第11話 シャーロットの事情①

「お姉ちゃん、ノア!」

「お前たち、何があった⁉︎」


 会長が寝入ったタイミングで、エリアとエブリンが駆けてきた。

 どちらの表情も険しい。

 エブリン先生って真剣な表情もできるんだな、と僕は少々——というよりかなり——失礼な感想を抱いた。


 会長は腕の中で眠ってしまっており、レヴィは魂が抜けたような状態だったため、僕が事の成り行きを説明した。

 会長がレヴィを殺そうとしていた事は伏せた。


「そうか……災難だったな。とりあえずこいつは連れていくぞ」

「はい、お願いします」

「後でもう一度話を聞かせてもらってもいいか?」

「はい、大丈夫です」

「あっ、先生」


 エリアがエブリンに何やら耳打ちをした。

 エブリンはチラリと会長に目を向けてからうなずいた。


「じゃあ、何かあったらすぐに呼んでくれ」


 厳しい表情でレヴィを連行していく。


「ノア」


 エリアが顔を覗き込んできた。


「な、何?」

「隠してる事、あるよね?」

「……えっ?」

「これはお姉ちゃんにとって大事なこと。話して、何でお姉ちゃんの魔力があそこまで膨らんでいたのか」


 エリアの表情は真剣だった。

 感知魔法の使い手である彼女は、何があったのかを確信しているようだった。


「……レヴィを害虫と呼んで、殺そうとしていた。こうしてからは正気に戻ったけど」

「やっぱりか……」


 エリアは眉をひそめた。


「エリア。何がどうなっているの?」

「ちょっと待って」


 エリアがしゃがみ込んで、地面に手をついた。

 彼女の周囲がぼんやりと光る。

 高度な魔法を使っている証拠だ。


「……いた」


 エリアがそう呟いた瞬間、彼女の前に突如として小鳥が出現し、飛び立った。

 何がどうなっているのやら、さっぱりだ。


「さて、と」


 エリアが立ち上がり、パンパンと手に付着した土や埃を払った。

 一度会長の顔を覗き込んでから、僕に向き直る。


「ノア。これから話す内容は他言無用でね」

「わかった」

「お姉ちゃんは感情過敏性魔力暴発障害……いわゆる暴走障害なんだ」

「っ——!」


 僕は息を呑んだ。

 感情過敏性魔力暴発障害。またの名を暴走障害。

 聞いたこ事はあった。


 感情が昂ると周囲に攻撃的になってしまう魔法的な病気で、魔力総量の多い者に現れやすいという話だ。


「レヴィを殺そうとしたのも、ノアがやられているのを見て怒りが爆発して暴走した結果だよ。今はノアのおかげで収まっているけど、一度暴走しちゃうとその後しばらくは暴走しやすくなる。万が一に備えて、私とお姉ちゃんの魔法の師匠を呼んだから、もうすぐ来ると思う」

「さっきの小鳥を使って呼んだんだよね。あれ、使い魔?」

「そう。しゃべれたりはしないから、事前に使い魔とメッセージを対応させてるんだ」

「なるほど」


 先程の小鳥なら、会長が暴走障害を発症したというメッセージになる、という事か。


「すごいね。使い魔を操れるなんて」


 Aランクでも早々身に付けられる技術ではないはずだ。


「ありがと。ノアの賛辞は本心からのってわかるから気持ちいいね」

「おべっかは苦手なんだ」

「私もだよ——あっ、来たみたい」


 エリアが空を見上げた。


「来たって……えぇっ?」


 真っ黒な物体がこちらに向かって急降下してきていた。

 鳥か?

 ——いや、違う。人だ。


 その人物は、土埃を一切立てる事なく着地した。

 凄まじい魔力の制御だ。


 僕の顔を見てわずかに目を見開いたが、すぐに会長に視線を向けた。

 何も言わない。


「……この方が、君たちの師匠?」


 エリアに耳打ちした。


「うん、ルーカスさん」

「凄い人だね」

「そりゃ、私たちの師匠だからね」


 エリアがふふんと胸を張った。

 会長はAランクで、エリアもBランクだ。

 その師匠なら凄くないわけはないか。


 ルーカスさんは目つきと雰囲気ともに鋭い男性だ。

 登場してから一言も発さずに会長を観察している。

 正直、怖い。


 と思っていたら、ルーカスさんは僕に視線を向けてきた。


「とりあえずは落ち着いてるみてえだな。おい、ガキ」

「ノアですよ、師匠。私たちの友人に雑な態度を取らないでください」


 エリアがたしなめた。


「チッ……ノア。この後、時間はあるか?」

「ありますけど……あっ、でも、この後先生にもう一回事情の説明をしなきゃいけなくて」

「ってことは、一回は説明してんのか」

「はい」

「なら別にいいだろ。その先生は?」

「エブリン先生です」


 エリアが答えた。


「あいつか。職員室か?」

「多分」

「感知で探せよ」

「先生に許可されていない魔法の使用は禁止ですから」

「チッ……ちょっと待ってろ」


 ルーカスさんが駆け出した。


「ごめんね。師匠、ちょっと気難しい人なんだ」


 エリアが両手を合わせた。


「うん。ちょっと怖かったけど……でも、悪い人じゃなさそうだね。話もちゃんと聞いてくれるし」

「そうなんだよ。目つきとか言葉遣いをもう少し柔らかくすればいいのにね」

「確かに」


 僕は苦笑いを浮かべた。

 ルーカスさんはすぐに戻ってきた。


「今日はもう帰っていいらしい。じゃ、行くぞ」

「えっ、あの、かい……シャーロットは?」

「お前が背負って来い。今の安定した状態を崩す理由はねえ」


 そう言ってルーカスさんはさっさと歩き始めてしまった。


「ごめん、ノア。家までついてきてもらっていい?」

「もちろん」


 それが会長のためになるのなら、断る理由はない。


「ありがと。この埋め合わせを必ずする」


 エリアに手伝ってもらって、会長を背に抱え直す。

 起きる気配はない。

 暴走するというのはそれだけで疲れるものなのだろうか。


「じゃ、いこっか」

「うん」


 エリアとともにルーカスさんを追いかけた。

 正門に黒い車が停められていた。


 運転手のおじさんは執事のイーサンと名乗った。

 イーサンさんは少し変な感じがするから、執事さんと呼ぶことにする。


 ルーカスさんとは違い、執事さんは温和な人だった。

 お礼を言われたので、「大切な友達ですから」と返しておく。


「そうですか……」


 執事さんが口元を緩めた。

 どこかホッとしたような笑みが印象的だった。




 会長たちの実家であるテイラー家は、平民の僕でも以前から知っているほどのかなりの有数な名家だ。

 であるのに、到着した家は、貴族の中では下の方であるアローラの実家よりも小さかった。


 それだけでも十分驚きに値したが、本当に衝撃的だったのはその後だ。

 出迎えもいなければ、家の中には一人の使用人やメイドの姿もなかったのだ。


 テイラー家の実家でない事はまず確かだ。

 であるならば、この家は一体何なのだ——?

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