夜通し運転をし続けて都内にある自宅へと帰って来た俺は、そのまま休む間もなくパソコンを開くと動画編集へと取り掛かった。

 正直、今すぐ眠りにつきたい程に身体は疲れているが、未だ興奮状態の俺はその勢いで編集作業を終わらせてしまおうと思ったのだ。


 何より、2000人を超えるあの視聴者数を見てしまっては、一刻も早く動画を投稿したくて堪らない。



(これは、間違いなくバズるぞ……)



 そんな期待を胸に薄っすらと微笑むと、食事をすることも忘れて編集作業に没頭する。

 余計な部分をカットしてテロップと効果音を入れるだけとはいえ、その仕上がりが再生数を左右することを考えると一切の妥協はできない。毎度のことながら、その作業には膨大な時間を要するのだ。



「──終わったぁ……!」



 編集し終えた動画を投稿すると、俺は疲れた身体を大きく伸ばした。チラリと窓の外を見てみるともうすっかりと陽も落ち、携帯で時刻を確認してみると夜の8時を回っている。

 昨日は朝8時に起床したので、トータルすると36時間も起きている計算だ。そう考えると、この異様なまでの身体の怠さにも納得する。



「マジかよ……。36時間とか、キツすぎ」



 そう小さく呟いた俺は、限界を迎えた身体で勢いよくベッドへと倒れ込むと、そのまま気絶するかのようにして眠りについたのだった。




──────



────




「……えっ?」



 視界に入ってきた見覚えあるトンネルを前に、呆然と立ち尽くした俺は小さく驚きの声を漏らした。



(……なんで、ここに?)



 混乱した頭で呆然とトンネルを見つめながらも、俺は吸い寄せられるかのようにしてトンネルへと近付いた。



(何度見ても不気味だな……)



 陰湿な雰囲気を漂わせているトンネルの前で足を止めると、一度全体を見上げてからその視線をトンネルの中へと移す。

 こうして改めて見てみると、トンネル全体の空気は酷く重苦しく、異様な雰囲気を放っている。


 この3年、全国各地で様々な心霊スポットを巡ってはきたが、このトンネルはその中でも群を抜いておどろおどろしく、その空気に圧倒された俺は思わずゴクリと喉を鳴らした。

 と、その時──。トンネルの中で何かが動いたような気がして、俺は瞳を細めると目を凝らした。



「──っ!?」



 声にならない悲鳴を喉の奥へと飲み込んだ俺は、硬直した身体のまま目の前の”ソレ”を見つめた。暗がりで見えにくいとはいえ、確かに目の前に見えるのは全身血だらけの女の人の姿。

 カタカタと震え始めた身体から冷んやりとした汗が滲み出る。


 自慢じゃないが、俺は未だかつて一度も幽霊というものの存在に遭遇したこともなければ、怖いとすら思ったこともなかった。

 けれど、そんな俺でも直感的に感じたのだ。あれは、関わってはいけないと──。



(……っ、逃げなきゃ……っ!)



 そうは思うものの、まるで金縛りにでもあったかのようにピクリとも動かない俺の身体。動かない身体をガタガタと震えさせながら、ギュッと固く瞼を閉じた俺は心の中で懸命に祈った。



(頼む……っ、頼む……! 早く動いてくれっ……!)

 



──────



────




「……っ、うあぁぁあーー!!!」



 勢いよく飛び起きた俺は、息も絶え絶えに辺りを見回した。



「……夢……、か……っ」



 そう小さく声を零すと、ベッドの上に座ったまま壁にもたれる。悪夢を見たせいか寝汗が酷く、グッショリと濡れたTシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。



「最っ、悪……」



 未だかつて、心霊スポット帰りに悪夢にうなされるなんてことは一度も経験したことがない。それほどに、自分で思う以上にあのトンネルが怖かったのかもしれない。



「……まぁ、夢で良かったけど」



 思わず弱気な本音が零れ出た俺は、濡れたTシャツを脱ぎ捨てるとその足で風呂場へと向かった。



(再生回数、どこまで伸びたかな……)



 頭からシャワーを浴びながら、そんなことを考えて鼻歌を口ずさむ。

 先程見た悪夢のことなどすっかりと忘れ去った俺は、就寝前に投稿した動画の再生数のことで頭がいっぱいだった。



(あれから6時間は経ってるから、1000くらいはいってるといいなぁ)



 そんな期待を胸にシャワーから上がると、パソコンの前に座って再生回数を確認する。



「──えっ!? 3万再生!!? ……嘘だろっ!!?」



 驚きに思わず椅子から立ち上がると、目の前に映し出されている画面を見て絶句する。



「……マジ……っ、か……」



 過去3年間で俺が投稿してきた動画の中で、一番人気なものでも100万に届くかどうかだったが、たったの6時間で3万とは驚きの再生数だ。このままの勢いでいけば、1週間で100万も夢ではない。

 これは、間違いなく当たりだったようだ。



「……っ、しゃぁああーー!!!」



 真夜中にも関わらず部屋中に響き渡る程の雄叫びを上げた俺は、溢れ出る喜びを噛み締めて拳を突き上げた。



『──さっきから、うるせぇーぞ! 何時だと思ってんだ!』


「うわっ、……すいません!」



 隣りからの苦情に焦って謝罪をすると、薄い壁に考慮して枕に顔面を突っ伏す。



『やった……っ! やったーー!!!』



 堪えきれない喜びにジタバタともがくと、枕に伏せたままの俺はニンマリと微笑んだのだった。



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