第7話 テニスバカ現実の厳しさを知る

 健斗は顔に冷たい水を乱暴にかけられて目を覚ました。手足が鎖で繋がれた暗い牢屋の中にいることに気付き、先程まで助けられ逃避行の真っ最中だったのは夢だったのだと理解し、今の鎖に繋がれた現実に落胆した。


 目の前には尋問官が待ち受けており、テーブルには自分の荷物が置かれていた。


「目が覚めたか?」


 顔に傷があり、強面の尋問官は冷たく言い放った。健斗は言葉を発しようとするも咳き込み、声がかれていることに気づいた。


「2日間、何も食べてないんだ・・・何か食べ物を・・・」


 かすれた声で告げると、もう1人の尋問官が立ち上がり、部屋を離れた。しばらくすると、詰め所からパンと水を持って戻ってきた。


「隊長には内緒だからな。ほら、食わせてやるから正直に話してくれるな?」


「答えるから・・・食わせてくれ・・・頼む・・・」


 健斗は渡された革袋に入った水を勢いよく、ゴクゴクと音を立てながら飲むと、生き返ったような気分になった。少し変な味がし、臭っていたが構わなかった。そして差し出されたパンを受け取り、必死に食べ始めた。固く不味いパンだったが、それでも空腹を多少満たすことができた。


「名前は?」


 パンを持ってきた方の尋問官が優しく問いかけた。


「渡辺健斗・・・」


「どこから来て、何をしていたんだい?怒らないから、ちゃんと話してくれたらまた食べ物をあげるから、ね。質問に答えてくれるよね」


 尋問官は次々と質問を浴びせてきたが、目は優しくはなく、言葉だけが優しかった。先程水をかけてきた粗野な見た目の男と対照的に、このパンをくれた尋問官は普通のおっさんのように見えた。もちろん、強面のやつがビビらせ、普通の見た目のものが優しく接するという心理的な揺さぶりだと健斗は理解しておらず、見事に引掛かかるも、答えではまずいことをしていないので素直に答える。


「わからないんだ・・・気が付いたら草原にいて…ただ道を頼りに歩いていただけだ・・・今思えば獣道だったかも・・・そうだ、岩場で一晩過ごした・・・」


 健斗は正直に答えた。尋問官は意味がわからないと言わんばかりに唸った。その時、部屋の奥から金髪の若い騎士が現れた。彼は20歳くらいで、兜は従者が持っており、健斗が昨日見た男だ。


「ユニム様、この様なところにわざわざ申し訳ありません。この者は素直に答えているようですが、どうも要領を得ません。嘘はいっていないとしか言えません。もしも嘘ならば高度な訓練を積んでいるはずです」


 尋問官が報告した。


「尋問が甘いのではないか?」


 ユニムは尋問官からムチを奪い取り、健斗の手足を打ち始めた。


「ぐぅっ・・・」


 健斗は軽く唸り、薄皮のみ裂かれる。その切り傷がヒリヒリするも、思ったほどの痛みはなかった。まるでカッターナイフで手元が狂って指先を少し切ったような程度の痛みで、歯医者の治療のほうが痛い。練習中に、隣のコートからのスマッシュが口に当たり、歯が欠けたときのことを思えば大したことはないが、鞭が当たった瞬間はそれなりに痛い。小説やアニメだと、痛くない素振りを見せるとムキになり、エスカレートするなと思い、痛みに涙したり打たれるたびに大げさに喚いたり呻いたりし、情けない奴と油断を誘う作戦を練っていた。


「本当にそうか?貴様の荷物は、見たこともないものがたくさんある。これは何だ?」


 ユニムはテーブルに置かれた魔石など理解できるものは脇に置き、スマホを指差した。


「い、痛い、や、やめてください!は、話します、話しますから!これは…俺の国のものです。説明するのは難しいけど、俺にはこれしかないんだ…俺にしか使えないし、説明するなら渡してもらわないと無理です。物の鑑定ができる魔道具の一種です」


「ふんっ!信じられんな。それにこれを渡したら貴様は何かする気だろう。そんな手に引っかかるほど私は間抜けではないのだよ。それに貴様は魔族のスパイかもしれん。どうしても信じられないな!」


 ユニムはムチを弄びながらさらに詰め寄った。健斗はこの尋問の内容から、彼らが何を知りたいのか、怖がっているのかを掴み取ろうとした。


「俺は何も悪いことはしていない。ただ、生き延びるために草原を抜けて来ただけだ・・・」


「それにこれはなんだ?子どもの遊戯か?」


 ユニムと言われた男はテニスボールを手に取り、ラケットをアンダーで振りボールを飛ばした。もちろんポンポンと転がるだけで、尋問官が拾いに走る。そしてラケットを胸に押し当て、ぐりぐりと押し付けて痛みで苦しむさまを見て口角を上げる。


「これでボールを打ち出し、魔物を倒したんだ」


「何を馬鹿なことを。どう見てもこのような物で魔物は殺せまい。」


「だったらボールを打たせてくれ。魔物の体は貫通したから、見れば嘘じゃないってのが分かるから!」


「おとなしく尋問されるがいい。武器をわざわざ渡すと思うか?小癪な奴め。良かろう、私が何を怖がっているのか教えてやろう。我々人類は魔族を恐れているのだ。お前がその一員ではないと証明するまでは、容赦しないぞ。」


 その後、執拗にいたぶるように鞭が振るわれた。健斗は貫頭衣を着せられており、テニスウェア等も机に置かれていたりするので、尋問する騎士も目の前の男が着ていた不思議な服を汚したり駄目にするのを気にせずに済んでいた。人をいたぶるのに喜びを覚えるクズの所作だった。


 健斗は尋問というか、いたぶっているこのユニムという騎士の顔と名前を心に刻み、復讐を誓った。


『この仕打ち、後で倍にして返してやる!小便ぶっかけてやる!』


 ユニムがさらにムチを振るい続ける中、健斗はわざと痛がり、痛みから気絶したような振りをして耐えていた。気絶したと判断しても、ただただストレスを発散するのにいたぶり、殴ったり蹴ったりするのを中々止めようとしなかった。


 そして健斗は自分がこの異世界で生き抜くための道を見つけ、必ず倍返しにすると、殴られた回数をカウントしていった。

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