リョウト兄ちゃん!

笹原九郎

第1話 お兄ちゃんのスタンス

 フェルタ市西部の森の中。


 私達は今日も、拳を交えていた。


「っはあっ、はあっ、はあっ…………」

「また呼吸が乱れてるぞ」


 お兄ちゃんは、ばっと距離をとってきた。


「はあっはあっ…………」

「いったん、呼吸を整えろ。せっかく動きが良くなってきたのに、呼吸と合ってなかったら、意味がない」


 そう言って、お兄ちゃんは、構えを解く。


「はあっはあっ…………わかった」


「はあっ」


「ふう…………っ」


 私は、目を閉じ、胸に手を当てて深呼吸する。


「…………」

「…………」

「…………整った」

「わかった」


――――ビュッ


「はあああああああああああっ!」


――――シュバババババババババッ……!


 私は、高速連打を放つ。

 拳は空気を切り裂きながら、次々と相手に向かっていく。

 が、私の拳は軽くいなされ、あるいは当たったとしてもほとんどダメージが通っていないようだった。

 

 これは模擬戦。相手の背中を地面につけた方が勝ち、というシンプルなルールだ。

 だけど、シンプルなルール故に、実力差がそのまま結果として現れる。偶然の要素によって実力差が覆ることは、ほとんど期待できない。


 だからこそ、わかる。この人は強い、と。


 だからこそ、思う。この人に勝ちたい、と。


「俺の動きを見ろ。感じろ」

「っ」


 そうだ。


 人間の集中力には限界がある。

 どんなに鍛錬を積んだ人でも、長時間戦い続ければ、必ず隙が生まれる。

 そこを逃すな。


 そう教わってきたんだった。


「うるああああああああっ!」


 私は連打を続ける。


 もっと速く。

 もっと正確に。


 もっと、もっと、もっと――――


「っ!」


 お兄ちゃんなフォームが崩れる瞬間があった。


(よし!)


 その隙を捉えた私は、瞬時に距離を詰める。


(今日こそ勝てる!)


 と。

 思った、その時だった。


「甘い」

「うくっ⁉」


 ガラ空きになった脇腹に、強烈な蹴りが打ち込まれてしまった。

 フォームが崩れたように見えたのは、演技だったみたいだ。


 私は、地面に強く打ち付けられる。


「っ!」


 けど、まだ背中はギリギリ地面についてない。


(すぐに態勢を立て直さなきゃ!)


 しかし、ガバッと起き上がろうとしたところで、強く踏みつけられた。


「くはっ……」


 背中が…………ついてしまった。


「俺の勝ちだ」

「…………」

 

 お兄ちゃんは、私を見下ろしながら、静かに、そう言った。

 

(また…………勝てなかった…………)


「今日は、これくらいにしとこう」


 お兄ちゃんは足をどけ、右手を差し出してきた。


「うん…………」


 私は、お兄ちゃんの手を借りて起き上がる。


「ふう……」

「さっきも言ったが、だいぶ動きが良くなってるな。呼吸についても、今後も練習を重ねていけば、意識せずともできるようになるだろう」

「あ、ありがと…………」

「だが、相変わらず、無駄が多いな。思考にしても、動作にしても」

「う」

「まあ、ただ…………今日は正直、負けを覚悟した」

「え?」

「ティーレ」


 お兄ちゃんが私に、治癒呪文をかけてくれた。

 温かい光が全身を包む。


「行くぞ」

「…………うん!」


    *** 


 私は、フィア。14歳。2年前から、冒険者をやっている。


 冒険者になったきっかけは、やはり2年前、当時ソロの冒険者だったリョウト兄ちゃんと出会ったこと。

 世界を旅しながら、人々の脅威となっている魔獣を退治するお兄ちゃんに憧れて、一緒に旅をさせてもらうことになった。


 今は、お兄ちゃんから戦闘のやり方とかを教えてもらいながら、冒険者としてのキャリアを積んでってる感じだ。


 早く、リョウト兄ちゃんみたいに強くなりたい。

 ずっと思ってることだ。


 まあ、未だに模擬戦で一度も勝ててないんだけどね…………。


    ***


 ところ変わって。

 同市内の、冒険者組合。


「こちら、お二人の今月分の給与になります」

「ありがとう」


 受付嬢は、札束が入った茶封筒を、丁寧にリョウト兄ちゃんへ手渡す。


「じゃあ俺達は、これで」

「あの」

「何だ?」

 

 受付嬢は、立ち去ろうとするリョウト兄ちゃんを呼び止めた。

 そして、躊躇い気味に尋ねる。


「やはり、依頼をお受けになる気は、ありませんか?」

「ない」


 即答。


「お、お兄ちゃん…………っ」

「おまえは黙ってろ」


 怒気を込めた口調に、私は押し黙る。


「お二人には、多くの依頼が届いておりまして、是非ともお引き受け願いたいのですが…………」

「別に俺達が出ていかなくたって、他の冒険者が行くだろ。高レベルの冒険者なら、他にもいるんだし」

「しかし、お二人の実力に期待する声は、やはり大きく…………特にフィア様は、まだ――——」

「どうしても俺達じゃなきゃダメなのか? その依頼。俺達が出てかなきゃ、何かマズいことでも起こるのか?」

「いえ、まずいと言いますか…………」

「言いますか?」

「…………」

「…………」

「いえ、まずいことはございません」

「じゃあ、お断りだ」


 肩を落とす受付嬢を尻目に、お兄ちゃんは、ため息をつきながら背を向けた。


「真に俺達の助けを必要としてる人がいるっていうのなら、その時は、どんなことでも引き受けよう。だが、それ以外の内容なら、一切聞くつもりはない。他の連中に回してくれ」

「…………かしこまりました」

「失礼する」

「…………。お兄ちゃん…………」


 私は、受付嬢に深く頭を下げてから、お兄ちゃんの後を追った。


(お兄ちゃん、どういうつもりなんだろ…………)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 次回、「お兄ちゃんの負傷 前編」

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