メガネバカップル

折原さゆみ

第1話メガネフェチ

 私、日好ひとみ(ひよしひとみ)はメガネをかけている人間を見るのが好きだ。特に彼らがメガネのブリッジをクイッと上げる仕草が特に好き。


「メガネなんて、顔にボールが当たると危ないから運動するとき不便だし、マスクすると曇るし、可愛くないしで何もいいことないと思うけど」


「でもさ、メガネをかけるだけで雰囲気が変わるでしょ。普段はヤンキーぽい感じの不良男子も、メガネをかければあっという間に真面目キャラに」


「ならない」


「そうかなあ」


 しかし、私の性癖をわかってくれる人は少ない。昼休み、私と一緒にお弁当を食べている彼女は、メガネ反対派の人間だ。中学校からの親友、羽田みさと(はだみさと)は、中学校の頃はメガネをかけていたが、高校に入ってからはコンタクトレンズを着用している。中学校のころからバレーボールに励んでいる彼女は、高校に入ってもバレーボール部に入部した。


 バレーボールは確かに、メガネをかけていたら危険な競技だということはわかる。ボールが顔面に当たりでもしたら、メガネは吹っ飛んで顔にけがを負ってしまうだろう。みさとは中学校時代、メガネで部活を頑張り、高校では見事コンタクトデビューを果たした。今ではコンタクトの良さを私に語ってくるほどになった。


「コンタクトにして、私の世界は変わった」

「世界はこんなにもクリアだったのか」

「顔面を心配しなくても良い生活はもはや天国」


 しかし、いくら彼女がコンタクトレンズのメリットを語っても、私がコンタクトレンズを使用することは無いだろう。だって私は……。まあ、私のことは、今はおいておくことにしよう。コンタクトの良さもどうでもよい。今大切なのは、メガネをかけている人についての話題だ。


 脳内の過去のみさとがしていた話を無理やり外に追い出す。そして、私の性癖を否定する親友の話に耳を傾ける。


「たかが、メガネ一つかけただけで、そんなに印象が変わるなんてないから。そもそも、メガネかけているからって、頭がいいとか、まじめだとか言うのは偏見でしかない」


「確かにみさとは、今でこそメガネじゃないけど、中学校時代、メガネをかけていたけど、大してまじめでもないし、頭もよくな」


「それ以上言わんでよい」


 親友の話は一理あるので、つい彼女自身のことに言及してしまった。彼女の中学時代のことを正直に伝えただけなのになぜか、途中で遮られる。事実なのだから、仕方ないではないか。


 みさとは、中学校時代はバレーボール部のキャプテンだった。それ自体はすごいとは思うが、まじめだったかというとそうでもない。顧問の先生に隠れて練習を部員全員でさぼろうと画策したり、メガネが壊れたから修理に行くという理由で部活を休んだりしていた。弱小部で、多少のリーダーシップがあったから部長に選ばれてやっていたようなものだ。


 勉強面については、実際に成績があまりよろしくなかった。私と一緒の高校に行きたいがために、中学三年生で猛勉強していた。ちなみに私は大した勉強をしなくても今の高校に入学できた。


 親友は、はあと大きな溜息を吐いた。


「仁美だって、同じことが言えるよ。あんた、そんな見た目なのに、まじめで成績優秀とか、初対面の人間から見たら、結構驚くと思う」


 私の顔を指さす失礼な親友だが、言っていることは間違ってはいない。なにせ、私の容姿は、世間的には彼女の言葉とは正反対の不真面目、ヤンキーの部類に属されている。


「メガネ関係ないね」


「人は見た目に左右されるということ。とはいえ、メガネをかけているからまじめで優秀、とかいう幻想はない」


 ちらりと私の顔を見たみさとは、視線を自分のお弁当箱に戻して食事を再開した。お弁当は彼女の母親の手作り弁当で毎日かなり気合が入っている。なんでも、母親が毎日SNSに投稿しているらしく、彩豊かで可愛らしい。ご飯は海苔で可愛らしく犬が描かれているし、おかずは卵焼きがハートに置かれ、肉巻きに野菜の和え物、リンゴがウサギ型に皮が切られている。


 私のお弁当はおかずこそ母親が作ってくれるが、お弁当箱に詰めるのは私で、一般的なものだ。卵焼きに冷凍食品の唐揚げにコロッケ、ミニトマト。


「仁美ってさ、メガネフェチだと思うけど、メガネをかけていない人には魅力を感じないの?」


 みさとの質問は誰もが一度はメガネフェチに向ける疑問だろう。そんな質問、簡単に答えられるに決まっている。そうでなくてはメガネフェチなどやっていられない。私は胸を張って自信たっぷりに親友に伝える。


「メガネは神が与えしもの。当たり前だけど、いくらイケメンと呼ばれる人間でも、メガネをかけていない人には、私は一ミリも萌えないから。逆に不細工と世間で呼ばれる人間でもメガネを与えさえすれば、あっという間に私の中のメガネフェチの血が騒ぐというわけ」


「はあ」


「そもそも、イケメンという概念すら私にはない。メガネをかけていない人は、人間等しく一般人」


「わけわからんわ。その理屈で言うと、私はどうなの?中学校時代にメガネをかけていて、今はコンタクトの私は?」


「親友に萌えるなんてことはないよ。だから、メガネをかけていてもいなくても関係ない。普通だね」


「普通って……。いつも言っているけど、メガネなんてかけない方が、生活は絶対楽。そうそう、コンタクトって可能性の宝庫だよね。黒目が大きくできるし、目の色も変えられる。見た目を自由に変えられるってこと。私もちょっと高いけど、カラコン入れてみたんだ。どうかな?」


 人に質問しておいて自分勝手な親友である。顔を近づけてきた親友の目を仕方なく覗いてみると、確かに普段のみさとの三白眼の目つきの悪さが軽減しているように見える。そして、瞳の色もいつもより茶色がかった色をしているような気がする。全体的に可愛らしい雰囲気に仕上がっている。


「目つきの悪さが減った感じかな」


「正直な感想ありがとう」


 そんな会話をしているうちに、昼休みが終わりの時間となった。私たちは食べ終えたお弁当箱を片付け、それぞれの席に戻った。


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