3-3

 その夜は、豪華な晩餐会だった。


 マルダールは海の幸が豊富なのだという。こんな立派な港湾都市だから、当然といえば当然だろう。

 中でも名物がロブスターだそうで、これでもかというほどの多種多様なロブスター料理が食卓に並べられた。ロブスター号の船名も、ここからきているらしい。


 ひたすら美味しいとしか表現できないけど、とにかく最高の料理だったと思う。みんな飲み、歌い、話に花が咲いた。


 もちろん、僕も楽しんだ。楽しんだけど、でも、昼間の話が頭の片隅から離れることはなかった。


 まさか船長が、僕と同じ落ちたる者だったなんて。

 しかも未来からきた人だったなんて。


 そしてもう一つ、大事なこと。

 これからの僕は、日々、危険を意識した生活になるのだ。

 日本では、身を守るために武装するなんて考えたこともなかった。

 

 家族はどうしてるかな……。

 帰りたい……。


 部屋に戻った僕は、そんなことを思いながら眠りに落ちていった。






 翌日、ディメルさんが僕の部屋へやってきた。


「昨日、話していた武器だ」


 僕が受け取ったのは、小型のクロスボウだった。対応が早い。船のバリスタよりは小さいけど、持ってみると、見た目以上にしっかりとした手ごたえがあった。


「レバーを操作してクォレルをセット、あとは引き金を引くだけだ。素人でも、比較的短期間で使いこなせるようになる。裏庭は訓練場になっているから、自由に使っていいぞ」


 ディメルさんは、手短てみじかに操作を教えてくれる。そうして、僕がお礼を言う間もなく、すぐに階段を降りていった。これから大事な商談があるのだという。


 裏庭に出てみると、ディメルさんの言葉通り、そこは訓練場になっていた。鎧を着せたダミー人形や、持ち手のついた鉄球などが置いてある。鉄球はたぶん、筋力トレーニングに使うのだろう。傭兵風の男たちが数人、剣の素振りをしている。


 隅のほうの塀際に、射撃の練習場があった。木の塀に、円形の標的が描かれている。横の塀には、ここから射よ、という感じで弓兵が三か所に描かれていたので、僕は標的に一番近い場所に立った。標的との距離は二十メートルくらいだ。


 教わった通りにレバーを操作する。クォレルのセットを確認してから、標的を狙う。よーく狙って、引き金を引いた!


 バシンと弦の音がした。想像以上の反動で、クロスボウがぶれてしまう。次の瞬間、背中のほうからどっと笑い声が上がった。さっきの傭兵たちだ。僕の射たクォレルは、標的を大きく外して塀に刺さっていたのだ。


 もう一本。傭兵たちの視線を背中に感じつつ、僕はたっぷりと時間をかけて狙いをつけた。反動の大きさもわかったし、今度こそいける。引き金を引く!


 また笑い声が上がった。さっきより少し的に近づいたけど、やっぱり外れてしまった。これは……恥ずかしい。


「あははは、弱っちいなあ、ユート」


 そこへ聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。クァラさんだ。


「ちっ、クァラの知り合いかよ」

「ロブスター号のヤツだったのか」


 僕を笑っていた傭兵たちは小声でそんなことを言いあうと、訓練場から出ていってしまった。クァラさんは一目置かれているらしい。


「かしてみな。アタイがお手本を見せてやるよ」


 クァラさんはクロスボウを手にすると、僕が両手で使っていたそれを、標的のほうに向けて片手で軽く突きだした。狙う時間もかけずに、そのまま無造作に引き金を引く。発射された矢は、標的の真ん中に命中していた。

 うーん……レベルが違いすぎて、お手本にならない。


「クロスボウはさぁ、カチッってして、ビューンって射って、ビシッって当てるんだよ。わかっただろ、あはは」


 いや、全然わからない。


「あ、忘れてた。このあと、みんなで昼飯行くことになったからな。昼の鐘が鳴ったら正面玄関に集合だぞ。じゃあなっ」


 クァラさんは自分の言いたいことだけ言うと、走って行ってしまった。

 なんていうか、うん、練習あるのみだ。僕は自分にそう言い聞かせたのだった。






 マルダールでの数日が、あわただしく過ぎた。


 船乗りは陸では休暇をとるものだと思っていたけど、そうでもなかった。

 みんながゆっくりしてたのは最初の二、三日だけで、その後はロブスター号の調子を見たり、書類を作ったり、どこかへ出かけたり(雰囲気的に、遊びに行っているわけではなさそうだった)、みんなけっこう忙しくしている。


 僕も忙しい。

 クロスボウの練習をして、エイムズさんやデバルトさんたちとロブスター号の点検修理作業をして、ジーナには少しずつだけど、この世界の文字を教えてもらうことになった。


 文字の大切さは痛感させられた。町に出ても、看板も張り紙もなんにも読めないのはストレスがたまりまくる。自分からなにかを勉強しようと思ったのは初めてかもしれない。


 そんなある日、シルビア船長が乗組員を招集した。


「次の航海が決まった。中部国家連合のジェリンへ向かう。ジェリンの第三王子がマルダールへ留学することになり、ディメルがその送迎を頼まれたそうだ。ほかならぬディメルの頼みを断ることはできない。出航は三日後だ。各自、準備を頼む」


 中部国家連合といえば、ネフィゼズ帝国と戦っている国家連合だ。

 そんなところへ行くのか。

 僕は、戦争の影が徐々に近づいているのを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る