6-2

「ちくしょうめ!」


 ギャゼックさんが悪態あくたいをついた。


「しつっこい性悪女しょうわるおんなだぜ。こっちが進路を譲ってやったっていうのに、追いかけてきやがった」


 最初、僕たちは東へ進んでいた。嵐の雲が僕たちのほぼ正面、つまり東から西へと進んできたので、シルビア船長は南へと進路を変え、嵐の直撃を回避しようとしたのだ。


 ところが、嵐のほうも僕たちと同じように、途中で進路を南に変えてしまったのだ。結局、ロブスター号は嵐に後ろから追いかけられる形になってしまったのである。自然の気まぐれだからどうしようもないとはいえ、運が悪い。


「デバルト、魔動エンジンの準備を」


 船長が、伝声管に向かって指示を出す。でも、それを聞いたギャゼックさんが反論した。


「船長、ここはもう少し俺たちに任せちゃくれねえか。嵐のひとつも乗り切れねえで魔動機に頼ったとあっちゃ、海賊ギャゼック・ファミリーの名がすたるってもんよ。それに、エルメット石は節約しないといかんだろう?」


 船長は、ギャゼックさんの顔を凝視する。それから、目を細めてにやりと不敵な笑みを浮かべると、伝声管に指示を出し直した。


「魔動エンジン準備。ただし、発動の指示あるまで待機」


「了解。ギャゼック、せいぜい男を上げるんじゃな」


 デバルトさんの野太い笑い声が、伝声管から聞こえてくる。え、えっと、ちょっと待って。なんか、みんなこの状況をを楽しんでるんじゃないの?


「野郎ども、聞こえたな? いまこそ魂を見せろ!」


「おう!」


「ウイッス!」


 甲板上は、ギャゼック・ファミリー三人の独壇場となった。


 ロブスター号は、速度を上げて逃げる。

 嵐は勢力をしだいに増しながら追いすがる。


 波は高く、荒々しく、暴れ回る。

 船底から突き上げ、マストの高さから滝のように落ちてくる。テーマパークのジェットコースターや絶叫マシーンなんて、この激しさに比べたらお話にならない。

 波が船体に打ちつけるたびに、水圧で船がこっぱみじんになるんじゃないかと不安になる。それくらいの波だ。


 三回目か四回目の強い突き上げにやられて、僕はあえなく胃の中身を全部吐き出した。船酔いしない体質だったんじゃない。船酔いするような状況を知らなかっただけだ。


 波にもまれ、風にあおられながら、それでもロブスター号は嵐の追撃をかわして進んだ。僕は方角も何もわからなくて、船から落ちないように甲板にしがみついているのがやっとだけど、ギャゼックさんやエイムズさんには、きっちりとわかっているらしい。


 何時間たっただろうか。


「ボス、前方二時の方向に島影ッス!」


 ビイロフさんの嬉しそうな大声が響いた。二時の方向に目を凝らしたけど、雨に煙る視界のなか、僕には島影どころか、海と空の境界もよくわからない。


「よくやったぞ、ビイロフ。船長、島の陰に入って嵐をやり過ごそう」


「うむ、それが最善だろうな。おも舵三十度」


「島へ向かうぞ。ビイロフ、暗礁あんしょうに警戒だ。集中しろよ。エイムズ、帆を緩めて速度やや落とせ」


 ロブスター号は、島へと向かう。






 近づくにつれて、島影が僕にも見えるようになってきた。

 ロブスター号は、北側から島へ近づく形になる。


 はじめは、切り立った崖が見えるだけだった。ほぼ垂直に近い断崖絶壁だんがいぜっぺきだ。高さは軽く三百~四百メートル以上はある。たとえ誰であろうと、島に近づくすべての者を拒絶するかのように、岩の壁は威圧的に立ちはだかっていた。


 渦巻くような巨大な波が崖の根元に激しくぶつかり、砕け散ってしぶきを巻き上げている。とてもじゃないけど近寄れない。


 だが、避難できる場所を探して南側へと回り込むと、状況はかなり違った。


 回り込んでみると、この島は思ったより大きく、馬蹄ばてい形をしていることがわかった。

 南東に向かって開けた入り江がある。入り江の奥は砂浜になっている。砂浜の奥には雑木林が広がり、雑木林のさらに向こうは急峻きゅうしゅんな岩山だ。北側から見えていた断崖は、この岩山の裏側にあたるのだろう。


 ロブスター号は、おあつらえ向きのこの入り江に避難することになった。砂浜から五十メートルほど離れたところで錨を下ろし、停泊する。


 入り江の中は、驚くほど穏やかだった。雨は相変わらずだけど、いかめしくそびえる岩山が、強風をうまく遮ってくれている。

 

 ようやく、嵐から逃げきれたのだ。

 このとき僕はそう思い、心からほっとしていた。

 この後に島で起きる恐ろしい出来事のことなど、知るよしもなかったのだ。

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