……。
■不明
何か無礼な事を考えているな?
だがとにかく、こう云う事だろうか。
■地文
相手は、口元に人差し指を当てて、虚空を眺めながら口を開く。
■不明
恐そうな相手に問い掛けたって、無下に断られるだけで、首尾良く事が運ばない。
これではそもそも、意味がない。
だったら最初から、相手してくれそうな人に声を掛けるのが当然だ。
これには、君も同意するだろう?
■地文
それはまあ、そうだろう。
■不明
だから、そこにダサさがある訳ではない。
では何がダサいかと云うと、私が君に対して強引だった、威張っていたところにある、と。
■シン
まあ、そう……ですかね。
■不明
とすると、
弱い者ばかりを相手にしたり、強い者を相手しないのがダサいのではなく、
相手が誰であれ威張り散らしているのがダサいのだ、と。
これであっているかな。
■シン
ええ、多分……。
■不明
そうか、差し当たり理解したぞ。
■地文
途端に、大喜びだ。
一体、今のやりとりは何だったのだろう。
■不明
やはり、対話と云うのは大事だな。
さて、そろそろお湯が湧いたかしら。
■地文
相手は立ち上がると、向こうからティーセットを持ってきた。
■不明
ほれ粗茶だ、粗茶菓子もあるぞ。
■地文
どこの世界に、そんなに威張った粗茶があるんだか。
■シン
どうも……じゃあ、遠慮なく戴きます。
■不明
なんと。
普通は遠慮がちに頂戴するものだと云うのに。
不躾な奴だ。
■地文
相変わらずの云いたい放題だ。
■不明
それで? 何をそんなに憂いておるのだ。
人生に悩むような顔には見えんのだがな。
■地文
粗茶菓子を頬張りながら、不審者が無遠慮に訊いてくる。
全く、どっちが不躾なんだか……。
■シン
(まあ、独りで考えていても解らないし……。
この人も丁度、ジュンみたいな事を云っていたし)
■地文
この人に訊いてみても、良いのかもしれない。
駄目で元元だ。
■シン
ええと、さっきの話なんですけど。
■不明
さっきの、どの話かね。
■シン
断られたら迷惑だ、相手に迷惑を掛けて良いのか、と云う話です。
■不明
なんだ、そんな戯言を鵜呑みにしていたのか。
存外素直な奴だな、君。
■シン
戯言、ですか。
■不明
君、余り人の言葉を鵜呑みにしない方が良い。
詐欺に騙されるぞ。
■シン
詐欺なんですか? これ。
■不明
誰が詐欺だ、無礼者め。
そんな調子だといつか詐欺に遭うぞと、忠告しているのだ。
■地文
本当に、云いたい放題だ。
■シン
でも、じゃあ別に付き合わなくても良かったんですね。
それではこれで。
■不明
まあ待て、ゆっくりしていきなさい。
ほれ、粗茶菓子もあるぞ。
■地文
やれやれ……。
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