12-2

  忙しく日々が過ぎていく。

 一日ごとに、港の風景が少しずつ変わっていった。

 昨日までは傷だらけだった海賊船の船腹が新品に張り替えられていたり、空きスペースに足場が組まれたり、港の一角に大量の矢が積み上げられたりしていく。

 海賊島全体が、着々ちゃくちゃくと戦闘モードに入っていくのが実感できた。


 ある日の朝。

 朝食後の雑談の中からそれとなくみんなのスケジュールを把握した僕は、今日こそジーナと話をしようと決めた。


 今日は、打ち合わせや物資調達などで出かける人が多い。ロブスター号で作業をするのは、僕とジーナとデバルトさんの三人だけだ。

 デバルトさんは、今日一日かけて魔動機の調整のために魔動機制御室にこもると言っていたから、二人きりになれる。

 人に聞かれるより、そのほうが話しやすい。


 午前中のうちに、今日やるべき雑用を大急ぎで片づけた。

 手抜きしたわけじゃない。ダラダラせずに集中して働いたのだ。


 午後になっても、なんとなく覚悟がつかなかった。でも、こんなチャンスは今日しかない。

 意を決して、ジーナを探す。


 ジーナは、甲板にいた。

 宿の中庭では干しきれなかった洗濯物を、ロープに引っ掛けているところだった。


 いざとなると、やっぱり緊張する。心臓がバクバクする。

 そういえば、女の子に告白するのは初めてだ。好きだなと思う子がいても遠くから見ているだけで、いつのまにかその子が別の男子と付き合ったり、なんとなく気持ちが薄れてしまったり、これまではそういうのが僕の恋心の行き先だった。


 でも、今回はそうしたくない。

 ジーナの答えがどうであろうと、僕は自分の思いを伝えたい。強くそう思っている。


「あのさ、ジーナ。ちょっと話があるんだけど」


 僕は声をかけた。

 もう、後戻りはできないぞ。


「うん。なに?」


 ジーナは僕の声に振り向いたけど、また洗濯物に視線を戻した。

 干し物の手を休めることはない。


 僕はちょっと肩透かたすかしを食った感じになったけど、おかげで肩の力が抜けて話しやすくなった気がした。


「あー、えっと。ちょっとっていうか、僕としては大事な話なんだけど」


 ジーナはもう一度僕のほうへ振り返った。


「ん。わかった」


 そう言うと洗濯物から手を離し、エプロンで手を拭く。

 それから僕の前に正対し、僕を見た。


「大事な話なんだね。聞かせて」


 ジーナに見つめられて、僕の心臓は爆発しそうだ。

 頭が真っ白になりかけて、何を話せばいいのかわからなくなる。

 深呼吸をする。

 僕の中の、いちばん強い思いを、まず言おう。


「僕は、ジーナのことが好きだ。大好きだ」


 飾り気も、かっこいい言い回しも、なんにも付ける余裕なんてなかった。

 ジーナはきょとんとした顔をしていたけど、やがて言った。


「ねえ、ユート。もし、私に復讐をやめさせようとしてそんなことを言ってるなら、それはちょっと卑怯ひきょうな……」


「違う!」


 僕は思わず、ジーナの言葉をさえぎった。

 声が大きすぎたせいか、ジーナの肩が反射的にビクリと動く。


「ごめん。声が大きすぎた。でも、これだけは、わかってほしい。僕は今日、僕の思っていることをストレートに話したい。小細工とか、駆け引きとか、そういうのは絶対にしない」


「……うん。わかった。私こそ、意地悪な言い方して、ごめん」


 僕はもう一度、深呼吸した。

 頭で考えなくていい。心のままを言葉にしよう。


「あれから、ずっと考えてたんだ。ジーナが勇気を出して打ち明けてくれたのに、僕はそれにこたえられなかったから。次に話すときは、きちんと向き合いたくて。でも、いくら考えても、僕には答えが出せなかった。それで、気づいたんだ。僕にできることは、復讐が良くないなんて偉そうに説教することじゃないんだって。僕の気持ちを君に伝えること、それしかないんだって。だから、僕は今日こそ、僕の心の中の、いちばん強い思いを最初に口にしました。僕は、あなたのことが心から好きです。え、っと、あ、愛して……」


「愛してます?」


「そ、そう。あ、愛してます」


 『愛してる』という言葉が気恥ずかしくて、上手く出てこなかった。

 ジーナが静かな声で言う。


「私は、復讐っていう名目で、人を何人もあやめているんだよ。忘れたわけじゃ、ないよね?」


「もちろん。忘れるわけない。でも僕は、それでも君が好きだ。たとえこれから先、君が復讐を続けていくとしても、それでも僕の気持ちは絶対に変わらない。君が復讐で傷つき、苦しむなら、僕も一緒に悩んだり、迷ったり、苦しんだりしたい。それが僕の、本気の思いだから」


 これで、言いたいことはすべて言えた。


 ジーナは、じっと僕を見つめたまま、なにも言わなかった。

 時が止まったような、沈黙の時間が続く。

 船を補修する槌音つちおとも、船乗りたちの声も、僕の耳には聞こえない。

 僕たち二人だけが周囲の景色から切り離されて、この世界に僕とジーナの二人しかいないような、そんな不思議な錯覚さっかくおちいりそうになる。


 やがて、潮の香りのする柔らかな風が吹いて、ジーナのこめかみのほつれ毛を軽く揺らしていった。

 ジーナは軽く目を閉じ、ふうっと息を吐いた。

 ふたたび目を開けたとき、彼女の顔には、穏やかな表情が浮かんでいた。

 ジーナは口を開いた。止まっていた時間が、動き出す。


「男の人に愛の告白なんてされたの、生まれて初めて」


「そうなの?」


「うん。恋愛なんて、してる余裕なかったもの。こんな気持ちになるんだね」


「僕も……初めてなんだ。もっと、カッコよく言えたらよかったんだけど」


「そうだったんだ。……私は、いま、すごく嬉しい。ユートが私のことを一生懸命に考えてくれたのが、とてもよくわかったもん。本当にありがとう」


「……」


「今度は、私が考える番だね。私は、ユートの気持ちに応えられるのか。ユートが真剣に考えてくれたのと同じように、私もユートのことを真剣に考えたい。家族のことも、復讐のことも、これからのことも、全部、考えないと。だから、返事はしばらく待ってほしい。私に、考える時間をください」


「うん。それは……もちろん。僕は待ってる」


 ジーナはハンカチを取り出して、僕に差し出した。


「涙、出てるよ。ふふ、あのときと同じだね。私をジェリンの王子から守ろうとしてくれた、あの夜とおんなじ」


 僕はまた、自分でも気づかないうちに泣いていたみたいだ。

 ジーナのハンカチで目を拭く。

 僕がハンカチを返すと、ジーナはにっこりと笑ってくれた。

 この笑顔を、絶対に守り抜くんだ。




 コーン、コーンと金槌の音が聞こえてくる。

 僕の耳に、港の喧騒けんそうが戻ってきた。

 戦いの時は、近い。

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