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その夜は、豪華な晩餐会だった。
マルダールは海の幸が豊富なのだという。こんな立派な港湾都市だから、当然といえば当然だろう。
中でも名物がロブスターだそうで、これでもかというほどの多種多様なロブスター料理が食卓に並べられた。ロブスター号の船名も、ここからきているらしい。
ひたすら美味しいとしか表現できないけど、とにかく最高の料理だったと思う。みんな飲み、歌い、話に花が咲いた。
もちろん、僕も楽しんだ。楽しんだけど、でも、昼間の話が頭の片隅から離れることはなかった。
まさか船長が、僕と同じ落ちたる者だったなんて。
しかも未来からきた人だったなんて。
そしてもう一つ、大事なこと。
これからの僕は、日々、危険を意識した生活になるのだ。
日本では、身を守るために武装するなんて考えたこともなかった。
家族はどうしてるかな……。
帰りたい……。
部屋に戻った僕は、そんなことを思いながら眠りに落ちていった。
翌日、ディメルさんが僕の部屋へやってきた。
「昨日、話していた武器だ」
僕が受け取ったのは、小型のクロスボウだった。対応が早い。船のバリスタよりは小さいけど、持ってみると、見た目以上にしっかりとした手ごたえがあった。
「レバーを操作してクォレルをセット、あとは引き金を引くだけだ。素人でも、比較的短期間で使いこなせるようになる。裏庭は訓練場になっているから、自由に使っていいぞ」
ディメルさんは、
裏庭に出てみると、ディメルさんの言葉通り、そこは訓練場になっていた。鎧を着せたダミー人形や、持ち手のついた鉄球などが置いてある。鉄球はたぶん、筋力トレーニングに使うのだろう。傭兵風の男たちが数人、剣の素振りをしている。
隅のほうの塀際に、射撃の練習場があった。木の塀に、円形の標的が描かれている。横の塀には、ここから射よ、という感じで弓兵が三か所に描かれていたので、僕は標的に一番近い場所に立った。標的との距離は二十メートルくらいだ。
教わった通りにレバーを操作する。クォレルのセットを確認してから、標的を狙う。よーく狙って、引き金を引いた!
バシンと弦の音がした。想像以上の反動で、クロスボウがぶれてしまう。次の瞬間、背中のほうからどっと笑い声が上がった。さっきの傭兵たちだ。僕の射たクォレルは、標的を大きく外して塀に刺さっていたのだ。
もう一本。傭兵たちの視線を背中に感じつつ、僕はたっぷりと時間をかけて狙いをつけた。反動の大きさもわかったし、今度こそいける。引き金を引く!
また笑い声が上がった。さっきより少し的に近づいたけど、やっぱり外れてしまった。これは……恥ずかしい。
「あははは、弱っちいなあ、ユート」
そこへ聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。クァラさんだ。
「ちっ、クァラの知り合いかよ」
「ロブスター号のヤツだったのか」
僕を笑っていた傭兵たちは小声でそんなことを言いあうと、訓練場から出ていってしまった。クァラさんは一目置かれているらしい。
「かしてみな。アタイがお手本を見せてやるよ」
クァラさんはクロスボウを手にすると、僕が両手で使っていたそれを、標的のほうに向けて片手で軽く突きだした。狙う時間もかけずに、そのまま無造作に引き金を引く。発射された矢は、標的の真ん中に命中していた。
うーん……レベルが違いすぎて、お手本にならない。
「クロスボウはさぁ、カチッってして、ビューンって射って、ビシッって当てるんだよ。わかっただろ、あはは」
いや、全然わからない。
「あ、忘れてた。このあと、みんなで昼飯行くことになったからな。昼の鐘が鳴ったら正面玄関に集合だぞ。じゃあなっ」
クァラさんは自分の言いたいことだけ言うと、走って行ってしまった。
なんていうか、うん、練習あるのみだ。僕は自分にそう言い聞かせたのだった。
マルダールでの数日が、あわただしく過ぎた。
船乗りは陸では休暇をとるものだと思っていたけど、そうでもなかった。
みんながゆっくりしてたのは最初の二、三日だけで、その後はロブスター号の調子を見たり、書類を作ったり、どこかへ出かけたり(雰囲気的に、遊びに行っているわけではなさそうだった)、みんなけっこう忙しくしている。
僕も忙しい。
クロスボウの練習をして、エイムズさんやデバルトさんたちとロブスター号の点検修理作業をして、ジーナには少しずつだけど、この世界の文字を教えてもらうことになった。
文字の大切さは痛感させられた。町に出ても、看板も張り紙もなんにも読めないのはストレスがたまりまくる。自分からなにかを勉強しようと思ったのは初めてかもしれない。
そんなある日、シルビア船長が乗組員を招集した。
「次の航海が決まった。中部国家連合のジェリンへ向かう。ジェリンの第三王子がマルダールへ留学することになり、ディメルがその送迎を頼まれたそうだ。ほかならぬディメルの頼みを断ることはできない。出航は三日後だ。各自、準備を頼む」
中部国家連合といえば、ネフィゼズ帝国と戦っている国家連合だ。
そんなところへ行くのか。
僕は、戦争の影が徐々に近づいているのを感じていた。
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