哲学議論

哲学サークルDreal

第一章

喧嘩

■コウタロウ

だから、なんでそうなるんだよ!




■ジュン

だから、しょうがないじゃんかってば!




■コウタロウ

意味わかんねえって!




■ジュン

こっちだって意味わかんないよ!




■シン

(ああ、またやってるよ。

 昨日からずっとじゃないか)




■地文

思わず、溜息が漏れた。




■シン

ちょっと、二人共。

いったいどうしたのさ。




■コウタロウ

聞いてくれよシン。

酷いんだぜ、こいつ!




■ジュン

酷いのはそっちじゃないか!




■シン

まあまあ、落ち着いて……。

それで、何があったのさ。




■コウタロウ

どうもこうも!

この莫迦が昨日、俺の昼飯のパンを食っちまったんだよ!




■コウタロウ

お陰で、昨日は酷い目に遭ったぜ。

腹減ったまま午後の授業、しかもそれが体育の授業!

空腹過ぎて、眩暈で視界がグラグラしたぜ。




■シン

それは……ジュンが悪いね、明らかに。




■ジュン

待ってよ、僕の話も聞いてよ!




■ジュン

そんな事云ったら、僕だって昨日は酷くお腹が空いていたんだよ。

それこそ、眩暈がするほどに。




■シン

朝食は食べなかったの?




■ジュン

昨日は寝坊しちゃって、食べ損ねたんだ……。




■コウタロウ

知らねーよ、そんな事!

なんで、俺がお前の飯の世話をしなきゃなんねーんだよ。




■ジュン

別に、世話してくれなくたって良いけどさ。

机の上にパンを置きっぱなしにしてたから、要らないんだろうと思ったんだよ。

それで、どうせ要らないならって、僕が貰ったんだ。




■コウタロウ

要らない訳あるか!

昼休みになったから、喰おうと思って準備したに決まってるだろ!




■ジュン

わかんないもん、そんなの!




■ジュン

大体、パンを置き去りにしてどこに行ってたのさ。

その場を離れたのが悪いんだよ!




■コウタロウ

どんな理屈だよ。

飲み物を忘れたから、買いに行ってただけじゃねえか。




■コウタロウ

それじゃ何か?

今後、お前が物を出しっぱなしにしてたら、貰っちゃっても良いってことか?




■ジュン

僕は、出しっぱなしになんてしないもん。

云っておくけど、人の鞄から物を盗んだら犯罪なんだからね。




■コウタロウ

犯罪は、お前だろうが!

とにかく、昨日のパン弁償しろよ!

あと謝れ!




■ジュン

悪い事をしたなら、謝るけどさ。

僕は、悪い事したとは思ってないもん。




■ジュン

僕からすれば、悪いのはそっちなんだし、それで突っかかってこられて僕だって迷惑してるんだ。

そっちこそ謝れ!




■コウタロウ

意味わかんねえって!




■ジュン

こっちだって意味わかんないよ!




■シン

(はあ、ループしちゃったよ)




■地文

この二人は、いつもこうだ。

よく、下らない事で揉めるんだ。




■地文

まあ幼なじみだから、気心も知れてるんだろうけど。

仲良く遊んでたかと思えば、すぐ喧嘩しだす。




■地文

当人達がそれで良いなら、別に良いんだけど……。




■シン

(それでも、どうして喧嘩するんだろう……)




■地文

互いに怒鳴り合って、罵り合って……。

そんなの、相手を傷つけるばかりじゃないか。




■コウタロウ

なあ、シンも云ってやってくれよ、こいつに!




■シン

ううん……。

とにかくジュン、人の物を盗ったらそれは泥棒だよ。




■ジュン

待ってってば!

別に泥棒をしようとした訳じゃないもん。




■ジュン

落ちてたものを拾っただけだよ。

要らないなら貰った方が有効活用できるじゃん。

無駄にゴミにしちゃうのは、環境に悪いんだよ!




■シン

いや、それはそうかもしれないけど……。




■コウタロウ

騙されんなよ、シン。

こいつは、いつもこうやって、訳わかんねー事云って煙に巻くんだ。




■コウタロウ

そもそも、ゴミじゃねーっての。

机の上は、ゴミ箱じゃないんだぜ。




■ジュン

僕には、要らないんだって風に見えたんだもん。

見えちゃったんだから、しょうがないじゃん。




■コウタロウ

常識的に考えたら、解るだろ!




■ジュン

へえ、常識って一体なにさ?

授業でも教わってないし、教科書も出てないけど。

どうやって、その常識の中身を知れるのさ。




■ジュン

それに常識って云うなら、物を大切にしようっていう僕の方が、ずっと常識的なんじゃないの?




■コウタロウ

だから、捨ててないっての!




■ジュン

だから、僕には捨ててあるように見えたの!




■シン

えっと……仮に捨ててあったとしてもさ。

拾ったものを自分のものにしちゃうのは、それはそれで犯罪なんだけど。




■ジュン

そんな犯罪、知らないもん。

知らないのに、どうやって気をつけろっていうのさ。




■ジュン

僕は、物を大事にしようと思っただけだもん。

それは、悪い事なの?




■コウタロウ

お前、腹が減っていたんだって云ってたじゃないか。




■ジュン

僕のお腹を満たす形で、危うくゴミになりそうだった物を有効活用したの。

何の問題もないでしょ。




■コウタロウ

ゴミじゃねえって!




■ジュン

捨ててるように見えたの!




■ジュン

とにかくさ、僕のどこが悪いのさ。

僕は飽く迄、パンを無駄にしないようにって考えただけだもん。




■ジュン

捨てるつもりがなかったって後から云われたって、

あの時の僕の行動が善意から出てる事に間違いはないもん!




■コウタロウ

屁理屈じゃねえか!




■ジュン

君こそ、困ったらすぐ屁理屈だって云うじゃんか。

間違ってると云うなら、間違いを指摘しなよ。




■シン

まあまあ……。

とにかくさ、コウタロウに謝りなよ。




■ジュン

なんでさ!

僕は悪い事してないのに、どうして僕が謝らなきゃいけないの?




■ジュン

なんでシンは、コウタロウの味方ばかりするのさ!




■シン

いや、コウタロウの味方と云うわけじゃないけどさ。

第三者の意見としては……。




■ジュン

第三者だって云うなら、つまり君には関係ない事でしょ!

これは、当事者の問題なんだから!




■シン

いやだから、第三者の立場から公平に判断するとね……。




■ジュン

第三者だからって、必ず公平なわけじゃないはずだよ。

シンがコウタロウに肩入れしている場合だってあるし、そもそも君の意見は君ならではの考え方じゃんか!

それとも君は、僕が間違ってると論理的に証明できるとでも云うの?




■シン

(参ったな……、すっかり興奮させてしまった)




■ジュン

皆そうやってさ、「とにかく謝れ」とか「いいから謝れ」とか云ってさ。

問答無用に、相手を悪人に仕立て上げてさ!

そっちこそ、身勝手じゃんか。

冤罪ってのは、そうやって生まれるんだよ!




■ジュン

さっきも云ったけどさ、僕が悪いなら謝るさ!

でもその前に、僕のどこが悪いのか、ちゃんと説明してよ!




■コウタロウ

散散、説明しただろ。




■ジュン

納得できなかったもん!

勝手な理屈をこねてるのは、僕からしたらそっちの方だよ。




■ジュン

僕からしたら、皆の方が訝しいのに!

常識だとか、皆そう云ってるとか、全然理屈になってないくせにさ!




■ジュン

皆こそが正しくて、僕ばかりが間違ってるって、

どうして断言できるのさ!

その正しさは、どう説明されるのさ!




■ジュン

誰も……皆そうやってさ。

全然僕の云ってる事なんて理解もしてくれなくてさ……!




■地文

目に涙を溜めて、ジュンは教室を飛び出して行ってしまった。




■コウタロウ

……ったく、アイツは。




■シン

う、うーん……。

まあ、向こうの気持ちも判らなくはないけど……。




■コウタロウ

なあ、シン。

あいつの云ってる事、正しいと思うか?

俺が間違ってると、お前は思うか?




■シン

どうかな……君が絶対に正しいとは云えないような気も……。




■コウタロウ

うーん……。

やっぱり、俺が悪いのか?




■シン

かと云って、ジュンが正しいとも云えないような。




■コウタロウ

だよな。

俺には、あいつがめちゃくちゃ云ってるようにしか思えないんだけどなあ……。




■シン

うーん……僕にはよく判らない。




■コウタロウ

判らないって……。




■シン

なんと云うか……、確かに向こうには向こうの云い分がある訳だし。

何が正しいのか、何を以て正しいと断言できるのかって訊かれると……。




■コウタロウ

……まあ、そんな難しい事、俺も解んねえけどさ。




■地文

呟くようにそう云うと、コウタロウは首を傾げながら教室を出ていった。




■シン

行っちゃった。




■シン

それにしても……。

なんでジュンが悪いと断言できるのか、か……。




■シン

それでもやっぱり、ジュンの云い分は訝しいと思うんだけどな。




■シン

でも、ジュンの云い分にも、一理ある……。

それはそうだ、と思う。




■シン

じゃあ、コウタロウは?




■シン

確かにコウタロウは被害者かもしれないけど、でもジュンは悪気があった訳でもないんだし、コウタロウが絶対正しいとは云えないのかな。




■シン

だけど少くとも、コウタロウは間違ってないよな。

被害者であるには、違いないんだし……。




■シン

でも、ジュンからしてみれば、ジュンの方が被害者、なのか……。




■地文

……考えていても、結論がでない。




■シン

(……取り敢えず帰るか)

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