第27話 同棲の条件って人それぞれ


 屋敷の中には応接室があって、俺とララはそこに通された。


 金細工で装飾された机を挟んで、エステラとリリーと向かい合い、ソファーに座った。


「つまり、私たちも聖女教会からは追われる身で、安全な居場所を探してここにたどり着いたんです」

「そういうことだったのね……だったらはじめからそう言いなさいよ!」


 エステラは不満げに言う。すっと言おうとしてたって。あんた達が聞いてくれなかったんだって。


「それにしても……八つの光剣に、光輪なんて見たことも無い。それに魔物の仲間を生み出す能力なんて。聖女教会が危険視するのもわかるわ」

「そうなんですか?」

「自覚が無いのね。王選十騎のルースが余計なことをしなければ、教会はあなたを不意打ちするつもりだったんでしょう」

「ろくでもない奴らです。でも、教会から追われる立場という意味では、エステラさん達とも似た境遇でしょう?」

「私たちのような浄化できない穢人も、見つかり次第抹殺対象よ。ここまで来れるものなら、ですけどね」


 来られるか否かで言えば来られるかもしれないが、穢気領域の奥に棲む魔女を、わざわざ聖女を派遣して倒すメリットはあまり無いのだろう。


「負けた私を追い出して住まうのはいいけど、おすすめしないわ。この屋敷はほとんど、私の手足みたいなものだからね」

「屋敷が手足のよう、ですか?」

「文字通りよ。私が穢人化して、この屋敷に棲むようになってからしばらくすると、この屋敷の中のことが手に取るようにわかるようになったのよ。物も自由に動かせるし、侵入者にも気づける」


 庭で勝手に仕事をしていた道具たちや、自動で開いた門や扉は、エステラの仕業ということか。単なる魔法とは違うのだろうか。


「どうせ分からないと思うけど、身体の一部のようなものなのよ。手のひらで触れれば、物の形、感触、温度、そういうものがわかるように、屋敷に誰かが入ってきたらそのことがわかるの」

「その感覚、よくわかります」

「そ、そう?」

「光剣や光輪を操る感覚も、似たようなものなんですよ」

「それなら話が早いわね。屋敷と、庭と、その周辺の森の少しの範囲は、私の身体そのものと言っていいわ。さっき壊れた玄関ホールも、今は自動で修復中よ」

「本当? すごいですね。屋敷と一体化だなんて、なんだか不思議な現象です」

「いえ、珍しいことではありません」


 ララはそう口を挟んだ。何か知っているようだ。


「魔女もまた、穢気溜まりや穢気核を持つ魔物のように、一帯の穢気汚染を担う存在となるということです。エステラが消えれば、ここら一帯から穢気は消えることでしょう。私もスキュラの時の記憶がありますが、エステラと同様の感覚がありました」

「そう……自覚はあったけど、やはり私は人間より魔物に近い存在のようね。それで、私を消して、ここを住みやすい浄化された地にするつもり?」

「そんなの駄目ですよ! エステラ様を消すなんて!」


 リリーが猛反対する。キルトはリリーがさらわれたと言っていたが、リリーは誘拐犯のエステラのことを大事に思っているのだろうか。そういうの何ていうんだっけ。ヘルシンキ症候群? 違う気がするけど、忘れた。


「そもそも追い出そうなんて思っていません。私達をここに置いてくれないかって、お願いしに来たんですよ」

「そうなの? まあ、私からすれば、敵の敵は味方、ってわけね」

「お互い戦力はわかったし、損な話じゃないと思います。ところで……エステラさんはどうしてリリーさんをさらったりしたんですか? それにリリーさんも理性を保ったまま穢人化しているなんて、単なる偶然ですか?」

「私が? この子を? さらう必要なんてないわ。何の役にも立たないんだから!」


 エステラが厳しいことを言っているにもかかわらず、リリーはなぜかにこやかな笑顔を浮かべている。やはりこの二人は独特の関係性だ。しかしキルトに約束した手前、色々聞かないわけにはいかない。


「私は……エステラ様に助けていただいたんです」

「キルトの話では、ワイバーンに襲われた所をさらわれたと言っていたけど……」

「いいえ、エステラ様はワイバーンを倒してくださったんです。でもその時、私はもう致命傷を負っていて……」


 キルトも怪我を負っていたようだし、どうやら視点によって違う見え方をしているようだ。


「救うには、私の様にするしかなかった。そういうことよ。理性を保ったまま穢人化するには、何が必要だと思う?」

「元々魔法使いである必要があるんでしたっけ?」

「そうよ。でもこの子みたいに少ない魔力じゃ話にならない。一定以上の強力な魔力を体内に持つ者が、穢人化により魔力と穢気を統合して体内で上手く循環させることで、意識を汚染されずに穢気の力を魔法に転用することができるようになる……一部の魔物のようにね」

「成程……そういう仕組みだったんですか」


 なんかごちゃごちゃしてて、よくわからんけど。そういう仕組みらしい。


「あくまで私の経験から導き出した結論よ。だからまあ、せいぜい実験の一つよ。私は穢気にあふれた穢気領域の中で、致命傷を負った魔法使いであるリリーに、一定以上の魔力が彼女を満たすように、魔力を注入し続けたの。通常魔力を注ぎ込んでも、他人の魔力は身体に定着せず、自分が魔法を使う役には立たないけど……今回のケースでは他人の魔力でも条件を満たしたみたいね」


 つまり、エステラは死にかけたリリーを救うために、魔力を注ぎ込み、無理やり魔女化させたということか。


「穢人は魔物同様、穢気にあふれた場所での回復能力が高い。それでリリーは一命を取り留めたけど、穢人化したから元の場所に戻れるわけもなく、ここで飼ってやっているってだけよ」


 エステラは、なんだかいちいち悪い言い方をする割に、やっていることは普通にいい人っぽいんだよな。


「そういう事情だったんですね。無理やりいるわけじゃないって知って安心しました」

「エステラ様は命の恩人ですから! 元の生活は送れなくても、エステラ様と楽しく過ごすことができますし、キルトに思いを馳せることもできるんです。だって、生きているから!」


 笑顔を浮かべるリリーは、エステラに感謝して、心から慕っているようだ。それは何よりなのだが……


「キルトにはどう説明したものか……リリーが生きていることは教えてあげたいですけど、結局一緒にいられないことには変わりないし、また何か無茶をしないか心配です」

「どうしようもないわ。死んだことにするしかないんじゃない? リリーが無理をしてキルトに近づけば、リリーは教会に狩られてしまう。聖女様にね」


 そこで、しばらく静かにお茶をすすっていたララが突然意見を述べた。


「その件ですが、一つ提案がございます」

「ララ? 提案って?」

「確かに、リリーさんに浄化の権能は効かないでしょう。しかし、主様は他の聖女と異なります。以前提案したように、洗礼を授けてみるのはいかがでしょう?」

「洗礼を……リリーに? 本当に効果があるのかな?」

「穢気核も、魔女も、穢気の発生源になり、浄化が効かない。非常に似通っています。試してみる価値はあるかと」

「ちょっと待って! 聖女のことはよくわからないけど……それってつまり、リリーが元に戻れるかもしれないということ?」


 エステラは興奮したように、そう尋ねた。いっそリリーよりも食いつきがよかった。


「元に戻れる、というのは語弊がありますね。私もミューカも、かつての魔物より数段強化された生物に生まれ変わりました。成功すればそうなるかと」

「えぇ? リリーの記憶は残るのよね?」

「ええ。記憶は残り、今のところ気を遣えば人間社会に溶け込める見た目をしています」

「それなら……!」


 エステラとリリーは、希望の光を見つけたかのように目を見合わせて、顔色を明るくした。二人とも、リリーが元の生活に戻るのを望んでいるようだ。


 いや、待てよ。ハッピーエンドにはまだ早い。大事なことを見落としている。


「ねえ、試すっていうけど、リリーさんを倒したって穢気核は出ないんでしょう?」

「ええ。魔女は魔女自身が穢気核や穢気溜まりのようなものですから」

「それってつまり……洗礼って言うのはすなわち……」

「リリーさんの身体に直接行う必要がありますね」


 いやいや、駄目だろう。それはよくない。黒い球体に嫌々キスするのとは話が違うぞ。


「期待させてごめんなさい。リリーさん、洗礼をするのは難しいかもしれません」

「どうしてよ! 納得できる訳を話しなさい!」


 リリーより先に、エステラが声を荒げた。


「いえその……深くは話せませんが、そう易々とできることでは……」

「ふざけないで。あんたがそう言うならこっちにも考えがあるわ」


 エステラはどうしても納得してくれず、リリーよりも怒って俺を責め立てる。


「メイティア、ここに住みたいのなら、リリーを治すのが条件よ。それができないのなら、私を殺して屋敷を奪い取ることね」


 ……どうしてこうなった。上手く話がまとまりかけていたのに。

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