屋敷
大雨が降るフランス・リヨンの屋敷、華々しいバラック調の造り、自然に囲まれた癒される空間を打ち壊すように、ルノー戦車やシャール重戦車などの物々しく雑多な戦車が集結していた。
こうやって見ると、兵器博物館と言っても過言ではない。
アランはデスカとともに屋敷の2階から、その壮大な防衛網構築に奇妙さを覚えていた。
「随分、ガードが固い」
「ああ、装甲列車の襲撃といい、ナチュレは我々の情報を察知しているようだ」
デスカはアランに紅茶を差し出す。
「それにしても、重戦車まで動員とは」
アランはティーカップに注がれた紅茶を飲みながら、戦車を見下ろす。
「ナチュレの連中、リッシュ侯爵がお忍びで視察する情報をすでに察知しているようだがね。装甲列車の襲撃はそれに関連するようだが」
「死んだアルスバッハは言っていた。ナチュレの国を作ると」
「僕の仕入れた情報通りだね」
デスカはすでに、ナチュレの野望を察知していたようだ。
「諜報員がすでにナチュレの情報を掴んだ。彼らは我が国で試験開発していた機械人形を奪取し、フランス軍を無力化した上で、パリに機械人形による総攻撃を仕掛けるというものだ。ひどい話だがね」
「3機の機械人形強奪はそのためか。しかしこの国はどうして機械人形を開発したのだろう?」
デスカは咳払いをして、「次の戦争に備えるためさ」と返答する。
「冗談だろ?」
アランは次の戦争という用語に絶句した。
まだあの戦争が繰り返されるというのか。
しかも機械人形を使って、今度は第二次大戦を始めようというのかと考えるだけでアランは自分の国を憎みたくなった。
ジャン・クロード隊長は機械人形に殺された。
だが機械人形を作ったのは人間だと考えると、これを設計・製造した人間たちはナチュレ以上に憎みたくなった。
「フランスはアメリカと極秘裏に機械人形の開発を進めていた。当時、最先端の技術を積極的に使ってね。超合金装甲の採用、バッテリー駆動によるエネルギー効率の改善、戦車以上の機動力、新しい陸戦兵器になるはずだったんだが」
「あの3機も試験機か」
「正確には6機、恐竜型の機械人形3機の部品が強奪された。恐らく、ナチュレのうち、クモ型の『クレシェンド』か恐竜型『ピアニッシモ』3機のいずれかがこの屋敷を襲うだろうけどね」
「その4機をやれば、ナチュレの野望を止めることができる。ラムジンさえ倒せば、隊長の無念は晴れるはずだ」
アランの心は燃えていた。
必ず、機械人形を殲滅させる。
アランの決意が確固たるものになったその瞬間、けたたましいサイレンが響く。
「機械人形だー!クモの機械人形が来るぞ!」
アランはティーカップをテーブルに置き、防弾マントを着用する。
「デスカ、安全なところに逃げてくれ。僕は機械人形を迎撃する!」
デスカは無言で笑みを浮かべ「任せたよ」と言わぬまま、部屋を後去った。
アラン丸い円盤状の黒い鉄のようなものを胸のボディアーマーにあるストラップに装着し、部屋の壁に立てかけた『ジョワユーズ』を右肩に掛けた。
外ではルノー戦車が蒸発した。
蒸発した戦車の先にはダークイエローの多脚型の奇妙な形をした何かがいた。
「あれが『クレシェンド』、新しい怪人か!」
アランはクモ型機械人形『クレシェンド』と見抜いた。
『クレシェンド』。
大型のクモ型兵器で、見た目はまさに巨大なクモそのものだ。
機関砲を2つ備えている他、機体各所には金属の筒のような物が確認され、何か兵器を装備しているようだ。
ルノー戦車2両、シャール重戦車1両は榴弾砲で応戦するが、『クレシェンド』は宙を舞って回避する。
アランは一瞬を見逃さなかった。
「アイアンワイヤー!」
そう、『クレシェンド』は後部のアイアンワイヤーを射出し、屋敷の屋根に打ち付け、空中を舞ったのだ。
空中を舞う『クレシェンド』は機関砲から弾丸を雨あられのように乱射し、ルノー戦車1両とシャール戦車1両をハチの巣にし、2両とも呆気なく蒸発した。
屋敷の屋根に張り付いた『クレシェンド』、本物のクモそのものの動きだ。
『クレシェンド』は屋敷の屋根に乗った状態で機関砲を乱射し、ルノー戦車1両に弾丸を浴びせる。
ルノー戦車は反撃することもできないまま、蒸発した。
「くくく・・・・・・。この私ルビー様が人間どもをひねりつぶしてあげましてよ!」
『クレシェンド』の無線越しに、ルビーを称する怪人からの通信が響く。
一方、屋敷の屋根は『クレシェンド』が着地した時のショックで屋根がオーバーハングして崩れた。
アランはすぐさま割れた天井から飛び出すように地面に伏せる。
屋根は一瞬にして砂のように崩れた。
機械人形を前には、頑丈な屋敷は砂の城も同じだった。
屋敷の屋根が崩れた部分には穴が空いていた。
崩れた屋根の穴から雨が降り注ぐ。
『クレシェンド』は中の人間を惨殺せんと言わぬばかりに虫眼鏡みたいなモノアイカメラを振り回して周囲を見渡す。
「人間ちゃん・・・・・・。このルビー様が殺してあげるよ・・・・・・」
ルビーの不気味な声が響きわたる中、『クレシェンド』の視線はアランに向けられた。
「金髪の軽装歩兵じゃない!会いたかったわ!アルスバッハを殺したあなたをなぶり殺しにできるなんて幸せですこと!さあ、あなたの最後よ!」
『クレシェンド』から黄色い蒸気が噴き出す。
アランは察した。
「毒ガスか!」
マスタードガス、第一次大戦で使用された毒ガス、多くの兵士の命を奪った危険なガスの存在をアランは知っていた。
アランは口を覆いながら、円盤のようなものを落とした。
「何かしら?」
ルビーはそれが認識できなかった。
アランはすぐさま、その円盤から飛ぶように逃げた。
「地雷?!」
ルビーは気づくのが遅れた。
タイマー式地雷は一瞬にして爆発した。
爆発の衝撃で屋敷は崩れ、『クレシェンド』は地面に転落する。
「ぐううううう!この程度!」
『クレシェンド』は左脚2本が衝撃により中破した。
起き上がろうとした瞬間、2階からアランはガトリングを構えている姿をルビーは目撃した。
「何事?!」
ルビーは気づくのが遅かったようだ。
「これで、終わりだー!」
アランは『ジョワユーズ』のセーフティを解除して、引き金を引く。
反動を抑えながらアランは弾丸を『クレシェンド』に浴びせた。
「いやああああああああああ!」
ルビーの断末魔、軽量化された『クレシェンド』の装甲はアランの『ジョワユーズ』による攻撃に耐えられず、ハチの巣状態へとなった。
「お願い!助けて!いやあああああ!」
ルビーの願いも叶うことなく、『クレシェンド』は蒸発し、ルビー諸共吹き飛ぶ。
巨大なクモはもう跡形もない。
崩壊寸前の屋敷から燃える『クレシェンド』を見下ろすアラン、アルスバッハを仕留めた時に感じた脅威とは別の、何か虚しさを感じていた。
涙雨が降り注ぐ中で、『クレシェンド』の炎と黒煙は空まで届いた。
雨に打たれるアラン、達成感がない。
この虚しさは何だろうか。
アランは『ジョワユーズ』を抱えて屋敷を去る。
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