第34話 朝日

 ───謝り倒した結果、口を聞いてくれたのはそこから2時間後のことだった。

「もう朝日が昇ってきやがった………」

 窓から差し込む白い光に、早朝の訪れを察する。

結果的に徹夜になってしまった。

「………ん、やきとりが悪い」

「だから悪かったって。もう許してくれよ」

「………なら、私と約束して」

「……何をだ?」


「今日の話は、チームには一切話さないって約束して」


コトねこは真剣な顔つきだった。

ウチの事情も、agehaの話も。全部」

「今日ってコトは、0時を回ってから訊いた話で昨日は含まな────」

「えっと、河島さんのアドレスは………」

「やめてくれ!冗談だ冗談!守るから!」

シャレにならない最終手段を取ろうとするコトねこを必死に止める。

 言い換えれば、そこまで本気だということだ。

「分かったよ。約束は約束だ。でも、いいのか?チームのみんなに話さなくて」

 プライベートな話とは言え、下手したらチームにも支障をきたす可能性を孕んでいる。

「それに、お前がagehaのコトくらいは話してもいいのでは?」

 ちなみに、大会では同一の選手がヒューマンとモンスター両陣営担当するのは禁止だ。

つまり、コトねこが掛け持ちすることは出来ない。

「………ん、私がチームに入った理由。覚えてる?」

「変わりたかった、だっけか」

「そう。変わりたかったから。今までただ父に従ってきた人生に終止符を打つために。そして───父を救うために」

「救うため?」

「………ん、口が滑った。何でも無い。とにかく、私の話を知ったら、チームから追い出されるかもしれない」

「流石にそんなコトするやつはいないと思うけどなぁ」

「だとしても、私は知って欲しく無い」

「それは……わがままか?」

「………ん、私のわがまま。迷惑をかけるかもしれないのは分かっている。けど─────」

「皆まで言うな。分かったよ、言わないから。俺とお前の秘密の約束だ」

「…………!」

コトねこが目を見開く。

「なんだ?鳩が鉄砲喰らったみたいな顔しやがって。そんなにお前の中の俺はクズか?」

「いや、そんなことは………」

「でも無理はすんなよ。お前強がりだから」

「………ん、ありがとう」

「どうってコトないよ。……でも、agehaの話ぐらいはしていいか?ぶっちゃけアイツらに自慢したい」

 今でも信じ難い。

 ヒューマン1位とモンスター1位が同一人物だったなんて、このゲーム界隈最大のビッグニュースだろ。

 その偉業を目の当たりにして、秘密にするにはあまりに勿体無い。

 これは誰かに語らずにはいられない……!

「………やきとりが自慢してどうするの?……でもそれだけなら、いいよ」

「よっしゃあ!」

「………ヘンな人」

 そんな話をしてると、部屋に備え付けられていた受話器が鳴る。

「やっべ、もう時間だ。さては短い時間で借りたな」

「………ん、急いでたから一番上のを取った」

「荷物をまとめよう。……初めてのラブホだったのに、散々だった」

「………楽しくなかった?」

「いや……まあ、新鮮な体験ではあったけど」

───一瞬、コトねこが寂しそうな顔をした気がする。

 理由は分からないが、なんだかいたたまれない気持ちになった。

「その……また来ようぜ───ってこれは意味変わっちゃうか。なんつーか、……クソっ、何も言葉が浮かばない」

励ましにもなったらと言葉を探したが、俺にはそういうのは向いてないようだ。

「………これからどうする?」

「俺?俺は一旦予約していたホテル戻ってチェックアウト済ませて……みっちーと今日も遊ぶ予定だったけど流石に無理だな。眠すぎる。ネットカフェでも行こうかな」

あくびが出る。このまま打ち上げに行ってもよかったが、睡眠欲が勝った。

「………ん、私は見つからないよう適当に打ち上げまでぶらつくつもり。屋敷の外で自由に動くのは久々だから」

「帰ったら父親に怒られないか?」

「………ん、多分怒天罰。でも、ゲームをやっているコトがバレてなければそれだけだと思う」

 良かった。それだけが心配だった。

「それじゃ、また打ち上げで。……あ、そう言えば訊き忘れてた。なんで"俺"だったんだ?」

「………?」

「今日の話だよ。お前が俺になんで連絡くれたのかなって」

 助けを呼ぶなら大人の河島さんとかの方が良いはずだし、結局は助けなんてのはいらなかった。

「………みっちーから、やきとりの話を聞いた。それで、なんとなくシンパシーを感じてた。だから、二人だけで会ってみたかった」

 シンパシー?

 それはさて置き、コトねことみっちーがプライベートで話してるイメージはない。

けど、agehaは確かみっちーの師匠だった。その時に聞いたのだろう。

「……なんて言ってた?」

「なんか閉塞感あるけど、面白くて、いてて楽しいヤツ、だって」

「何だ閉塞感って。それに、ありきたりな褒め言葉使いやがって」

「………ん、でも、やきとりと会って確信を持てた」

コトねこがドアノブに手をかけて振り返る。


「───やきとりも、私と同じで何かに縛られてる人間でしょ?」


「────!!」

「"何に"かは分からないけど。じゃあ、私はこれで」

コトねこはそう言い残して、部屋を出て行った。

 こうして、長いようで短い夜は、完全に明けたのだった──────────。


 



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