第85話 SOS(1975年)ABBA
令和2年1月
私(
というかお酒に弱くて、ほとんど飲まないのだ。
唯一飲むのがホットミルクにカルーアのカクテル少し入れ、カルーアミルクをつくって飲むくらいだった。
タバコはもちろん吸わない。酒もタバコもしないのに、なんで
あの
母(星夏美)は、年末年始に一時退院して、私の住んでいる新潟市内のマンションに来た。もうすぐまた病院に帰る予定だ。
母は離婚して、それから仕事ばっかり
家に帰ってきて、私に会うと喧嘩ばっかりしていた。
年末年始に私のマンション泊まったとき、布団を並べて寝て長く話をした。こんなに母と長く話をしたのは何年ぶりだろう。
恋バナをしたのだ。
母は、私のカレシ(橘一輝)と一度会っている。
彼がよくこの部屋に来ていることを、すぐに感じとったんだろう。の気配が分かったようだ。
驚いたのは、母が最初にエッチした年齢は、私より若かったということ。
バブルの時期はそんなものよ、と言ってたけど、ちょっとヤンチャすぎないか?と思った。
カワイイ顔して、あのこ、意外とやるもんだね、と。
母がなぜ、カルーアミルクが好きかというと、学生時代のころの流行歌で、岡村靖幸の曲にあったそうだ。
お酒に弱い母は成人してからカルーアミルクを飲み、これだけは大丈夫だったそうだ。コーヒー牛乳のようで体が温まったと。
岡村靖幸は高校時代には、この新潟市内のマンションから近い古町のライブハウスで音楽をやっていたそうだ。
彼は薬物で何回か逮捕されているが、岡村は天才だ、と母は言っていた。わたしはしっかり聞いたことはなかったが、今度、曲をよく聞いてみよう。
高野寛の「ベステン ダンク」、「虹の都へ」は、大学の仲間同士でカラオケボックスでよく歌ったそうだ。岡村靖幸を歌おうとしても、口が回らないらしい
ネットで調べてみようか
ピンポーンと玄関のオートロックのインターホンのチャイムが鳴った
古町を散歩して、三越に買い物に行った母が帰ってきたようだ
◆◆◆
母は正月明けに病院に戻る時、橘一輝が車を運転してくれると言った。
一輝は父親の知り合いの中古車屋の斡旋でスズキのアルト・ワークスのポンコツを安く買っていた。この時代にマニュアル車だ。
冬の北陸自動車道をこの車で走った。
高速走行すると、エンジン音が非常にうるさいが、助手席に座っている母は、一輝と会話をして、はしゃいでいるように楽しそうだ。
狭い後部座席から見ると、まるでカレシと彼女のようでムカついた
三条燕インターを過ぎると、曇り空からポツポツと雨になり、そして
ワイパーは霰の粒を払いながら、白い小さなタピオカのように転がって流れている。
中之島見附インターチェンジを過ぎるころには、
信濃川だろうか、長岡市内に入ったら、すっかり空は雪模様だった。
牡丹雪がまるでレースのカーテンのように長岡の街を包んでいる。
高速道路を駆ける車の横を、粉雪がまるでダンスを踊るように舞い散る。
エンジンのウルサイこのポンコツ車にはナビもテレビもなく、FMの音楽だけが流れていた。
「一輝くん、病院に戻る前に、シャバ(娑婆・世間の)の食べ物が食べたいんだけど……」
「お母さん、大丈夫ですか」
「我慢したってしょうがないでしょ」
「はあ、そうですか……」
私は後ろから口を挟んだ
「おかあさん、何が食べたいの?あまりコッテリしたものはダメよ」
「そうね、宮内駅あたりに青島食堂があるから、そこのラーメンが食べたいわ、生姜で体が温まりそうだし」
「まあ、それなら大丈夫か……少し遠回りだけど、まあいいか」
青島食堂は長岡市民がよく行く店で大衆食堂である。
母は高校時代にカレシのバイクの後ろに乗ってよく行ったそうだ。そんな話は始めて聞いた。一輝に話しかける母は彼に心を開いている。
一層、ムカついた
青島食堂に着いた時、一輝は駐車場に一台の車を見つけて言った。
「あ、オヤジの会社のワゴンだ。もしかしたら?」
母の顔が引き
車を駐車場の区画に入れ、そして車から降りて店に向かおうとした時だ
店のドアを開けて作業着を着た男性が出てきた
「あ、やっぱりオヤジだ」
「あ、一輝か……え?」
一輝の父親(橘恭平)の顔も引き攣った。私の母と目があった
彼の父は「こ、こんにちは」と軽く頭を下げて、私の母親に挨拶した
母は腕が震えている。そして、すこし震える声で、そして喉が詰まっているかのような声で「こ、こんにちは」と返した。
母はそれ以上は、言葉がつまって、何も言い出せない
彼の父も何を言ったらよいのか、わからないような表情をしてる
このラーメン店の前は雪がまるで二人の間に幕を下ろしたいかのように、激しく降りしきっていた
彼の父のすこし額が上がった髪の上に、スノーフレークが落ちて、白い花びらを散らしたようだ
母の髪とコートの肩にも雪が舞い積もっている
私は知っている。元カレとの再会だ
「寒いから店に入ろうか」と私は母に言った
橘恭平は、星夏美に言った
「寒いから早く温かい部屋に入ったほうがいい」
「そうね、ありがとう、じゃ…また今度…」
「ああ」
一輝の父親も顔が青ざめた顔をして、営業車に乗り込んだ
彼は一人で長岡市に仕事で来て、ここで食事をしていたようだ
ラーメン店に入った母は、車の中であれほど饒舌に青島のラーメンを熱く語っていたが、神様に怒られた弥彦の白ウサギのように、まるで静かになった。
それからは、蚊の鳴くような声でボソボソと話し、そして時々黙りこんだ
食事をしている間もまるで無口で、外の雷を聞いていた
母はたくさん食べられないというので、麺を半分くらい箸でとって一輝のどんぶりに入れた。
静かに食べたあと、こう言った
「ここから、私の高校が近いんだけど、回って見てくれる?その近くに大きな体育館があって、屋上に天体望遠鏡がある校舎があるから、そこも見て見たいわ」
◆◆◆
食事を終え、車で走り出したすぐあと、母の言ったとおり校舎が見えてきた。
「あの学校が私の出た高校……」
黒のダッフルコートを着た生徒が歩いている。私服校で裾からジーンズが見えた。
「まわりは郊外型に店舗があるだけで、ほんとに田舎じゃん。都会人のフリして。この田舎ものめ」
「ウルサイわね、私が高校生の時は、まだ周りは田んぼだったのよ!」
「そんなの自慢になってないわよ!ははは!」
「そうだ、もう一つお願いがあるんだけど、一輝くん」
「なんでしょうか」
「大手通の方に『おぐま珈琲店』というお店があるんだけど、そこの珈琲が飲みたいの」
「ラーメンに珈琲ですか?この大病人が……」
「シャバから病院に戻るんで、美味しいものが食べたいと言ったでしょ!」
「まあ、まあ……そこの
「これが私たちの『日常会話』よ、一輝、早く馴れることね!」
「そうですか……恐ろしい……」
「私が高校生のころね、長岡駅前、大手通にはね、
「ロッテリアってなんですか」
「あー、もう、ムカつく。ファストフード店よ、ハンバーガーショップ」
「ああ、スタバのある場所か※」
「そう!」
※スタバは令和7年1月のいまの時点で長岡駅2階に移転している
珈琲店に着いた。母はお金を払うから有料駐車場に駐めて良いという
「高校の時にね、この店のガラス窓から中を覗いてみると、たいてい誰かがこの店でデートしていて。私も良くカレ……」
母は言葉をつまらせた。
「まさかね、あそこで会うとは……」そうポツリとつぶやいた。
「彼って?」鈍感な一輝が言った
カレシってあなたの父親だよ!こいつめホントに鈍い……
「いえ、なんでもないわ、一輝くん、美味しい珈琲を奢るから」
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