第5話 精霊結晶採掘場 依頼のお話
神聖教の女性教皇と従者と商売人のダンと爽やかに別れてから二日後。精霊結晶の採掘場に着いた。御者とウェンダルは緑の山々を眺める。
「四番目の採掘場ですね。現在の我が王国の中では一番歴史の浅いところと言えます。ひょっとして、ここで仕入れるつもりですか。精霊結晶は魔道具職人にとって必要不可欠なものですし」
「ああ。そうだ」
ウェンダルは進む。採掘場の前は仕入れ業者などとのやり取りをする、商談スペースに入る。テントの下にいるスキンヘッドの男に話しかける。
「すまない。あなたは採掘場の従業員か。或いは仕入れ業者か」
「俺は採掘場の代表だ。いつものように、ここに来ただけだ。見た所……あんたは商売人の匂いはしないな」
男は上から下までウェンダルを見る。
「見たとこ……職人か」
「はい。魔道具職人です。生活で使われている物を専門としています。精霊結晶をいくつか貰おうかと思ったのですが、可能でしょうか」
スキンヘッドの男はぐるぐるとウェンダルの周りを歩く。ぴたりと男の足が止まる。
「仕事をしてくれるのなら、精霊結晶をいくつかあげよう」
「ああ。作ってもらいたい物を言ってくれ」
数秒で条件の承諾をしたウェンダルに御者は突っ込みを入れる。
「そんなあっさりと認めていいんですか!?」
「精霊結晶は我々職人にとって大事なものだ。対価として問題ないはずだが」
傾げるウェンダルを見た御者はため息を吐いた。
「あなたがそう言うのなら、私は止めません。それで終わりですね?」
御者は馬車に荷物を詰め込んでいる、上半身裸の男に大声でかけた。男はニコニコとした笑顔で、白い歯を見せた。
「それじゃあ。私はここで失礼します。運びが仕事なので。職人さん、お元気で」
「世話になった」
最後の挨拶というわけで、ウェンダルと御者は握手を交わした。御者を見送った後、スキンヘッドの男はようやく名乗る。
「あ。名前……忘れてた。俺はコルト。言った通り、ここの採掘場の代表をしている」
「ウェンダル。スタンリー・ハンデルから来た。魔道具職人だ」
互いに名を知った。コルトはどこかに向かおうとする。
「ここでずっと話しているわけにはいかない。何もないからな。客人に提供しないというのは、非常によろしくない。酒屋に行くぞ」
時間はかからない。数分程度で集落らしき場所に着く。全て丸太で作られた建物で、形は平屋建てに近い。
「ここが俺達の憩いの場の酒屋だ」
そう言ったコルトは呼び鈴を使う。そばかすのある茶髪の女性が出てきた。ドレスを着ているが、袖を捲り、薄汚れている。労働をしている女性であることを、ウェンダルは理解した。
「コルトじゃないか。おや。お客さんかい。入りな」
女性の許可を貰い、二人は酒屋に入る。灯りが少なく、薄暗い。人はウェンダル達以外いないため、やや寂しい雰囲気が出ている。
「ここで取引かね。その割にあんた……商売人にしちゃ汚れてるな?」
「魔道具職人だからな」
「あらまあ。あんた職人かい」
女性は目を細め、口角を上げる。
「なるほど。精霊結晶を求めて、遠いとこから来たって感じかい。職人ギルドからのお使いかい?」
「いや。寧ろ休んで旅に出ろと追い出された」
ウェンダルが正直に答えた結果、女性は大笑いをし始める。
「休んで旅に出ろだって! あっはっは! その年齢でやられるって滅多にないよ!」
コルトは息を深く吐く。
「はああ。笑ってないで水をくれ」
「はいはい。あー笑った笑った」
女性の大笑いはすぐに止まった。コルトの注文を受け、厨房に入った。ウェンダルとコルトは適当に座る。
「精霊結晶の出来る仕組みは知ってるかな」
ウェンダルは魔道具職人として知っていることを話す。
「ああ。魔力を持つ獣たちが見えない精霊になり、地下の奥深い脈を辿って、積み重ねたものだという言い伝えを聞いた。実際は魔力が結晶化したものという話だな。それ以外はよくわからないが……人が住むところでは出来ないはずだ」
「その通りだ。精霊結晶が出来上がるところは自然豊かだし、未開発が多いから、人は俺達以外いないはずなんだよ」
「不審人物を見かけるのか」
「ああ」
ウェンダルはあくまでも魔道具を作る人だ。騎士のように戦うことが出来ない。ウェンダルはため息を吐く。
「そういう案件は国の騎士に頼ってくれ。術師なら術師でぶつけるべきだろ」
「既に騎士達に報せを出した。こちらに来るまで、時間がかかるから待っているのが今の状況だ。いやまあ今回、お前さんに出す依頼は別件だがな」
ウェンダルは別件を推測する。人がいるからこそ、出てくる現象は限られている。そのひとつが……。
「穢れによる、黒い精霊現象か」
「その通りだ。本来、精霊結晶採掘場では出てこない現象だ。術師が禁じられている術を使うことで、発生したと考えるべきだろう。人を追い払ったところで、暫くは出てくるし、従業員が身を守れるような道具を作ってもらいたい。出来る限り、小さいもので頼む。採掘する時は持ち込めないからな」
ウェンダルは両腕を組む。数秒の思考をし、ある頼みをする。
「作る前に現場を見たい」
「ああ。案内しよう」
コルトから許可を貰う事が出来たウェンダルは少しだけ頬を緩ませた。微妙な変化だが、内心は少年のようにウキウキとしている魔道具職人である。
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