第10話

昼食後、呼び出しを受けたのでバトーの部屋に入ると、ナジルがすでに中にいる。


どうやら、二人は先に話し込んでいたようだ。…嫌な予感がする。


「君、指導といいながら新人の彼に自分の仕事の雑用やらせていたそうじゃないか。


これだから残業時間がむやみに多いだけの、能力の無い人間は困るんだよ。」


目の端でナジルがニヤつきそうになったあと、苦労して真面目な顔をつくっているのが見えた。


「何か言うことはないのか?」苛ついたようにバトーがいう。


「その、彼に仕事を教えていけという話なので、教えていただけです。」


「いーえ、誰が見ても無駄と思われることを先輩命令で無理にやらされそうになって、僕はそんなことしないと言いました。先ほど報告した通りなんです。」ナジルはそう主張する。


「レイオ、状況を説明してみろ。」


俺は、帳簿の二つの箇所に誤記があるせいで資料がおかしくなっていたので、それの検算とつけ合せをナジルに依頼しただけだ、


作業してもらいながらこうやるんだと覚えてほしかったんだと話した。


さすがにナジルの言いがかりだということは、わかってもらえるだろう。


だがバトーはこう言い出した。

「お前の話と問題点はよくわかった。まず、お前の仕事に時間がかかりすぎる点だ。

 

そんな検算やつけ合せなんかしてるから時間ばかりかかってたんだ。


今までその分無駄に給与払わせてきたんだな。


ナジル君の言い分は正しい。額が違うのは最初から違う数字が書いてあるからだ。


何年もしているのに、そんな簡単なこともわからないのか。


お前、この仕事は手に余る感じなんじゃないか。」


「えっ!しかし、今まで先輩方もそうしてきましたし。


客側もこちらに誤りがあれば教えてくださいと話して来られてましたよ?」


バトーはうるさげに顔の前で手をふった。


「そういうのが積み重なり時間ばかりかかる。労力のムダ。まずは資料は向こうの通りのままにする。


違う部分があったり意味不明の部分があっても、つけ合せしたり勝手に先方に連絡したりするな。向こうが書いた資料なんだから向こうの責任だ。


これだけで相当時間の短縮になる。」


「…それだと契約時の条件に違反するのでは」


契約では確か、こちらが書類の誤りがあれば指摘することも業務内容に含まれるという項目がある。


「そんな古い契約の話はされてもな。その条項は更新時に削っている。」


「そんな!客先はそれに納得したのですか⁉」


「更新の契約書には、小さく最後の方に書いてある。

契約を更新した時点で向こうも了解済みということになるのだ。」


…客先、多分読まなさそうだ。おそらくこれまでと同じだと思っているに違いない…


「文句出たらどうするんですか」


「契約どおりだから文句は言えないはずだ。


無駄を省いたおかげで仕事が早く終わるし、回転が早まる。より多くの仕事を受けることができる。利益もあがる。


そもそも、よく考えてみたら、お前の仕事のやり方で新人に指導したら、新人の側が迷惑するな。」


ナジルがそれを聞いて満面の笑みをたたえて頷いている。

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