第24話 修行と城下町
エステルの宣言により、立ち合いが始まった後。
基本的にはシャロが攻め、俺が受けるという形で進行していく。
「――ハアッ!」
「ッ」
シャロの猛攻を、俺は持ち前のステータスと技量でさばいていった。
彼女の攻撃は以前に比べ、格段に鋭さを増している。
二週間前まではエドワードたちと同等程度だと感じていたが、既に二人を追い越しているようだ。
今の彼女なら、二対一であってもおそらく勝利するだろう。
(これがメインヒロインの持つ才能か……)
そもそもシャロは、スキルに目覚めてからまだ二か月半ほどしか経っていない。
その分、成長速度も群を抜いているのだろう。
それからもしばらく、俺たちは木剣を打ち合うのだった――
「ここまで」
エステルの言葉で、立ち合いは終了する。
彼女の驚異的な成長ぶりに目を見張る俺だったが、その一方でシャロも息を切らしながら感想を口にしていた。
「はあ、はあ……驚きました。あの日のレスト様に追いつこうと努力し、ある程度は強くなれたと思っていたのですが……むしろ距離が開いたようにすら思います」
そう言って肩を落とすシャロ。
彼女はかつて、自分にとって手の届く位置にいる俺となら高め合えると主張し、剣友を申し出てきたのだ。
さらに差が開いたことで、ショックを受けてしまっただろうか?
そう危惧した俺だったが――
次の瞬間、シャロはバッと立ち上がると、ぐっと俺との距離を詰めてきた。
「この短時間で、さらにこれだけの力を得るとは……レスト様がどんな修行をしているのか気になります! 私にも教えてください!」
……どうやら杞憂だったようだ。
この程度のことで意気消沈してしまうほど、シャロの心は弱くない。
そんな彼女の想いには、できる限り答えてやりたいと思う。
だが……
(テイムについて話すわけにはいかないし、『アルストの森』の調査についてもガドから口止めされてるんだよな……)
ガド曰く、シャロのトラウマを呼び起こさないためだとか。
とはいえそれは建前だろう。ガドの本当の魂胆など、簡単に想像がつく。
あんな事件があったにもかかわらず、息子に森を調査するよう命じていることがバレたら、今度こそ王家の怒りを買うことになるからだ。
もっとも、俺としても今の段階ではシャロに隠しておきたかったため、その方針には文句ないのだが……
そうなると教えられる内容も限られてくる。
(他に話せそうなのは……そうだ、『深夜トレ』があった!)
深夜トレとは、毎日『筋トレ』『ランニング』『全力疾走』『魔力錬成』『お祈り』を繰り返すことで、各パラメータを上昇させるゲーム上の仕様のこと。
レストに転生してから今日に至るまで、俺は一日たりとも欠かすことなくこれを続けてきた。
この方法なら間違いなくシャロの力になってくれるはずだし、明かしたとしても特に問題はないだろう。
「俺が普段からやってる特訓なら、教えられるぞ」
「っ! ぜひ教えてください!」
食い気味に頼んでくるシャロに、深夜トレ――もとい『五種トレ』と名称を変えて伝授することにした。
いや、だってほら、ゲーム上では深夜にやるトレーニングだったけど、今は真っ昼間だし……深夜トレってなんか変じゃん?
それはさておき。
さっそく五種トレを実践したいとのことで、シャロは大修練場で筋トレから開始することになった。
そんな彼女にやり方を指導する。
普段俺がやっている量を教えたため、かなりの負荷がかかるはずだが、シャロは戸惑うことなく実践していた。
その様子を見ていたエステルは、驚きの声を上げる。
「レスト様は日々、これだけ困難な修行をされているのですね。私としても参考になります」
彼女は使用人であると同時に剣士でもあるのだ。修行に興味があるのだろう。
っと、そうだ……
「エステルさん、さっきは審判を務めてくれてありがとうございます。おかげで助かりました」
「そんな、私はお嬢様の従者として当然のことをしたまでです。それに……」
そこでエステルは、まっすぐ俺を見据えてくる。
「私のこともぜひ、エステルとお呼びください。お嬢様でなく私だけに敬語を使われるのは、少々違和感があると申しますか……」
確かにエステルの言う通りだ。主人に対してはタメ口なのに、従者に敬語を使うのは不自然だろう。
エステルもゲームに登場したキャラクターとはいえ、俺にとっては年上。少し抵抗感はあるが……
「分かった、エステル。これでいいか?」
「はい。ありがとうございます、レスト様」
ほっとしたように微笑むエステル。
どうやら想像以上に、彼女の中では重要な問題だったようだ。
するとそのタイミングで、
「レスト様、終わりました! 次は何をすればいいですか!?」
シャロの声が俺たちのもとに届く。
俺はその後も、五種トレの詳細についてシャロに指導を続けた。
特訓を無事に終え、いったん浴場で汗を流し終えた後、これからどうするかという話になった。
「思ったより時間が余ってしまいましたね」
シャロが屋敷に来てから、経過したのは合わせて3時間ほど。
特訓の密度を上げた結果、想定よりも早く修練が終わってしまったのだ。
このまま屋敷内でお茶会、というのもいいかもだが……
(それだと、何かと理由をつけてエドワードたちが来そうだし……)
そこでふと、俺の頭にある考えが浮かぶ。
「そうだ。シャロさえ良ければ、城下町を探索するのはどうだ?」
屋敷内で居心地が悪い時、俺もよく一人で行っている場所だ。
案内ぐらいなら引き受けられる。
そう付け加えようとした瞬間、シャロは瞳を輝かせて身を乗り出してきた。
「ぜひ、行きたいです!」
こうして俺たちは、城下町探索へと向かうことになったのだった。
◇◆◇
城下町に降りてきた俺、シャロ、エステルの三人。
見慣れぬ活気に溢れる街並みを前にして、シャロが目をキラキラと輝かせる。
「素晴らしいです、レスト様!」
純粋無垢に喜ぶ彼女の様は、まるで幼い子供のようだ。
実際、彼女はまだ14歳。十分すぎるほど子どもなのだが。
「シャロは、こういったところに来るのは初めてなのか?」
「はい。やはり私の立場上、あまり自由に行動できる機会が少なくて……ですので、今日はせいいっぱい楽しもうと思います!」
「そうか」
これはこちらとしても気が抜けなさそうだ。
そんなことを考えつつ、俺はシャロたちの案内を始めた。
それから俺たちは、城下町のあちこちを回った。
通りに並ぶ出店の屋台飯を食べたり、可愛らしいアクセサリー店に立ち寄ったり、道行く町の子供たちと交流したり。
どれもシャロにとっては新鮮な体験だったようで、俺はこの短い時間の中で、彼女のさまざまな一面を見ることができた。
そろそろ屋敷に戻らなければならない時間になった時、シャロは満足そうな表情で俺に語りかけてきた。
「レスト様、今日は本当に楽しかったです」
「そっか。それなら案内した甲斐があったよ」
「はい! あっ、それと少し驚いたのですが……レスト様は領民の方々から、すごく慕われているんですね」
町を回る中で、出店の店主や子供たちから何度か話しかけられる機会があった。
レストに転生して以降、俺はことあるごとにこの城下町を探索していたため(屋敷から抜け出したとも言う)、自然と顔を覚えられていたのだ。
それがシャロにとっては驚きだったらしい。
「まあ、普段から交流する機会が少しあるからな……あんな風に気楽に話しかけられるのは、貴族の威厳的によくないのかもしれないけど」
「そんなことはありません! 民からの信頼を得るのは、何をおいても重要なこと。また一つ、レスト様の素晴らしい一面を知れた気がします」
「それは大袈裟じゃ……」
否定しようとする俺だったが、そこでエステルが会話に割って入る。
「いえ、私もお嬢様と同じ意見です。レスト様は剣の腕だけでなく、徳の面でも秀でていらっしゃるのですね」
「……なんだか照れくさいな」
そこまで大層なものだとは思わないが、下手に否定しすぎるのも二人の気持ちを拒絶するようで気が進まない。
そんな風に居たたまれなさを感じていた、その直後だった。
ざわっ、と。
突如として、少し離れた場所が騒がしくなる。
何事かと身構える俺たちのもとに、この上ない凶報が響き渡った。
「魔物の襲撃だ! 誰か戦える者はいないか!?」
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