第14話 ヒーローと三角関係
休日の朝、僕は
僕、
何か手掛かりがないかと周囲を警戒しながらジョギングをしていると。
「!!」
運動公園の入り口広場まで戻ってきたとき、見覚えのある姿が目に飛び込んできた。
会社の同僚、
「おはよう、羊ヶ丘さんっ!!」
「あれ、赤居さん! おはよう。偶然だね」
彼女も僕に気がつき、朗らかに笑いかけてくれた。
オフの日に羊ヶ丘さんと偶然会えるなんて、すごくラッキーだ。こういうのって、運命の予感がする。
「羊ヶ丘さんも走りに?」
「うん。最近、運動不足だから、まずいなぁと。赤居さんは、もう走ってきたところ?」
「まあね。でも、まだ走るつもりだよ。だから、良かったら一緒に、」
と、ここで言い終わらないうちに、僕のテンションは急降下した。
「おい衣奈、準備は終わったのか?」
地響きのような声で、屈強な強面の男が割り込んできたからだ。
後ろに向かって無造作に流した短い黒髪。三白眼に浮かぶ、赤黒い瞳。2m近くありそうな背。黒いTシャツとランニングパンツに浮かび上がった、圧倒的な身体つき。
以前、ショッピングセンターで羊ヶ丘さんと一緒に居た、あの男だ。
「終わったンなら、さっさと走るぞ」
「あ、ごめん。ちょっと待って」
「あ゛ぁ゛?」
うわ。すごい剣幕で羊ヶ丘さんのことを睨んでいるぞ。それなのに、彼女は全く動じていない。むしろ「ちょっとだけだから、ね?」と軽く笑っている。
「赤居さん。こちら、えぇっとー……
「!? てめぇなぁ……!!」
黒田ガルという名の男は一瞬ギョッとした表情を見せた後、眉をひそめた。そして、なぜか羊ヶ丘さんに対して不満げに口を開きかけるも、「まぁまぁ」と軽く制され、閉口した。その顔には『ふざけんな』と大きく書かれているかのような不服さが、ありありと浮かんでいる。
形相はさておき、彼は羊ヶ丘さんの友人だ。まずは挨拶をしなくては。
「黒田さん、はじめまして。
僕は意識して笑顔を作り、手を差し出した。しかし、黒田さんは目を細めるだけで、握手をしてくれる様子がない。黙ったまま、すんすんと鼻を鳴らしてみたり、僕を上から下まで品定めするようにジロジロ見たりしている。その視線は、まるで僕のすべてを見透かそうとしているかのようで、怪人と対峙した時のような緊張感が僕を襲った。
「……はーん? なるほどな」
やがて呟いた彼は、ニヤリと笑った。
「その節は、どーも」
どすの効いた、ゾクリとする声だった。目が笑っていないし、もちろん握手も返ってこない。
その節って、なんだろう? 考えてもまったく心当たりはなかった。僕が知らないところで、何か粗相をしてしまっただろうか。……まさか、羊ヶ丘さんに気があることを見抜かれて、遠回しに非難されているのか!?
「あ。赤居さん。 ガルくん、いつもこんな感じだから。気にしなくていいからね?」
「その呼び方やめろ、気色わりぃ」
「そう? 私、ちょっと気に入ってきちゃった」
羊ヶ丘さんは軽く笑っているけれど、黒田さんはますます不機嫌そうに眉をひそめる。ふたりが当たり前のようなやり取りをする中、僕に向けられる彼の視線は相変わらず鋭いままだ。
これって、やっぱり牽制されてる……よな?
「で? てめぇはここで何してんだ」
彼が、ついに僕に話を振ってきた。三白眼の視線は鋭く、声には圧がある。どう考えても友好的な会話の流れではない。
「僕は、ジョギングを。週末にはよく走ってるんです」
「へーぇ」
興味なさげな相槌。しかし、目はまだ僕を値踏みするように見ている。この場の空気を和らげようと、僕は努めて明るく言った。
「黒田さんも、羊ヶ丘さんと一緒に走るんですか?」
「あ? 当たり前だろ。もとはと言えば、俺が走りたくて来たんだ。こいつ
黒田さんにおやゆびで指し示された羊ヶ丘さんは、嬉しそうに笑っている。
「あはは、そうだね。一緒に走りたいって言ったら、断られるとばっかり思ってたんだけど。意外だったなぁ」
「仕方なくだ、仕方なく!! うるせぇから、付き合ってやんだよ、ありがたく思え!!」
「はぁい」
黒田さんがジョギングをするつもりでここに来ていて、羊ヶ丘さんはついでについてきた、ということは分かった。分かったけれど。
だめだ! ふたりの関係性が気になってしかたない!! 羊ヶ丘さんは、以前、彼のことを友だちだって言っていた。でも、黒田さんは、明らかに羊ヶ丘さんに対して好意を持っているじゃないか。しかも、それを悟られまいと必死に隠している様子だ。そうか、彼はツンデレなのか。そして、やっぱり僕に対するこの態度は、牽制なんだ!
そうだと分かったら、僕の心に火が点いた。
「羊ヶ丘さん、僕も一緒に走って良い?」
僕は彼を意識しながら、あくまで自然にそう言った。別に、休みの日に羊ヶ丘さんと合えたから一緒に過ごしたいとか、そういう下心があるわけじゃない。ただ、黒田さんの牽制に、正面から応えてみようと思っただけだ。
「もちろん!」
「はぁ?」
弾むような羊ヶ丘さんの声に対し、黒田さんの声は思いきり不満げだった。
「なんでてめぇまでついてくるんだよ」
「羊ヶ丘さんは良いみたいですけど?」
「あ、うん。せっかくだし」
黒田さんは舌打ちしながらも、羊ヶ丘さんの手前だからか、それ以上反対してこなかった。そして、僕たちはジョギングコースへと向かい、並んで走り出した――のだが。
最初は穏やかに並んで走っていたが、黒田さんと僕の間には微妙な空気が流れていた。彼のペースは一定で、まるで息が乱れている様子がない。走り慣れているどころではない余裕を感じる。
そして、その余裕が、なんだかすごく気に食わなかった。
僕は少しペースを上げた。彼もすぐに合わせてくる。無言のまま、どちらが先に折れるかを試すように速度が上がっていく。こうなると、もう気のせいじゃない。黒田さんは間違いなく僕と競ってきている。横目で見た彼の口元が、薄く笑っているのを見て、僕も意地になった。
負けてたまるか……!
地面を蹴るたびに風が強くなる。互いに譲る気はない。
「ちょ、ふ、二人とも……! 速すぎ、るよっ……!!」
羊ヶ丘さんの必死な声が、ずっと後ろの方から聞こえてくる。
「おい」
横から聞こえた低い声に振り向くと、黒田さんが僕に視線を向けていた。
「てめぇ、わざとやってんな」
「え? 僕、何かしましたか?」
あくまで平静を装い、涼しい顔で答えた。
「さっきから、目障りな走り方しやがって。鬱陶しい」
「そうですか? 僕は特に何も」
「とぼけんじゃねぇ。挑発してんのは見え見えなんだよ」
やっぱり見抜かれていた。しかし、ここで引くわけにはいかない。
「別に、そんなつもりはありません。ただ、黒田さんのペースが速いので、ついていくのが大変で」
「御託は要らねぇ。これがてめぇの全力か?」
不機嫌な声とは裏腹に、その目は明らかに楽しんでいる。
「そっちこそ。まだ本気を出してないですよね?」
黒田さんの片方の口角が、わずかに上がった。
「さぁな」
その言葉を皮切りに、彼はまたスピードを上げていく。
絶対に負けない!!
僕もまた、彼を追いかけたのだった。
「はぁ……はぁ……」
「っはぁ……クソッ……」
結局僕たちは、そのまま1周を全力で走りきってしまった。さすがに体力の限界だ。
黒田さんもそれは同じのようで、肩で息をしながら地面に座り込んでいる。僕もその隣に腰を下ろして、呼吸を整えていた。
しばらくして、羊ヶ丘さんがようやくというように、ゆっくり走って来た。
「はぁ……ふたりとも、すご、いね……! すごい、はぁ……うぅ……」
羊ヶ丘さんは息も絶え絶えに、何とか言葉を絞り出している状態だ。まるで倒れ込むかのように、僕と黒田さんの前へ腰を降ろす。
「お疲れさま。走り切れて偉いよ」
「赤居さん……はぁ、……ありがと……なんとか、頑張った」
すると、唐突に黒田さんが座ったまま、羊ヶ丘さんに向かって腕を広げた。
「おっせぇんだよ。さっさとこっち来い」
「えっ……?」
「え?」
「……はぁ?」
羊ヶ丘さんはきょとんとした表情、僕も何事かと目を見開いてしまった。黒田さんは驚いた僕らがおかしいとでも言うような表情をしている。
「ちょ、ちょっと待って、さすがにそれは赤居さんの前では恥ずかしいかな!!」
え?
「はぁぁ!? 何が恥ずかしいだ! こっちは死活問題なんだぞ!?」
苛ついた声を上げる黒田さんだったが、すぐに何か思い当たったらしく、ハッとしたような表情を浮かべた。そして、「あ゛ー……」と呻きながら、目をつぶって眉間をもみ始めた。
「……その……なんだ」
黒田さんは目を開いたかと思うと、気まずげに羊ヶ丘さんを見た。
「悪ぃ」
「う、ううん! えーと……あっ、良かったら肩揉む? ……って、ごめん。嫌だよね! じゃあ、手でも繋いで……って、それも微妙か」
あたふたする羊ヶ丘さんを横目に、黒田さんは気まずげに頭をかいてから、大きく息を吐いた。そして、おもむろに立ち上がったかと思うと、彼女の隣に歩み寄り、屈み込んでから数秒だけその頭を撫でた。
「これで、少しは繋げる」
と、呟いて。
「そっか……良かった」
頭を撫でられた羊ヶ丘さんは少し驚いたような表情をしたけれど、すぐにくすぐったそうに笑った。
彼らのやりとりはあまりに自然で。彼女とあの男の間に流れる空気は、僕の知らないもののように感じられた。
「……帰るぞ」
黒田さんが言うと、羊ヶ丘さんは頷いた。
「赤居さん、一緒に走ってくれてありがとう! また明日、会社で」
「あ……うん。また明日」
気持ちを整理できないまま、僕は愛想笑いをして答えるしか出来なかった。
ふたりと別れた僕は、ベンチに腰掛けて水分補給をしながら、さっきの光景を思い返していた。
黒田さんが羊ヶ丘さんに甘えるようなそぶりを見せたこと。そして、彼女が一度はそれを咎めたものの、当たり前のように受け入れていたこと。
やっぱり、友達以上の関係なんじゃないか……なんか、同じ家に帰るっぽい雰囲気だったし。考えるだけで、心が沈んでいく。
重たい溜め息が出た、その時だった。
「うわぁぁぁっ!!」
「ぃやぁぁぁぁぁぁ!!」
突如、公園の奥から悲鳴が響いた。 顔をあげると、遠く離れたグランド側から人々が逃てくる姿が確認できた。
「怪人か……!」
僕は駆け出した。モヤモヤが一瞬で吹き飛んでいく。今は余計なことを考えている場合じゃない。僕がやるべきことは、ただ一つ。
ヒーローとして、戦うことだ。
そう自分に言い聞かせながら、全速力で現場へ向かったのだった。
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