第14話 偽り恋人大作戦

「その、二人が恋仲になったらどうかなって」

「……えっ?」


 ——僕と会長が、恋仲に?


 予想外の提案に思考が止まってしまう。

 会長も口をポカンと開けて固まっていた。


「もちろん、そう見せかけるだけだよ?」

「それはわかってるけど……何でその結論に至ったの?」

「私なりに今回の一件を分析してみたんだけど、レヴィがクズなのは当たり前として、ノアとお姉ちゃんが中途半端に仲良かったのも要因の一つだと思うんだ」

「中途半端に?」

「うん。もし二人が付き合っていたら、今回の一件は起こらなかったと思うんだ。レヴィもお姉ちゃんの復讐は怖いだろうし……アローラの時だってそうだったでしょ?」

「確かに」


 言われてみればその通りだ。

 アローラがAランクに上がってから別れるまでは、僕は比較的平和な学校生活を送っていた。


「僕が会長と付き合えば手を出されなくなり、僕が手を出されなくなれば、会長の暴走リスクも減らせるって事か」

「そう。それに今回、ノアのおかげで暴走が収まった。そういう意味でもおノアが姉ちゃんの近くにいてくれると心強いんだけど……どう?」


 エリアが会長を見た。


「そうですね……ノアさんに抱きしめられて名前を呼ばれた時、何だかとても安心しました」


 会長がどこか夢見心地でそう言ってから、慌てた様子で付け加えた。


「あ、あの、もちろん変な意味ではありませんからね⁉︎」

「わ、わかってるよ」


 僕は目を逸らして頷いた。

 勘違いしていたわけではないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「ほら、メリットだらけじゃん。ね、どう? この案」


 エリアは得意げだ。

 メリットが多いのは事実だが、安易に首を縦に振る事はできなった。

 いくら偽りとはいえ、恋人を作るというのは簡単に決断できるものではない。

 会長も考え込んでいる。


「もう、二人とも煮え切らないなぁ。何がそんなに嫌なの?」

「嫌というわけではありませんが、ノアさんに迷惑ではないかと。その、こ、恋人の座を埋めてしまうわけですし」


 恋人っていう単語すらどもるって、どんだけピュアなんだ、会長。


「僕も同じ感じ。会長の恋を邪魔しちゃうかなって」


 僕と違って、会長はより取りみどりだ。

 損失は明らかに彼女の方が大きいだろう。


「えっ、そんなこと気にする必要なくない?」


 エリアが不思議そうに言った。


「どうしてです?」

「だって、二人ともお互い以上に仲よくて大切な異性なんていないでしょ?」

「そ、それはまぁ……」


 僕は控えめに頷いた。

 恥ずかしくて小声になってしまったが、アローラへの気持ちの整理もついている今、会長が一番大切な女の子である事は紛れもない事実だ。


「お姉ちゃんは?」

「わ、私もノアさん以上の方はいません……も、もちろん、人として、という意味ですよっ?」

「そこは勘違いしてないよ。会長がピュアなのは知っているからさ」

「なっ……⁉︎」


 あれれ。

 フォローしたつもりだったが、会長は茹でダコのように真っ赤になってしまった。

 何でだろう。


 会長が無言でポカポカと叩いてくる。

 痛くはないけど、訳がわからない。


「あ、あの、会長?」


 会長が頬を染めたまま上目遣いで睨みつけてきて、


「……ばか」

「っ!」


 ドキッとして僕は目を逸らした。

 何、今の……可愛すぎる。


 こほんという咳払いが聞こえる。

 肌色に戻りかけていた会長の頬が、再び真っ赤に染まった。

 彼女は僕のそばから飛び退いた。


 慌てたせいだろう。

 そのかかとが地面を滑り、会長の体が傾いた。


「わっ⁉︎」


 会長が悲鳴を上げる頃には、僕は動き出していた。

 その下に滑り込み、倒れてきた体を抱えてお尻で着地した。


 ——いたっ。

 まず感じたのは臀部でんぶの痛みだった。

 スレンダーな女の子とはいえ、人一人を抱えて尻餅をつけば相応に痛む。


 しかし、そんなものはすぐに気にならなくなった。

 甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐった。


(これ、汗の混じった会長の匂い……ん?)


 手と股間に、それぞれ柔らかい感触を感じた。

 抱き止めた拍子に会長の胸に触れてしまい、一緒に倒れ込んだ際に彼女のお尻と僕の大事なところが重なってしまったのだ。


「わわっ⁉︎」


 そのことに気づいたらしく、会長は素早く僕の上から逃げ出した。

 幸い、転ぶ事はなかった。


「あ、あの、助けていただきありがとうござ——あっ」


 会長が頭を下げようとして固まった。

 その視線の先には、盛り上がった僕の下半身があった。


「っ〜!」


 会長の顔がトマトのように真っ赤に染まった。

 隣のエリアも気まずそうに顔を背けた。


「ご、ごめん!」


 僕は土下座した。

 やばい、終わったかもしれない。

 ……たかぶりが収まるまではこの体勢でいよう。




「あの……本当にすみませんでした……」


 普通の姿勢ができるようになると、僕は改めて会長に頭を下げた。

 恥ずかしさと申し訳なさで顔を見れない。


「い、いえ、元はと言えば転んだ私が悪いと思いますしっ、その、男の子ですから仕方のない事だと思いますっ!」

「そう言ってくれると気が楽になるよ」


 ホッと胸を撫で下ろした。

 とりあえず、嫌われてはいないようだ。


「エリアもごめんね」

「ん、全然。色々と不可抗力だったでしょ、今のは」

「えっ」


 僕はしげしげとエリアを見つめた。


「何?」

「いや、絶対揶揄からかわれると思ったから……」

「私もさすがにそれくらいの分別はあるよ。それとも揶揄ってほしいの? マゾ?」

「違いますお気遣い痛みいりますエリア様」

「うむ、苦しゅうない」


 茶番で空気が和んだ。

 ありがとう、エリア。


「で、二人とも。結局エリア様考案『偽り恋人大作戦』は承認という事でいいかい?」

「会長がいいなら」

「ノアさんがよろしいのでしたら」

「じゃ、決まりだね」


 こうして、僕と会長の偽カップルは成立した。




「ですが、恋人を演じるって、具体的にどうすれば良いのでしょう」


 会長が顎に手を当てて考え込む仕草を見せた。


「まさか人前でいちゃつくわけにもいかないし……普通にデートとかしてれば噂が広まるから、それで皆認識してくれるんじゃない?」

「そうだね。あとは呼び方とか変えてもいいんじゃない。あだ名とかさ」

「あっ、いいかも」


 会長と呼ぶのは確かに恋人感がないな。


「うーん、シャーロットだから……シャル、とか?」

「可愛いじゃん」


 エリアがサムズアップした。


「シャルでいい? 会長」

「え、えぇ。でしたら私はノア君と呼ばせていただきます」

「えー、せめて呼び捨てじゃない?」

「よ、呼び捨ては少し恥ずかしいですし、ノア君の方がイメージに合うんですっ」


 最初はもじもじしていたが、会長——シャルは最後だけはっきりと言い切った。

 イメージ云々の話は本当らしい。


「ふーん、まぁ不自然ではないからいっか。あとは……手を繋いで登校したりとか?」

「えぇっ?」


 シャルが素っ頓狂な声を上げた。


「さすがにそこまではしなくてもいいんじゃない? かいちょ……シャルも好きでもない人と手は繋ぎたくないだろうし」


 双方の手を見比べて赤くなっているシャルに視線を向けつつ、僕はエリアを諫めた。

 男子は美少女と手が繋げるのならば誰が相手でも嬉しいが、女子はそういうわけにはいかないだろう。

 僕は大抵の子が理想とするような高身長イケメンじゃないし。


「だからこそ、だよ。手を繋いでいたら仲睦なかむつまじいカップルに見えて、より安全になるじゃん」

「まあ……」


 僕はシャルに目を向けた。

 見つめ返してくるその目には、決意がこもっていた。


「——やりましょう、ノアさ……ノア君。それで私たちがより安全になるなら。もちろん、ノア君が嫌でなければ、ですが」

「嫌じゃないよ。シャルがいいならそうしようか」

「はいっ!」


 シャルが張り切った様子で頷いた。

 空回りしているような気もするが、まぁいいか。


「あとは校内ですが……さすがに手は繋げないですし、どうしましょう?」

「いつも通りでいいでしょ」


 エリアがどこか投げやりな口調で言った。

 彼女は半眼になっていた。


「もう少し真面目に考えてください」


 シャルが唇を尖らせた。


「考えた上での結論だよ」

「どういう事です?」

「気付いてないんだろうけど、校内でのお二人さん、普通の恋人よりよっぽど恋人してるからね?」

「えっ?」

「へっ?」


 僕とシャルの声が重なった。


「二人揃って疑問符浮かべないでよ。休み時間や移動教室、昼休みまで、一緒にいれる時はずっと一緒にいるなんて、恋人同士でもなかなかないよ。この際だからぶっちゃけるけど、普通に二人が付き合っているんじゃないかって噂も出てるからね?」


 反論できなかった。

 確かに、アローラとうまくいっていた時以上にシャルと過ごしている。

 ……やばい。めっちゃ恥ずかしい。


 横目でシャルの様子を窺う。

 耳まで真っ赤にしてあたふたしていた。

 ……見るんじゃなかった。


 僕は頬の熱ごと逃すように、長く息を吐いた。

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