第三章 自由貿易都市マルダール

3-1

 ロブスター号は速度を落としながら、マルダールの港を正面に見て進んでいく。


 最初に現れるのは、港を左右から囲むように大きく突き出した二つの岬だ。両方の岬の突端に、石造りの高い灯台が建っている。二つの灯台はまったく同じ形をしていて、外海から見える壁面には、白と緑の二色の地にグリフォンの紋章が入った大きな旗が飾られていた。

 灯台には石の防壁が連結されていて、それぞれ左右へと長く伸びている。さながら、港と町を守る門柱と城壁のようだ。


 二つの灯台の間は三百メートルほどだと思う。そこを通って、ほぼ円形の湾の内側に入ると、波が一気におだやかになった。


 近づくにつれて、港の巨大さがわかってきた。

 数えきれないほどの、大小さまざま船が停泊している。湾内のほぼ中央を進んでいるのだけど、端のほうまでは見通せないほどに広い。これから外海へ出ようとする船の船長らしき男性が、すれ違いざまに僕たちの船に向かって敬礼した。シルビア船長が敬礼を返す。ロブスター号って、けっこう有名なのかもしれない。

 後方から飛んできたカモメが一羽、ロブスター号の舳先へさきをかすめるようにして、斜めに横切っていった。


 船は陸地へと近づいていく。

 海上からだと、マルダールが巨大都市だということがよくわかる。ずっと内陸のほうの丘の上まで、延々と建物が連なっているのだ。


 停泊している船を見ていて気づいたけど、ロブスター号よりも大型の船が大半だ。この船は、あまり大きいほうじゃないらしい。


 ひしめきあうように船が並ぶなか、一角いっかくだけ空いている桟橋さんばしがあった。素人の僕には、とても泊めやすそうな場所に見えるのに、なぜか空いている。

 ギャゼックさんはさも当然のように、そこにロブスター号を停泊させた。ジグソーパズルのピースをはめ込むように、空きスペースに船がぴったりと収まる。

 この船のために空けてあったのだ。




 一週間お世話になった医務室を片付けていると、エインさんが入ってきた。


「ユート、一緒に来てください。君に会ってほしい人物がいます。船長は一足先にその人物のところへ向かいましたから」


 なんだろう。

 僕はエインさんについて、船を降りた。




 ファンタジーの世界は中世ヨーロッパ風というのが定番だけど、マルダールは少し違う。中東っぽい、といえばいいのかな。昔話のアラビアンナイトに出てくるみたいな、そんな雰囲気だ。

 肌の色も服装もさまざまな人々が、通りを歩いている。人々と言ったけど、人間だけじゃない。狼の頭をしたワーウルフ、ギリシア神話に登場する半人半馬のケンタウロス、人間の子供くらいの身長のホビット、種族もいろいろだ。


 ロブスター号の停泊場所のほぼ正面に大通りが伸びていて、ヤシの木が街路樹として並んでいる。エインさんはその一角に建っている、石造りの大きな建物へと僕を連れてきた。


 ロビーを抜けて二階へ上がり、エインさんは奥のほうの一室をノックした。


「どうぞ」


 男性の声で返事がある。僕たちは部屋へと入った。


 部屋の中央に応接セットがあり、シルビア船長と中年の男性が向かい合ってソファに座っていた。男性が立ち上がる。

 口髭を生やし、日焼けした、精悍せいかんな顔つきだ。ターバンを巻き、ゆったりした白い服と、金糸銀糸で刺しゅうの施された、赤い前開きのベストを着ている。黒い両の瞳が、心の中まで見抜くように僕を見た。


「彼が落ちたる者、ユート・シオジマだ」


 シルビア船長が、僕を紹介する。


「ようこそ。ラフラート商会のディメル・ラフラートだ。シルビアから、おおよその話は聞いたよ。さあ座って。エインも」


 僕たちが座るのを見はからっていたような絶妙のタイミングで、冷たい飲み物が運ばれてくる。


「落ちたる者ユート。私とシルビア、エインベリウス、ここにいる三人は、単なる友人やビジネスパートナーではない。それを越えた、なんというかな、戦友、あるいは盟友、そういった間柄だ。語るべきことは多いんだが、なにから話そうか」


「ディメル。私から話そう。まずは世界情勢から」


 シルビア船長は僕のほうに向きなおる。


「ディメルの言葉は事実だ。全面的に信頼してよい人物だ」


 テーブルに地図が広げられた。


「食堂の地図は見たか?」

「あ、はい」

「そうか。世界を知るのは重要だ。あれはごく一般的な地形を描いたものだった。これは、そこに現在の世界情勢を色分けして描きこんだものだ」


 その地図には、大ざっぱに三つの色が塗られていた。ユニコーンの首の付け根から上が青色、ユニコーンの胸から背中の前のほう、青の地域を囲むように赤色、赤色に接して、ユニコーンの前脚が緑色に着色されている。

 青色の面積が最も広く、赤色部分は線で十数個に区切られている。


「人が集まれば争いが起き、国が増えればいくさが起きる。どんな世界でも同じだ。この世界も例外ではない」


 船長は青色の地域を指した。


「この青が、ネフィゼズ帝国。不死のダークエルフ皇帝が治める独裁国家で、最も強大な国だ。北方の強力なモンスターまで兵士として雇い、中央海地域の完全制服をもくろんでる。すでに中央海の北半分は帝国が制海権を持っていて、うかつに航行できない」


 次に、赤を指す。


「ネフィゼズに対抗しているのが、中部国家連合だ。単独では勝負にならない中小国家が連合して、帝国の侵略に対抗している」


 最後に、緑だ。


「ここは我々ロブスター号が所属する、自由貿易同盟だ。中央海の自由な航行と貿易を守るため、ユニコーンの前脚にある都市国家や自治都市が同盟を結んでいる。中央海を独占しようとするネフィゼズとは当然、あいいれない。中部国家連合と連携して敵対している。そしてその盟主が、このディメル・ラフラートだ」


 ディメルさんが、軽く頷いた。

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