9-2

 必死で弁解するシーザーを、ギャゼックさんは何も言わず、冷ややかに見つめている。

 と、これまで黙っていたビイロフさんが、爆発したように怒鳴った。


「ふざけんな! 船長になったのはおまえだろ!」

「俺はお飾りの船長だったんだ。実際に仕切ってたのはディーゴで……」

「うるせえ! ボスを裏切りやがって、ブッ殺してやる!」


 掴みかかるビイロフさんを、エイムズさんが羽交い絞めにして止める。


「やめろ、ビイロフ!」


 ギャゼックさんの一喝で、ようやくビイロフさんは鎮まった。


「キンブチオットセイ号は沈んだと聞いた。あいつの最期を話せ」

「……あんたがいなくなった後、船の規律はいっぺんにゆるんじまった。俺の言うことなんか誰も聞かねえで、みんな好き放題さ。大きな計画を描けるやつがいねえから、行き当たりばったりで小型船を襲っちゃ、小銭を巻き上げてた。そんなんで続くはずがねえよ。ある夜、当番が見張りを怠って岩礁がんしょうに乗り上げたんだ。船はあっという間に浸水して、沈んじまった。俺たちはボートで逃げたけど、乗組員の半分は助からなかった」


 ギャゼックさんは目をつむり、天を仰いだ。

 目じりにうっすらと光るものがあった。エイムズさんとビイロフさんも、沈痛な面持おももちでうつむいている。


「俺が心血しんけつを注いだキンブチオットセイ号の末路がそれか。せめて戦いの中で終わらせてやりたかったぜ……」


 ジーナが歩み寄ってハンカチを差し出す。

 ギャゼックさんはハンカチで軽く目頭めがしらを押さえてから、ジーナに返した。

 ふたたびシーザーのほうに向き直ると、いちだんと低い、威圧感のある声を発した。


「もうひとつ、聞きたいことがある。おまえら、ロザリアを殺して宝箱を奪っただろう?」

「ひいいっ!」


 ギャゼックさんの質問を聞くなり、シーザーは顔面蒼白となって震えだした。尻で後ずさろうとする。エイムズさんが後ろから襟首をつかんで、元の場所へ引きずり戻した。


「知らねえ、俺は知らねえ」

「……話せ」

「殺さないでくれ! ギャゼック船長、頼む!」

「話せ!」

「ひいいいいっ! 俺はやってねえ、誓って本当だ。俺はめたんだ。当代最高の船が手に入ったんだから、もう十分だろうって。けどディーゴのやつは欲を出して、ロザリアも、あんたの宝箱も全部モノにするんだと言って、手下を連れてロザリアの家へ押し入ったんだ」

「またディーゴの責任にするのか。おまえは昔っから口先が上手かったな。それからどうした?」

「俺は行ってないから、ここからは聞いた話だ。ロザリアはディーゴに向かって、あんたの女になるくらいならアザラシと結婚するほうがましだ、とかなんとか言ったらしい。ディーゴは腹を立てて、揉み合いになって、それで、はずみで刺しちまったと」


 エイムズさんが鬼の形相になった。我慢していた感情が溢れだす。なんの躊躇もなく、短剣を抜いた。


「ボス、こいつはロザリアのあねさんを殺した報いを受けるべきだ」

「待て、エイムズ! 俺じゃないって言ってるだろうが!」

「ディーゴもおまえも同罪だ」

「頼む、助けて!」


 シーザーは泣き声をあげ、ギャゼックさんの足元にひれ伏す。

 エイムズさんを止めたのはギャゼックさんだった。


「エイムズ、こらえろ。俺達はもう海賊じゃねえ。シルビア船長の指示に従うんだ」

「……クソッ!」


 シーザーの顔のすぐ横で、エイムズさんは思い切り短剣を薙ぎ払う。

 シーザーの頬に、赤い線が一筋にじみ出した。シーザーは震えている。


「最後の質問だ。俺とロザリアの宝箱はどうした?」

「ワルト島の西岬に、無人になった修道院がある。ディーゴはその修道院を乗っ取って、隠れ家にして使ってたんだ。そこに運び込んだと言ってた。中身はそのままのはずだ」

「なぜ、中身に手を付けなかった?」

「開けられなかったそうだ。鍵を壊したのはいいが、蓋がぴったりくっついたようになって、どうしてもこじ開けられなかったと。そのうち、ディーゴはだんだん、おかしくなりはじめた」

「おかしいとは、どういうことだ?」

「ロザリアと争ったとき、彼女の短剣でディーゴは腕に傷を負った。ほんのかすり傷だったそうだ。ところが、何日たっても傷が治らねえ。それどころか傷口の周りが黒く変色して、疼きはじめた。医者に診せたが、毒のたぐいでもねえし、こんなのは見たことがないと言われてお手上げさ。それが『おかしい』のなりはじめだった」

「……続けろ」

「そのうち、ディーゴは妙なことを口走るようになった。宝箱が呼んでいる、とか、宝箱を守らなきゃ、とか、そんなことを言ってあまり出歩かなくなって、船にも乗らず、修道院に閉じこもるようになったんだ。いつの間にか、手下たちも同じようになった。俺が最後に様子を見にいったとき、もう三年も前だが、ディーゴの右腕は全体が真っ黒になっていた。あれはロザリアの呪い、宝箱の呪いに違いねえよ。さあ、これで俺が知ってることは全部話した。なあ頼む、ギャゼック船長、俺を殺さないでくれよお……」


 この不気味な話を聞きながら、ギャゼックさんはなにか考え込んでいるようだった。

 やがて、おもむろに立ち上がると、シーザーに言い放った。


「シーザーよ、俺たち三人はもう海賊じゃねえ。本来なら、おまえを八つ裂きにして魚の餌にしたいところだが、それはやめておこう。おまえの処分は、うちのシルビア船長に一任する。エイムズ、ビイロフ、いいな?」

「わかりやした」

「ボスがそう言うなら、しょうがないっすよ」


 助かったと思ったシーザーは、甲板に額をこすりつけて土下座している。

 その姿へ、シルビア船長の冷めた声が注がれた。


「シーザー。おまえは帝国兵におもねって情報を漏らそうとした。これは明らかな利敵行為だ。よって警備兵に引き渡す。海賊時代の悪行については判事がどう判断するか私はわからないが、それでも長い牢暮らしになるぞ。ベイツ、クァラ、シーザーを船倉へ監禁してくれ。交代で監視を頼む」


 もはや言い逃れはできないと悟り、がっくりと肩を落とすシーザーを、ベイツさんとクァラさんが立たせる。

 よろよろとおぼつかない足取りで、シーザーは船倉へと連行されていった。

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