第48話 You'll Never Stop Me Loving You(1989年)Sonia
わたし(星夏美)は、彼(橘恭平)を裏切ってしまったのか。
彼はもともと東京の大学志望だった。
わたしが地元の大学に行く意思を示したから、彼は進路を変えてしまったと思う。
しかし、当の私が東京の大学に進学する願書をだしてしまった。
10月になり、雨の日が多くなってきて、
空も曇りがちになる長岡の街
通学の電車の中で、皆は参考書や問題集を開いている
初めて行われるセンター試験が、共通一次試験より日程が1週間くらいはやくなった。小正月(1月15日)の前になるという話だ。
わたしは彼にあらためて進路の話を聞こうとした。
「ねえ、家に行っていい?」
「おまえは……この前、先生に教員住宅に出入りしているのがバレたと言っただろうが。壁に耳ありクロード=チアリで……」
「恭平に進路の話を聞くのよ……ははぁ、また部屋がエロ本だらけになっているのね。お父さんがいないことをいいことに……」
「なにを言う!そんなことない!」
「じゃ、これから行っても……」
「え! うそ! やば」
「怪しい……やっぱり怪しい、きっとエロ本……」
「くぅぅぅ……」
「じゃ、今日の夕方、行くね。勉強しに。お母さんは今晩は夜勤でいないし」
「え、あ、じゃ、先に夕飯でも食いに行こうか。うちの近くの山口食堂で。そこのチャーハンが好きだろ?な?」
「ああ、あそこのチャーハンが美味しいのよね」
「だろ? 俺はその間に俺は先に部屋に行って……」
「あなたは行動がいちいち怪しいのよ!どうせわかっているんだから!最近は洋モノが多いでしょ?シリコンが好き?」
彼は半導体の研究をしたいとか。そっちのシリコンではない
「ちょっと電車の中で声がでかい!」
「じゃ、塚山駅からそのまま一緒にバスで行くから」
「夏美、着替えは、下着とかもってないだろ。じゃ……」
「今日は持って来ているわよ」
「なんで持って来てるんだよ!ホントに準備がいいヤツだ……」
塚山駅から彼と一緒にバスに乗って、彼の住んでいる官舎の近くの食堂に行った。
もう10月。秋分が過ぎて日が落ちるのが早い。
彼の家の近くの中華食堂でテレビでニュースを写している。
「ねえ、夏美のお父さん、西ドイツにいるんでしょ?大丈夫?東ドイツがあんなことになって。こどもの頃だったかな、ポーランドが西側に傾こうとしたらソ連が国境に軍を派遣したことあったよね」※
「戦争になる?」
「東側は中国が天安門事件で世界中の非難を浴びたから、その線は慎重になっているのかもしれない『政治経済』の試験に出るかもね」
テレビでは東ベルリンのブランデンブルク門の近くで、多くのデモ隊が集まっている映像を映していた。
それから、彼の家に行って上がった。
父親から譲ってもらったシャープのX68000が鎮座している。
そしてまわりを見回すと、やはり洋モノのエロ本が……
こいつは、きっとアメリカに留学に行くと言い出すぞ
本場のエロが目当てだ
「ねえ、この『はじめてのC』ってなあに?」
「ばかもの、それはC言語というヤツだ。パソコンのプログラミングの本」
「あ、そう?てっきりエッチなテクニックの……」
「夏美は変なこと考えているだろ!」
「あなたのことだからねぇ」
わたしはその本を取って見た
やはりプログラミングの本だった
「今はBASICでなくて、コレ、C言語を使えるようにならないとね」
「へぇ、ゲームばかりしていたんじゃないの」
「コレは親父が数学の教師だから本来は親父のもの。でも今はもっぱら自分がプログラミングの学習で使っているけどね」
「なるほどねぇ……って下にエッチなゲームがあるでしょうが!」
「やっぱりバレたか……」
「なんか裸のアニメキャラの女の子が、脱がせ麻雀て……」
「まあ、中国語の勉強も必要かなぁ。あと高校の仲間に麻雀で負けないように練習で……」
「なんで脱がせ麻雀ゲームの必要があるのよ!あんた、勉強してないじゃん!ちょっと成績見せてよ。そこに模試の結果があるでしょ」
わたしは、その模試の結果を取った。
この前にわたしと一緒に受けたものだ
「夏美、気がついてない?」
「何が?」
「政治経済の成績優秀者で、夏美の名前が載ってるよ」
「え!」
わたしの名前が載っている!志望校は新潟大学人文学部
彼も政治経済の欄に載っていた。彼の志望校は新潟大学工学部だ。
まじかー
模試を受けるときには、彼の志望校を聞いていなかったが、まさか彼も同じ学校をついに書いたか。東大と書くのを辞めたんだ。
コレでわたしが慶應義塾大学を受けます、って言えるわけない。
「ねえ、恭平は模試の時に東大を第一志望にしていたんじゃなかった?そうでないとカッコがつかないって」
「総合成績を見て見ろよ」
プリントされた成績表をみると、東京大学が「ボーダーライン判定」になっていた
「あなた、勉強してないで、こんなエロ本にウツツを抜かしているから、ボーダーまでズルズルと落ちるのよ!」
「なに言っている!押しかけ女房みたいにしょっちゅうウチに来るくせに。それでヤッてれば勉強できないだろが!」
「何いってんの!私が悪いみたいじゃんか!そんなエロ本より実物の私でガマンしなさいよ。シリコンじゃないけどさ!」
「ははは、まあ、いいさ。もう東京に行くのはやめた。一緒に行こう、同じ大学」
「やっぱり?」
なんだか、嬉しいが……
「でもさ、親父は新潟大学の教育学部だけど、高校の友人が長岡技術科学大学に赴任して。その先生は電気電子制御の専門ということで、もし技科大を受けるなら、研究室に入れるように推薦すると言われた。だから機械制御に関するプログラミングを本格的に学びたい、ってことで最近C言語を始めて……」
「東京の学校じゃだめ?」
「たしかに、
それで、親から新しいパソコンをもらったのか。父が療養中ということもあるし。 これは、彼が長岡大手通の丸専デパートの1階にある電気店で、X68000というパソコン欲しそうに眺めていたのを覚えている。
ツイン・タワー型でおしゃれなデザインのパソコンだ。
「実はね、おれは院(大学院)まで行きたいんだ。親父が病気だし、学費を抑える必要がある。俺と夏美が一緒に同じ大学に受かるとは限らないし。試験はどうなるかわからないだろ。夏美が別の大学に行くことになったら、俺は長岡技術科学大学かな。親父の勧めもあるし」
大学院まで行くという学費の話まで出てしまうと、恭平に東京方面の大学に一緒に行こうよ、ということ無理かもしれない。
たとえ国立大学でも。東工大とか電通大?うーん。生活費はバカにならないからね。
東京のアパート代は、バブル経済の地価高騰の影響でかなり高くなっていて、家賃も食費もバカにならない状態だ。
やばい・やばい・やばい
彼はわたしたちの将来が見えているのか?
本当に卒業して離ればなれか?
「夏美、進路はどうすんの?」
「へ!?、
嘘を言うしかない。というか嘘を言っちゃった。
もう既に東京の私立大学の願書を出したのに。
先生に99%受かるだろうと言われているんだが。
大事な彼氏に、ウソをついた
あー、ばか、ばか、ばか~
みんな嫌いだー
父さんも、担任も、遙もー!
だけど恭平は大好き
「夏美、なんか顔色が悪くないか?」
ホントに息苦しいです。つらいです。
でもホントのことは言えません。
言っちゃいましょうか。
他の大学も受けることを
「わたし、受験で東京都内の大学も受けようかと……」
「え、そうなの?」
「先生が、浪人したくないなら、いろいろ受験しなさいって」
「ふーん。でも、そこしか合格しなかったら、どうすんのよ。そこに行くことになるけど」
……ですよね。
※1981年 ポーランドのレフ・ワレサ議長による労働組合「連帯」により1980年代からデモが激化し、1981年にポーランドに戒厳令が公布された。その際に旧ソ連が軍事侵攻のためにソ連・ポーランド国境線に軍を派遣した事件のこと。
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