第107話 諦めたと思っていた

「……ごめん……」


 十分ほどして泣き止んだハーバーの頬は真っ赤だった。

 中学三年生が友達の前で大泣きしたのだ。恥ずかしいのだろう。


「気にしないで。私の周りにもね、いるんだよ。中学三年生なのに大泣きしたのが、しかも二人もね。その二人は今はカップルなんだけど——」

「え、エリアっ!」


 自分の事を言われているのだと気づき、シャーロットは慌てて妹の口を塞ぎにかかった。

 その行為は、大泣きしたのが自分とノアであると高らかに宣言したようなものだった。


「シャーロットちゃんもノアも泣くんだ……なんか意外かも」

「人間、誰だって泣きたくなる時はあるものですよ」

「私は全然ないもんね」

「エリアだって……確かにほとんどないですね」

「ほらね?」


 エリアがドヤ顔を浮かべた。

 なんだか悔しいが、中学生、いや、少なくとも小学校高学年になってから、エリアが泣いているのを見た記憶は、ほとんどシャーロットにはなかった。

 せいぜい、ノアとシャーロットがケラベルスに襲われた後や、命の危機に瀕していたノアが助かった時など、大きな事件が起こった時くらいだ。


「ハーバー。お姉ちゃんは関わりが深くなるほど意外な一面が出てくるからね。噛めば噛むほどってやつだから、覚悟しときな?」

「人をお米みたいに言わないでください」

「うん……でも、皆の中でもちょっとずつイメージは変わってきてるよ。最近、今まで以上に教室でノアとよくイチャついてるしね」

「あらら〜?」


 ニマニマと見てくるエリアに対し、「あなたが発案者でしょう」とシャーロットは言い返したくなった。

 アローラがノアに接触してきた話をエリアにもしたところ、「だったら、学校でもこれまで以上にイチャついて、アローラが入り込む隙なんてない事を証明したらいいじゃん」と提案してきたのだ。


 とは言っても、軽いスキンシップ程度しか行っていないため、シャーロットは自分たちがそんなにイチャついているという認識は持ち合わせていなかったのだが、それを言うとハーバーが口をへの字に曲げた。


「……シャーロットちゃん。それ本気?」

「えっ? ……そ、そんなになのですか?」

「うん。二人の空気が甘すぎるから、お菓子を食べる気分じゃなくなってダイエットになってるって子、冗談抜きに続出してるくらい」

「はあ……」


 ハーバーの言葉はさすがに誇張だろうが、そう言われるほどだった事、何より無自覚だった事が恥ずかしい。

 シャーロットの頬が熱を持った。


「……まあ、見てて温かい気分にはなれるから別にいいんだけどね。あれ見たら、間違っても二人の間に割って入ろうとする人なんていないと思う」

「……そうですか」


 結果的に目的が達成できているようなので、それならいいか、とシャーロットは思い直した。

 そして、自分たちが集まった本来の目的も、同時に思い出した。


「それより二人とも。勉強しましょう、勉強」

「あっ、やばっ、そうだった!」

「ごめん、私のせいで……」

「そうだよ。ハーバーのおっぱいがデカすぎるのが悪いんだ」

「お、おっぱいは関係ないよっ!」

「うるさいですよ、二人とも。今はおっぱいではなく脳に栄養を回してください」

「なるほど、そういう事か! 前回のテスト順位は私たち三人だと、上からお姉ちゃん、私、ハーバー……おっぱいに栄養が行き過ぎると逆に脳には栄養が——あいたぁっ⁉︎」


 馬鹿らしい考察を展開し始めたエリアの頭を、シャーロットは容赦なく叩いた。

 本気で痛がるエリアは放っておき、呆気に取られているハーバーに視線を向ける。


「ハーバー。あんな事を言われて悔しくないですか?」

「く、悔しいです」


 ハーバーは親に怒られている子供のように、頬を引きつらせながらガクガクと頷いた。

 彼女は、思いもよらず暴力的だったシャーロットにすっかり怯えてしまっていた。


「なら、私たち二人でエリアをぶっ倒しましょうっ」

「は、はい!」


 ハーバーが元気よく返事をして、勉強に取り掛かる。


 彼女に気づかれないように、シャーロットとエリアは笑みを交わした。

 エリアは少し涙目だったが。




◇ ◇ ◇




「あー、終わった……」


 定期テスト最終日。

 全ての筆記試験を終え、僕は自席で大きく伸びをした。


「お疲れ様です、ノア君」

「シャルもお疲れー」


 隣の席に座るシャルの頭を撫でれば、彼女は嬉しそうに目を細めた。


 二人きりの時ほどではないが、僕とシャルは学校でもちょっとしたスキンシップくらいは行っていた。

 それは意識してやるものも無意識に出てしまうものもあったが、アローラが接触してきて以降は、エリアから提案されて意識的なものを増やした。

 サミュエルやテオから「胸焼けするから控えてくれ」と真顔で文句を言われるくらいには、イチャついた。


 アローラはあの一回以降、全く接触して来なかったし、素振りすら見せなかった。

 今日も、テストが終わり次第、誰とも会話をせずに速攻帰っている。


 僕と復縁してクラス内での地位を高めようとしていたが、僕たちの仲を見て可能性はないと諦めた——。

 状況的には、そう考えるのが合理的なんだろうな。


「どうだった?」

「やった分の成果は出せたかな、という感じですね。ノア君は?」

「僕もそうだね。変なケアレスとかしてなければ」

「今回こそは私が勝つんですから、全然解答欄ずれていたりしても構いませんよ」

「いやあ、空欄にしたところはないから、その可能性はないんじゃないかな」

「余裕がムカつきます」

「痛い痛い」


 脇腹をつねられていると、昇降口にたどり着く。


「ん? 何これ」


 靴の上に、一枚の紙切れがあった。


「どうしたのですか?」

「手紙……みたいなのがあった?」

「えっ……告白?」

「まさか」


 二つ折りにされている手紙を開ける。

 そこには、やけに綺麗な字でこう書かれていた。


『ノア君へ 話したい事があります。一人で今日の午後八時に⚪︎⚪︎公園に来てください アローラ』

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