第32話 エリアとテオの勉強会

 翌日の土曜日。

 エリアとテオはカフェで待ち合わせた。

 学生も多く、ガヤガヤしている庶民的な雰囲気の店だ。

 もちろん、テオの奢りである。


「ねえ、一番高いやつ頼んでいい?」

「俺の不幸じゃなくて自分の幸せを考えて選んだ方がいいぞ」

「えー、でも言うじゃん。テオの不幸は蜜の味って」

「俺に限定すんな」

「テオは私の特別だからね」

「んな特別いらねーつってんだろうが……って、今はこんなくだらねーやりとりしてる場合じゃねえんだっつーの」


 テオがいそいそと勉強道具を取り出す。

 エリアも頭を切り替えた。

 自分から言い出した事だ。責任はしっかりと果たす所存である。


 飲み物を注文したあと、二人は早速勉強会を始めた。




「お前、そんなに教えるのうまかったか?」


 休憩中、テオが感心したように尋ねてきた。


「元々の才能だよ……って言いたいところだけど、正直ノアの影響はでかいね。あいつ、教えるのめちゃくちゃうまいから、その真似してる」

「あぁ、あいつ筆記一位だったもんな」

「九十八だよ? 変態だよね」

「あんま喋った事ねーから悪く言いたかねえけど、それは変態だわ。シャーロットがあそこまで成績良かったのも、ノアの力か」

「お姉ちゃん自身も頑張ってたけど、それはあると思う」


 ノアが丁寧に教えてくれたおかげで、お姉ちゃんの勉強効率が上がっていたのは間違いない。

 そもそもお姉ちゃんがいつも以上に頑張っていたのも、ノアにいいところを見せたいという健気な想いと、総合五位以内でもらえると約束していたご褒美ゆえだろう。


「ワンツーのあいつらはデートして、俺はテスト終わったのに勉強か、はあ……日頃の行いってやつだな……」


 テオが机に突っ伏した。


「何辛気臭いため息吐いてんのよ。こんな美少女と二人きりなんだから、もっと幸せを噛みしめなさい」

「自分で言ってもギリ嫌味にはならねーくらいの顔なのがムカつくぜ」

「でしょ? 見方によってはこれもデートなんだし。側から見たら私たち、カップルに見えてるかもよ?」

「んぐっ!」


 エリアが揶揄からかうと、テオがむせた。

 良かった。吹き出さなくて。

 今日の服は、エリアの数多ある私服の中でもそこそこお気に入りなのだ。


「ちょ、何やってんのよ」

「おめえがいきなり変なこと言うからだろうがっ」

「あれれ、顔赤くなってない?」

「むせたからだっつーの……そういやカップルって言えば、ジェームズとアローラは結構やべえらしいな。言い合ってんの見たってやつもいるし」

「それ、私も聞いた。別れちゃえばいいんだ。ノアを振った女と、その女を寝取った男なんて」

「気持ちはわからんでもないが落ち着けよ、顔怖えって」

「美人が怒ると怖いってやつ?」

「いや、普通に」


 テオの返事は即答だった。この野郎。


「おかわりしまくろうかな。ついでにパフェとか食べまくろうかな」

「安心しろ。お前は顔と教え方だけはレベルが高い」

「教え方を入れたところが憎らしいけど……そろそろ再開する?」

「あぁ」


 茶番は終わりにして、二人は勉強を再開した。

 もっとも、エリアのジェームズとアローラに対する怒りは、茶番でも何でもなかったが。




◇ ◇ ◇




「……ア。エリア」

「……えっ?」


 名前を呼ばれた気がして顔を上げると、心配そうな表情を浮かべたテオと目が合った。


「あっ、ごめん。何?」

「いや……お前、大丈夫か?」


 テオの声色は真剣だった。

 本気でエリアの事を案じてくれているのだとわかった。


「全然大丈夫だよ」


 エリアは明るく答えた。


「ちょっとボーッとしてただけ。テストが終わった安心感でちょっと疲れが出たのかな」

「ちげーだろ」

「えっ?」


 即座に否定されて、エリアは目をしばたかせた。


「お前、テスト期間の途中から少し変だったぞ」

「っ……!」


 エリアは息を呑んだ。

 普段はデリカシーの欠片もないくせに、何でそういうところだけ妙に鋭いのよ——。

 心の中で、呆れとともに毒づいてみる。


「別に何でもないよ。いつも以上に勉強してたから疲れてただけ」

「まあ、お前がそう言うんならいいんだけどよ。お前がうるさくねーと調子出ねえっつうか」

「あんたねぇ」


 エリアは苦笑した。


「そこは素直に元気出せって言えないの?」

「うるせーな」


 テオがポリポリと頬を掻いた。


「まぁ、なんだ。言いたかねーならいいけど、話くらいは聞いてやっかんな」

「っ——」


 エリアは思わず息を詰まらせた。

 テオの真心が伝わってきたから。


「……そんなに言うなら、もしかしたら頼ってあげる事もあるかもね。恋愛相談以外で」

「何でそんな偉そうなんだよ。あと悪かったな、童貞で」

「別にそこまでは言ってないよ」


 エリアはクスッと笑った。

 少しだけ、気持ちが軽くなったのを感じる。


「……ありがとね」

「あっ、なんか言った?」

「何でもないっ。ほら、続きやるよ。八十点取らなきゃでしょ?」

「おうよ」

「ま、八十七点の私が教えてるんだから楽勝だろうけどね」

「うぜえな点数自慢。おめえ、次のテストで絶対抜かしてやっかんな」

「そのためには抜いてばっかじゃダメだからね」

「唐突な下ネタやめろよ」


 テオが吹き出した。

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