羊ヶ丘さんちのオオカミ怪人

あたるまひの

第1話 羊ヶ丘さんちのオオカミ怪人

 静かな街並みが広がる星明町ほしあかりちょう


 この何の変哲もない町に、私、羊ヶ丘ひつじがおか 衣奈えなは住んでいる。


 一人住まいである小さなアパートメントは、街の中心から少し離れた住宅街にある。最寄駅からは徒歩15分。少し駅から離れてはいるが、治安は悪くなく、近所には公園やスーパーマーケットもあり、なかなか良い立地だと思っている。


 私は24年をごくごく平凡に生きてきた。一般的な家庭に生まれ、みんなと同じ青春を過ごし、平均的な大学を出て、中小企業の事務職に就いた。


 ひとつ、私の平凡じゃないところを挙げるとすれば、モフモフのまま擬人化された動物を愛好する、いわゆるケモナーであるということだろう。だけど、二足歩行するケモノが現実に存在するわけないからと、諦め半分、2次元で十分。ひっそりと愛でる、趣味の範囲でしかなかった。


 が、とある日を境に、私のプライベートは平凡なものから一転。非平凡なものになってしまったのだ。


 

 その原因が――――。


 

「ただいまぁ」


「おぅ、おかえり」


 リビングから声だけ聞こえる重低音の


 玄関から廊下兼キッチンを過ぎ、リビングへ入ると、真っ黒な毛のオオカミが私のパソコンをテレビに繋げてアクションゲームの真っ最中だった。


「っしゃぁっ! ギッタギタにしてやるぜぇ!! ギャハハハハハハー!!!」


 なんて物騒なことを言いながら、私のお気に入りのソファをその大きな体で占拠している。


 彼の名前は、ウルフガルム・シェイドランナー。ワケあって先日から私の家に住んでいる、悪の組織シャドウオーダーの手先だったオオカミ怪人だ。


 お顔立ちこそオオカミそのものだけれど、私たち人間と同じ二足歩行だし、会話もできる。


 艶のある黒いもふもふの毛の上に着ているのは、闇夜に溶け込めそうな漆黒の戦闘服。身体を引き締めるようなデザインで、覆われている部分は筋肉の輪郭が浮き出ている。(思わずガン見しそうになるけど我慢だ)


 肩や胸、腰、膝、そして手首には、防御と機動性を高めるための装甲が装着されていて、胸の装甲には血のような赤で禍々しい紋章が入っていた。それは、彼がシャドウオーダーから送られてきた怪人である証だった。


 シャドウオーダーは、最近巷に現れる怪人たちを束ねる組織だ。彼らの狙いはこの地球上のあらゆる生物が持つ精神エネルギー『フレドルカ』。それを集め、何やら宇宙規模で悪いことを企んでいる……らしい。


 私は、そんな邪悪な組織にいた彼がうちのリビングでアクションゲームを楽しんでいる姿を見て、自分の日常がいかに非凡なものに変わってしまったのかを再認識していた。


「それ、気に入ってくれてよかった。私も好きなんだ。世界観もキャラクターデザインも、すごく良くって」


 カバンと上着を片付けた私が画面を見ると、私好みに作ったオオカミのエディットキャラクターが見たことのないステージを駆けているところだった。


 ウルフガルムは、私が行き詰っていたところをすでにクリアしてしまったようだ。


「デザインなんかどうだっていいんだよ。俺は闘いの爽快さが気に入った。血飛沫があがりゃ、もっと愉快だけどな」


 うーん、物騒!


 私は苦笑しながら隣の寝室に入ると、部屋着に着替えながら扉越しにウルフガルムへ問いかけた。


「今日もフレドルカ、いる?」


 しばらくの間、ガチャガチャとコントローラーを扱う音と、彼が操作するキャラクターの攻撃音だけが聞こえた。


 声が届かなかったのかと思い、着替え終えてからドアを開け、もう一度問い掛けてみようと口を開くと。


「いや、いい」


 どうやら返答を考えていたらしく、私が寝室から顔を出すと同時にウルフガルムはコントローラーを持つ手を止めて答えた。


「昨日、もらったばかりだしな」


「そう? 遠慮しなくていいのに」


 ウルフガルムをはじめ、シャドウオーダーから地球に送られてくる怪人の主なエネルギー源は、精神エネルギーであるフレドルカなんだそうだ。人間と同じように食事でも多少のエネルギー補給は出来るようだけど、フレドルカを定期的に摂取しなくてはどうにも足りなくなるみたい。


 昨日のウルフガルムが、そのいい例である。


 昨夜、仕事から帰ってきて部屋の中で動けなくなっているウルフガルムを見つけた時には、ものすごく焦ったもの。意識はあったから理由を聞いて、フレドルカを補給してあげた、というわけだ。


 一晩明けた今朝の彼は、昨夜のぐったり感が嘘のように横柄さ増し増しの元気な姿になっていた。そう考えると、フレドルカは悪の組織の求める力であると同時に、怪人たちの原動力なのかもしれない。


「遠慮じゃねぇ。お前のフレドルカは腹持ち良すぎんだよ」


 私がソファの隙間にお尻を無理矢理詰め込むように座ると、ウルフガルムは不機嫌な顔をして、憎まれ口をたたくようにそう言った。しかし、私には褒められてるとしか思えない言葉だ。


「えー、それは、ねぇ? ほら。愛情たっぷりですし?」


「うげぇ。濃厚すぎてギットギトなんだよ。胃もたれするわ」


 ひとの精神エネルギーを揚げ物みたいに言わないでいただきたい。さすがにギットギトという表現は、ちょっと傷つく。


「じゃあ、今夜は消化の良いお粥にしておきましょうね」


「ざけんな。肉にしろ。肉だ、肉」


「ふふ。はいはい」


 ウルフガルムのわがままな要望に笑みを浮かべながら、私はソファから立ちあがりキッチンへ向かった。


「週末に作ったハンバーグ、余分に冷凍しておいてよかった」


 呟きながら冷凍庫からハンバーグを取り出し、レンジに入れて解凍する。


 リビングからは、ゲームの続きを始めたらしく、ウルフガルムの威勢の良い声が聞こえてきた。


 私は、そんな日常のような非日常に心が躍っているのを感じながら、付け合わせの人参とジャガイモを茹でるために、鍋に水を張ったのだった。

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