物語の椅子

その国は物語でできていた。作家たちが円卓に座り、物語をつむぎ出す。豊かな物語は国中に広がって、花が咲き、水が湧き、人々には喜びがあふれ国は栄えた。


円卓には椅子が30あり、ひとつひとつに選ばれし作家が座った。作家たちは思い思いに物語を描き出す。それだけでよかった。それだけで国は成り立っていた。


ある日、ひとりの作家が死んだ。不老不死と思われていた作家の死は動揺を生んだ。人々は不安に襲われ、作家たちの物語にも影を落とした。国の力は弱まった。


30ある椅子のうち、ひとつが空席となった。有史以来、はじめて席が空いた。ぽっかり空いた椅子はかぎりなく澄んで、白色とも透明とも言える不思議な色だった。


だがまだ椅子は29ある。人々は思った。偉大な29の作家がいて、物語はいまも途切れることなくつむがれている。まだこの国は安泰だろうと。


しばらくして、またひとり作家が死んだ。今度は人々に同様はなかった。前の死を経験していたからだ。悲しみは当然のように受け止められ、人々の生活はつづいた。円卓の椅子は2つ空いて、作家は28人になった。


月日は流れていき、この国はほろびた。


 *


少年は生い茂る植物をはらい、長い蔓が足にからまないよう注意しながら歩いた。ビーコンが反応した地点はこの先だった。帰り道を失わないよう背後にも注意ながら、一歩、また一歩と分け入っていく。


生体反応は一瞬だけだったが、手に持つスマートビーコンはあのときたしかに鳴ったのだ。いまはもう沈黙しか返ってこないが、たしかに生命の存在をしめした。


丘だと思っていたものが植物に覆われた建物だった。洞窟だと思っていたのが入り口だった。少年は興奮した。かつてこの地に文明があったことは知っている。授業では軽く触れる程度だったが少年の心には残りつづけていた。


建物の中へ入り、外と見分けがつかないほどのジャングルを進んでいくと、最奥部があらわれた。そこは開けた場所だった。ここだけ植物はぷっつり途切れ、天井からはまぶしいほどの明かりが降りそそいでいる。四角く白い部屋だった。まるで時間が止まったかのようなその中央に、大きな円卓があった。まわりには椅子がならんでいて、数えてみると30あった。


椅子は少年にとって知らない色をしていた。白は知っている。しかし白ではない色だった。当然のように少年は座った。抵抗はなかった。1つの席が埋まった。


少年はぐるりと見まわした。29の席が空いていた。ここはいったいなにをする部屋だったのだろう。少年は思った。もしかしたら大勢がここに座り、懐かしい思い出を語りあったのかもしれない。それか、明日やりたいことや将来のこと、なにか未来について宣言する場所だったのかもしれない。


ビーコンがなった。帰りの招集だ。30分後に船が出る。少年はずいぶん遠くまで来てしまった。乗り遅れたらもどれない。そう思って席を立とうとしたが、ずっとここに座っていたかった。いつまでもこの場所で、あたたかい日差しを浴びて、なにかを考えていたい。


そうだ、昔ここに座っていた人もそう思っていたに違いない。だから思い出や未来のことを語りつくしたあと、もう話すことがなくなって、それでも席を立ちたくなくて、きっと空想の出来事を語りはじめたに違いない。そうやって円卓の29人に話を聞かせ、ひとりがしゃべり終えると次のひとりが語り出す。それがいつまでもいつまでもつづいて、途切れることなくきっとつづけられたのだ、たぶん永遠に。


だけどそのうち、1人が死んで席が空く。もしかしたらまた1人いなくなる。しだいしだいに空きが増え、いつしかだれも、いなくなってしまった。


少年は円卓を見まわした。だれもいない椅子が、じっと少年を見つめているようだった。少年の空想に耳を傾けているようだった。


少年はふふっと笑った。自分の空想が面白かった。いま自分は、ありもしないことを思いついた。不思議だった。そんなことがどうして面白いんだろう。少年がいる世界には「物語」という言葉はまだなかった。


ビーコンが鳴った。あと20分。走ってもどらないと間に合わない。少年は椅子から立ちあがった。驚くほどすんなりだった。さっきまでの惜しい気持ちはなんだったのだろう。見まわすと、円卓に椅子が30。ひとつひとつが輝いている。つかの間、自分もここに座り、その一員であったことが誇らしくなった。楽しい時間だった。ビーコンが鳴った。さあ行こう! そう思って少年は走り出した。


 *


まただれもいなくなった。だけどいつか、この椅子にだれか座るだろう。そうしてまた物語が生まれる。またいつか。

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