第78話 Start Me Up(1981年)The Rolling Stones

 平成2年9月 長岡技術科学大学


 オレ(橘恭平)はこの大学に入って初めての夏休みを過ごしていた。

 小出町の実家では父親がリハビリで絵を描いていて邪魔になるのが悪いので、オレはずっとこの長岡技大の寮にいた。

 寮からは眺める長岡の町は稲刈りの真っ最中だ。

 あちらこちらから、コンバインの音が聞こえ、上富岡の集落からは刈り取った稲を乾燥させる乾燥機が回る音が響いていた。

 バイクで長岡の町に出るときは、その乾燥機の排気口から出てくる籾を含んだ空気で咽せることがある。

 また時折、田んぼから稲わらを焼く煙が立ち上っている。

 町の空は晴れていて清々しい。

 高校時代から使っていたスズキのΓ(ガンマ)を寮に持って来ていたら、ツーリング仲間もポツポツとできはじめた。

 またシャープ・X68000も持って来ていたので、ゲーム好きの仲間同士もできた。

 9月の初頭に開催される技術科学大学の学園祭、技大祭であるが、なにせ山の中、郊外の学校ということで集客には苦労していた。

 ツーリング仲間のバイク同好会で、長岡赤十字病院の看護学校にチラシを持っていくが、若い看護学生からは「えー?技大??」という怪訝な表情が……

 彼女たちは新潟大学医学部の学生に目が向いている。

 なんてこった……看護婦さんたちだからか、やはり医学部生か……撃沈……


 長岡短期大学などにもチラシを配りに行くが、どうも反応はいまひとつだ……

 結果として、この大学の進学に興味がある近隣の高校の野郎ども、もとい男子高校生が見に来るというくらいだ。


 きらびやかな世界とは遠い、田舎の大学。

 だけどオレはここに勉強しに来たのだから……

 円高だから大学院を出たらアメリカの大学に留学できるのだろうか、と、奨学金のパンフレットが机の上に置いてあった。


 夏美は東京でどんな暮らしをしているのだろう?


◇◇◇


 平成2年9月


 私(星夏美)は北島の偽装カノジョをすることになった。


 ほんとは好きでもない男友達の彼女のフリなんて、微塵たりともやりたくはない

が、その会場が六本木のディスコという言葉に、気持ちが惹かれた。


 高校の時に、彼(橘恭平)の高校の文化祭、和同祭でクラスルームをディスコ、ダンスルームに変えていて、そこで踊った経験はあるが、ホンモノのディスコの経験はない。

 かといって一人で行ったりするには、田舎者には勇気が必要だ。


 北島の、そのようなディスコ甘言にまんまと乗せられた。

 慶應のテニスサークルの仲間数人と、青山学院大学のサークルと合同コンパのようなものだった。北島は見栄を張ってホラを吹いた相手は青山学院の男子生徒らしい。


 鷲頭祥子は都立大学に住んでいるので自由が丘の服飾店に詳しくなっていて、彼女と一緒にディスコに着ていく服を選んだ。長岡駅前の長崎屋で売っているのものと大差ないような気がするが、値段が違うだけのような気も(そうか?)

 まあ、ナニガシのブランドの名前がついていれば、それなりに見栄えがするであろう。


 北島はまた、ジャガーXJSコンバーチブルで車を出してくれた。


 東京は夜の7時


 きらびやかなネオンが輝き、六本木付近は大渋滞

 メルセデスやBMWなどが多い中、やはりジャガーのオープンカーは人目を惹く

 北島の野郎は夜なのにサングラスをしやがって、そして胸元の開いたシャツ

 アホかと……

 しかし、町ゆく人々も私をチラチラと見ている

 まるで芸能人が来たかのような視線だ。こんなデカくて派手な、グリーン色のオープンカーは目立ってしょうがない


 六本木のディスコAREAに到着

 噂に聞く「黒服」というボーイに北島は車の鍵を預け、私をエスコートする。

 まるでVIPか芸能人だ。

 周りの視線も釘付け

 高いヒールを履いているので、私の身長は172センチはあるから、180センチをユウに越え、入口付近の歩道にいるまわりの男性より高い。

「誰だ?」というヒソヒソ声。まるでモデルを見るような視線


 その中身は「新潟県三島郡越路町」から、この春に出てきた田舎娘だ(笑)


 北島もなんだか、ノリノリな感じだった


 VIPルームに案内された。

 彼が吹聴した青山学院大学の学生もいた。

 やはり都会のオシャレな学生の感じ


 ここで一発、長岡弁の「がーがー」をかましてやろうか。まあやめておこう。


 そして、このVIPルームには同じサークルの反町そりまちさんがいた。彼女は付属の女子高だが、付属の男子校の連中は気に入らないらしい(笑)

 なぜなら、付属女子校を「慶應付属の養豚場」といつも言っているからだ。


 反町さんは綺麗な人なのに、本当に失礼な奴らだ。


 私は最初に青学の男子と二言、三言、それらしく話をした。

 私はスポーツ用品メーカーの幹部の令嬢という触れ込みになっているらしい。

 それには間違いないのだが。ただの田舎だ。

 ただ、西ドイツのデュッセルドルフに住んでいたという話をしたら、青学の連中一同が響めいた。「キミ、帰国子女かー!それも西ドイツとは!」と。

 それも間違いはないしドイツ語も出来るのだが……何かがおかしい。なにもかにも裏目ならぬ「表目」に出る…


 それ以降は、男子同士でワイワイと話をしていた。車の話ばっかりで私はついて行けない。



 私はそれに置いていかれるようで、反町さんと二人になって話をした。


「星さん、あなたは時々に私の名字の反町を、『そ』にアクセントを置いて言うよね。やはり長岡の子よね」


「あ、すみません。そうですよね。やはり訛りは分かりますよね」


「いいのよ。それが本当のアクセントなんだから。私も忘れるくらい(笑)ホントにうれしいわ」

「わかる人には分かりますよね。反町倫子さんは、代々福沢先生の時代から慶應だって聞いてましたが」

「私の祖先は長岡藩士。慶應義塾は、最初の頃は長岡藩士が多かった。そして神田神保町の書店は、長岡がルーツの人が多い。東京堂書店とか書泉グランデとか、あと一誠堂書店とかね。私の家は書店と言ってそんなに大きくないから。私の代で終わりかなぁ」

「そうなんですか?」

「まあ、それはいいとして、あなた、北島君のことどう思っているの?あなたにゾッコンみたいだけど?」

「私、地元にカレシがいるんです。長岡技術科学大学の学生で」

「そうなんだ、彼にはハッキリ言ってるの」

「北島クンにはハッキリと言っているですけどねぇ、なんかいつも彼の勢いに負けて」

「ほんと、彼はどうしようもないわね。あなたUターンするつもり?」

「はい、地元のマスコミの採用試験を受けようかと」

「じゃ、東京で就職しないの?」

「先輩からの話だと、相当就職が厳しくなってきているらしいですね。採用を絞り込んでいるとか」

「確かに、かなり難しくなってるわね。私もどうなるかしら、あなたは報道関係志望だっけ。アナウンサー志望なの?私は最初は勉強で大手出版社か新聞社を受けようかと」

「えー、そんな派手なアナウンサーなんて無理です。報道部が第一志望。反町さんも出版関係なんですか?」

「そう。あなたと同じ。そうそう、ライバルのテニスサークルで福岡から来ている子がいるでしょ。江頭さんという人。彼女本当にミスキャンパスに応募するらしいわよ。彼女はアナウンサー志望だってさ」

「えー、そうなんですか。でも私には関係ないわ」

「そう?このサークルで、みんな星さんに期待してるみたいよ、ははは」

「そういう反町さんも可愛いじゃないですか。ミス慶應って、みんなカワイイ子がでるんでしょ?私のような田舎の子が出る幕じゃないなぁ」

「私は影で『女王様』なんて呼ばれているから無理よ。SMの女王様みたいだってさ・ハハハ」


 そんな話をしていたら、北島とさきほとの青学の子たちがこちらにやってきた。

「ちょっとお話しいいですか、それとも一緒に踊らない?」と来た

 後ろで

「やっぱカワイイなお前の彼女、本職のモデルか?」とか言っている。


 彼らと一緒に座って話をしているが、私はウンウンと相槌をうつばかりである。


 しかし、北島君の様子は、すこしうかない感じだった。

 彼の父親の会社が不動産投資をしていて、地価が下落しはじめ、状況が良くないらしい。北島の家の会社は相当マズそうな感じのようだ。



 青学の学生のひとりが、私の手をとって、ホールに案内した。

 みんなやってきて、ユーロビートの曲にノって、みんなで楽しそうに踊っている。これが最後の晩餐にならなければ良いが。

 そして、それで解散だった。反町さんは自分で地下鉄で帰り、私はいつものごとく北島に送ってもらった。


 帰りの車で、私は彼にしっかりとお灸をすえた。まるで般若の顔に豹変したかのように、自分も思ったのだが……


「もう見栄を張って、私がカノジョだとか、変なことは言わないこと!」

「はい、申し訳ない。ゴメンナサイ、でもまた一緒に行こうか、ディスコ……」

「何も反省してないじゃん!」


「だって、君は背が高くて綺麗で可愛くて目立つし。六本木のみんな、歩いている人が振りかえってキミを見ているよ。俺まで注目浴びて、なんか最高」とか言っていやがる。


 ホントに懲りない男だ……


「でも、初めてのディスコの経験、楽しかったわよ。また来るかはどうかは、あなた次第だね」

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