第3話 貧乳美少女生徒会長からの緊急クエスト

「それでは、隣の人と答えを確認し合ってください」


 先生から指示が出される。

 僕の隣は生徒会長のシャーロットだ。


 答えの確認はすぐに終わった。毎回のことだ。

 僕は勉強には手を抜かない主義だし、彼女もテストで毎回上位に食い込んでくる学力の持ち主だ。


「そういえばノアさん」


 会長がニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「な、何?」


 まさか彼女まで、アローラに振られたことを揶揄からかってくるのだろうか——。

 僕は体を硬直させたが、


「南野圭吾の新刊、読みました?」


 ……うん、安定の本の蟲で安心した。


「もちろん。会長はもう読んだ?」

「相変わらず私のことをシャーロットとは呼んでくれないんですね」

「僕にとっては会長が一番しっくりくるんだよ」

「ふーん。ま、別に何でもいいですけど」


 そこそこ話すようになってからは何度もしたやり取りだ。

 そういえば、最近はしていなかったな。


「当然、読みましたよ。いつもは老若ろうにゃくにゃ……老若男女ろうにゃくなんにょ問わず受け入れられるものを書くのに、今回は割と大人向け——なんですか」


 会長が眉をひそめた。

 僕が相槌あいづちも打たずにじっと彼女のことを見つめているからだろう。


 その頬が赤みを帯びる。

 僕の視線が何を意味したものなのかわかったのだろう。


「……あなたは人生で噛んだことがないのですか」


 不服そうに呟く会長がおかしくて、僕は小さく吹き出してしまった。

 おかげで先生から注意される羽目になった。

 会長もろとも。


「噛んだことを揶揄からかわれ、冤罪えんざいで先生に怒られ……踏んだり蹴ったりです」


 不満げに頬を膨らませる会長に、僕は再び笑いそうになるのを必死に堪えた。

 会長が奇異なものでも見るような目線を向けてくる。


 僕は深呼吸をした。

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。


 テンションが少しおかしいのが自覚していた。

 これまでずっと緊張しっぱなしだったから、僕のことを悪く言わないとわかっている会長の前で、少しハイになってしまっているのかもしれない。

 気をつけよう。




 三時間目は体育だった。

 魔法師養成学校の体育は、普通の学校のそれとは少し違う。

 普通の種目に魔法的な要素を組み合わせるのだ。


 今日はバレーボールだった。

 運動神経はそこそこあるものの、ロクに魔法が使えない僕は格好の標的になった。

 他のEランクの生徒に比べ、圧倒的に僕が狙われる回数が多い。


「マジで下手すぎんだろ」

「置物の方がマシな働きすんじゃね?」

「それな」


 チームメートは当然のように僕の悪口を言った。

 アローラの一件とは違い、なまじ自分に責任があるばかりに、余計に悔しかった。


 授業が終わると、片付けを率先して行った。

 そうして休み時間を潰せば、更衣室でレヴィたちと顔を合わせなくて済むからだ。


 更衣室に入ると、残っているのはほとんどが低ランクの者たちだった。

 彼らは僕を見ると一様に顔を背けた。

 等しく罪悪感が浮かんでいた。


 彼らに対して怒りは湧いてこない。

 僕を庇ってしまえば、今度はその生徒がいじめの標的になる。

 被害者になることがわかっていて他人を助けられるほど、人間は優しい生き物じゃない。


 これまでは僕だって見て見ぬ振りをしてきた側だった。

 彼らを糾弾きゅうだんする資格などない。


 チラリと壁の時計に目を向けた。

 急がないと次の授業に間に合わない。


 ——別に遅刻しても良いか。

 人生で初めて、そう思った。


「ノア君。もう時間ないから、急いだ方が良いよ」


 更衣室を出る際にそう忠告してきたのは、Bランクのアッシャーだ。

 これまでにも、彼はいじめられている者を陰ながら助けていた。

 Bランクだから新たな標的になる心配が少ないというのもあるのだろうが、それでもとても勇気のいる行動だ。


「ありがとう」


 僕は今日、初めて自然に笑うことができた。

 彼の面子を潰さないため、慌てて着替えて教室に戻った。




 四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。

「腹減ったー」「どこで食うー?」とクラスメートが話している。


 カバンから弁当を取り出したところで、僕は手を止めた。

 レヴィやイザベラがこちらを見てニヤニヤしている。

 まさか、まだ絡んでくるつもりなのだろうか。


 辟易する僕の耳元に、「ノアさん、お昼誰かと約束してます?」という声が届いた。

 会長だ。空色の瞳がこちらを見下ろしていた。


「いや、してないけど」

「なら、ノアさんに緊急クエストを発行します。クエスト内容は私と南野圭吾の新刊について語り合う。報酬は私と南野圭吾の新刊について語り合えることです。拒否権はありません。行きますよ」

「えっ、ちょ、会長っ?」


 強引に腕を引っ張られる。

 何が何だか訳がわからぬまま教室を連れ出され、あっという間に生徒会室まで連行された。


 会長は僕を部屋の中に押し込み、扉を閉めた。

 これまでにも読書談義に誘われることはあったが、こんな強引なのは初めてだ。


 理由は簡単に察することができた。

 かくまってくれたのだ。


 彼女が強引に連れ出してくれなければ、今頃レヴィたちに絡まれていただろう。

 最悪校舎裏とかに連れて行かれたかもしれないし、弁当だって捨てられた可能性もある。


「会長、ありがとう」


 僕は深く頭を下げた。


「何の話ですか?」


 会長はすっとぼけた。

 こちらに気を遣わせないための優しさだろう。

 僕はその優しさに甘えることにした。


 机に座ろうとして気が付いた。

 書類が乱立しており、弁当を広げるスペースがない。


「どうしました?」

「いや……少し片付けたほうが良くない? 手伝おうか?」

「ああ、いえ、大丈夫です。適当にスペース作っちゃってください。それより急ぎましょう。時間は限られているのですさあ早く食べてください」

「う、うん」


 僕は書類をまとめて脇に置きながら、この人こんなキャラだったっけ、と内心で首を捻った。




 会長と本について語るのは楽しくて、昼休みはあっという間に過ぎていった。

 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いて、僕らは慌てて弁当を片付けた。


 次の授業は選択授業で、僕は移動教室だ。

 まだ授業の準備もしていない。

 急がないと。


「会長」


 僕は席を立ち、その端正な顔を見つめた。


「何ですか? 改まって」

「改めて、誘ってくれてありがとう。それに、あの話に触れないでいてくれたことも」

「何だ、そんなことですか」


 会長はふわりと笑った。


「あなたをここに連行したのは、私が一刻も早く南野圭吾の新作について語らいたかったからです。それに、双方愉快ではない話をわざわざする必要はありません。私たちにはそんなものに頼らずとも、いくらでも楽しく語り合えるものがあるのですから」


 会長が手に持った本をヒラヒラさせながら、楽しそうに笑った。

 教室ではあまり見せることのない、自然で綺麗な笑みだった。


「……そうだね」


 目の奥がジンと熱くなる。

 朝から精神的に辛いことが続いていたのもあって、僕はいつになく感傷的になっていた。


 だから、普段なら絶対に言わないようなことも口にしてしまったのだろう。


「僕、会長と出会えて本当に良かった」

「……えっ?」


 会長が空色の瞳を真ん丸に見開いた。

 その頬が徐々に赤くなっていくのを見て、自分が何を口走ったのか気づいた。


「あっ、いや、ごめん! 別にそういうんじゃ、あの、深い意味はなくてっ!」

「べ、別にそんな否定しなくてもわかっていますよ」


 会長が唇を尖らせている。

 そりゃ、ただの読書仲間からあんなことを言われて気分が良いはずがないよね。


「本当、ごめん!」

「わかったからもう良いですよ。それより急いでください。ノアさんは次は移動教室でしょう? 授業に遅れますよ」

「あっ、そうだった」


 次の授業の準備もしていない。

 早く戻らないと。


「それじゃ——」

「あっ、ノアさん」

「はい?」


 呼び止められて振り返った。

 普段ははっきりした物言いをする会長が、少しもじもじしていた。


「その……良ければ明日も私の緊急クエストを受けませんか?」

「っ——もちろん!」


 思いがけぬお誘いにびっくりしたが、何を言われているのか理解して僕は大きくうなずいた。

 どこか不安そうだった会長の表情がパッと輝く。


 まるでおもちゃを買ってもらった子供のような無邪気な笑みだ。

 僕は赤面しそうになるのを堪えた。

 会長にそういう意図がない事はわかっているけど、美少女のそんな表情を見れば意識してしまうのは、普通の男子なら仕方のない事だと思う。


「良かった。お呼び止めしてすみません」

「う、ううん、ありがとう! それじゃ、また」

「はい。走って転ばないでください」

「大丈夫だよ、ありがとう」


 生徒会室を出る。

 明日も楽しい昼休みが過ごせると思うと、自然と口角が上がってしまった。


「でも、もうああいうことは言わないようにしないとな」


 出会えて良かった、なんて、どこの小説の主人公だ。


 会長は、あくまでただの共通の趣味を持つ友人だ。

 今回は許してくれたようだが、彼女にとってもノアは読書仲間でしかないはず。

 同じような失態を犯せば、気味悪がって避けられてしまうだろう。


 彼女と本について語らう時間は楽しい。

 学校での貴重な楽しみをみすみす手放すなよ、と僕は自分に言い聞かせ——、


「やばっ!」


 遅刻寸前なことを思い出して、慌てて駆け出した。

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