8-4

 船長室で、船長と僕は向かい合う形で座った。


「ここなら、他の皆に聞かれる心配はない。言いたいことがあるなら、聞こう」


 場所を変え、を取ったことで、僕は少し頭を冷やすことができていた。それでもまだ、気持ちの高ぶりは収まりきってはいない。

 僕はなるべく冷静を保とうと、気持ちを抑えながら話した。


「ジーナが、家族の復讐を……自分の意志でやってると。船長は知ってたんですよね。なぜ、やめさせようとしないんですか。復讐なんて、苦しいだけじゃないか! お願いです、ジーナをめてください」


 船長は一度目を閉じ、大きくため息をついた。

 再度、目を開けて僕を見る。


「確かに、ジーナの意志は知っていた。彼女はいわば、だ」


 復讐中毒という言葉に、僕は頭を殴りつけられたようなショックを感じた。

 そんな、まるでアルコール中毒や麻薬中毒みたいな言い方、やめてほしい。ジーナは、普通の女の子だ。

 そう思いたかった。でも、さっきのジーナの様子を考えると、復讐中毒という言葉がジーナの心の状態を的確に表していることは、認めざるをえない。


「ジーナは芯が強く、頭のいい子だ。復讐がなんの解決にもならないことは、彼女自身が充分わかっている。だが、あまりにも境遇が過酷すぎた。人はときに、苦しすぎる現実から逃れ、なにかにすがらなければ生きていけないこともある。心の防衛本能と言ってもいい。ジーナにとっては、それが帝国兵への復讐なのだ。復讐を禁止することは簡単だ。命令すればジーナは従うだろう。だがそれでは、行き場を失ったジーナの心はやがて壊れる。私は、あの子を壊したくない。絶対に」


 頭から血の気が引いて、全身の力が抜けていく。

 僕は、そこまで深くジーナのことを思いやっていただろうか。

 自分の無力さと情けなさに、涙がにじんでくる。


「帝国兵を手にかけるたびに、ジーナは家族が殺されたときのことを嫌でも思い出すだろう。そうやって復讐を続けると同時に、自分の心を傷つけ続けている」


「ジーナを助けたい。僕は、どうしたらいいんですか……」


「正解は、私にもわからない。確実なのは、ジーナ本人がやめようと思わない限り、君の言う復讐の苦しみが続くということだ。もしかすると、我々には何もできないのかもしれない。彼女が復讐に代わるなにかを見つけるまで、彼女を見守り、思いを受け止めることしかできないのかもしれない。君たちは同い年だが、精神的にはジーナのほうがずっと大人だ。そんな彼女の心と向き合うには、それなりの覚悟が必要になる」


「覚悟……」


「そうだ。まだ学生の身分で、人生経験の乏しい君には難しいことだろう。だが、君以外はみな年上で、ジーナのことを保護者の視点から見てしまいがちだ。私やエインに至っては、上司や雇用主に近い立場でもある。だから、ジーナの心に最も寄り添えるのは、同年代の君ではないかと思えるのだ。私からも頼む。ジーナを支えてやってほしい」







 船長室をあとにした僕は、船倉へと向かった。

 誰にも会いたくなかった。

 船倉の奥まった場所には、緊急用の予備物資が積まれた一角がある。誰も、めったに出入りしない場所だ。

 薄暗い船倉の隅に、僕はひとり座り込んだ。部屋のかどを背に、背中を丸め、頭を抱えてうずくまる。


 涙があふれて止まらない。

 ジーナが大好きで、守りたくて、その気持ちは確かなのに、僕のやっていることは真逆だ。

 あのときジーナは、覚悟を決めて打ち明けてくれたのだ。人を殺したことがあるなんて、絶対に誰にも知られたくないはずなのに。ごまかそうと思えばいくらでもごまかせたのに、本当のことを話してくれたんだ。


 それなのに、とっさに返答できなかった僕は、テレビドラマか漫画で覚えた定番の台詞で返した。

 軽く受け流そうなんて、そんなつもりは全然なかったんだ。

 なにか言わなきゃと思うのに、僕の中にはそんな君の重い告白に応えられるだけの経験も気構えもなくて、それでも声をかけたくて、焦ってしまったんだ。


 もちろん、わかってる。そんなのは全部、ただの言い訳だ。

 僕はうわべだけの、借り物の言葉を投げつけて、君の心を傷つけた。


 僕は、最低だ。

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