【25】魔王様、再び騎士と対峙する。





「また会ったね、お嬢さん」


 言って、青髪の騎士が余に薄く微笑む。

 対して余の足元には今し方気絶させた男二人が転がっておる。


 さて……どうしたものかのぅ、これは。


「こんにちは……おじさん、ご縁がありますね」


 非常に迷惑な縁がな……。

 しかし、いくらなんでも出来過ぎたタイミングじゃ。

 もしや偶然ではないのか?


「つい先程、通報を受けた。とある奴隷商の家の使用人からね。

 突然賊が押し入り、訳も分からぬまま謎の法術を受け、屋敷の主人と

 彼の手飼の一人が殺害され、数人が重体となったらしい。

 そしてその上で、屋敷にいた奴隷全員が姿を消したとのことだ」


 淡々と、騎士団長殿は説明する。

 余は心の中で舌打ちをした。


 あの畜生の館におった中で、数名ダメージの浅い者がおった。

 そやつらが余の去った後で連絡を入れたのじゃろうな……はぁ。

 また余の隙じゃ。誰か余の頬を思いっきり張ってくれんか。


「賊はなんと、子供だと言う。ちょうど君のそれのようなローブを羽織り

 目深にフードを被って顔はよく見えなかったが、少女のようだったと。

 使用人はまず商会に報告をし、商会から我らに通報があった。

 近くにいた私と部下が応対する事になり、まずボルドー邸に立ち寄ったのち

 部下を現場に残し、私は会長殿と話をしにきたというわけさ」


 くそ……流れはともかく、居合わせたタイミングは完全に不運か。

 なんにせよ、余の招きだが。


「さて、私の事情はこの通りだが、お嬢さんのはなんだろうか?」


 騎士……リネイとやらはすでに微笑んでいない。

 真剣な顔で、余を問い詰める。


「君の意図は想像が付く。その行動の根にあるのは、義憤だろう」


 リネイは一歩進み出て言った。


「しかし残念だが我々はその行いを見過ごす事は出来ん。

 ここは中央の認可局に正式に奴隷取引の許可を与えられた正規の商館。

 虐待や過度な労役、人道にもとる奴隷の扱いは禁止され元より処罰の対象だ。

 故に現に我々も月に数件、奴隷保護法に反したものを厳しく取り立てている」


「寝言をほざくでない。貴様騎士などと冠しておるようだが、笑止じゃ。

 弱者が地獄の沙汰に喘ぐ声など、まるで聞こえておらんのじゃろう?」


 怒りに思わず地が出てしもうたが、リネイは眉一つ動かさぬ。


「正規の何じゃと? 保護? 処罰? まるで話しにならんわ。

 月に数件しょっ引いているから何なのじゃ、今この瞬間にだって……

 ほんの少し地下に潜るだけで、苦悶も絶望も響いておるのだ、この街には。

 貴様らが動いているつもりのそれらは、何も足りておらぬ」


「正鵠だな、お嬢さん。そう確かに、痛ましい事件が起こるのも事実。

 我々の目が及ばぬ事も多くある。それは確かに問題で無視できぬ事柄だ。

 しかしそれでも対応するのは我々の役目。民の私刑には目を瞑れないんだ」


「貴様の立場やしがらみなぞ知らぬ。ここの者達はみな、我が連れ出す」


「……それを、私がもし止めようとしたなら?」


 手を剣の柄に添え、リネイは余を見据える。


「変わらぬ。捻じ伏せゆくのみじゃ。

 これだけ告げておいてやろう、貴様では余の相手は務まらん。退け」


 余の冷えた声に、しかし男は薄く微笑む。


「……仮にであったとして、覚醒前……さて、如何ほどか」


 リネイがぼそりと何か呟いたようだが、小さすぎて聞き取れぬ。

 一歩、また一歩と実に悠然と余に歩み寄る。


 やれやれじゃ、やる気のようじゃの。


「お嬢さん、君の則る志はきっと尊いものだ。しかし、君が相対しているのは

 人の世の頑なな闇だ。長き時代の上で何者も、これを払う事は出来なかった。

 例え、


「忠告、痛み入るのぅ。じゃが、己の浅い義なぞ百にも承知じゃ」


 半減した魔力、それを漏らさず隠匿した上で……十全なスラル以上の相手か。

 まぁ、だからなんだと言えばそれまでの事じゃが。


 今や、騎士は剣士の間合いまであと二歩と言ったところ。


「……今度は、振り抜くやもしれん。ゆくぞ、クルクマ殿」


 誰じゃそれ……あぁ、なんか余が名乗ったんじゃっけ?

 一瞬思考が横に逸れたその間隙に、リネイの白刃がはしった。


 掬い上げる軌道、およそ凡人の目には映りもせんであろう速度。

 その閃きを鼻先で躱す。

 次いでの打ち下ろしは、なお速い。

 僅か横に傾けた頭、その耳のを撫でる風切り音。

 刀身は流れず腰の辺りで止まり、平地けんのはらが上を向いた。

 腹めがけて、横に薙ぐか。


(美しい剣筋じゃ。しかし大分加減しておるな)


 横薙ぎが走る瞬きの前に、余はあえて身を男に寄せる。

 そのままかるーく掌底を鳩尾に叩き込んだ。

 リネイの躰が後方へ軽々とふっ飛ぶ。

 やるのぅ、少しでも踏ん張っていたら少し内臓なかみがいかれておったぞ。

 上手く流しよった。


 飛んだ先でそのまま地面を擦りながらも両の足で踏みとどまる。

 すかさず剣を正眼に構える。

 余は別段、構えなど取らぬ。

 首を傾げてやり、続けるか?と無言で問うてやる。


 数秒そのままあり、やがてリネイは剣を鞘に納めた。


 余は背にした扉を首だけ差し向けて見やり、リネイに問う。


「この扉の奥で、貴様の言うところの人道に悖る所業が行われておると聞いた。

 貴様はそれを知っていたか?」


「……そちらは、奴隷の披露や品評がなされる場所と確認済だが」


「扉を開けた、その真正面の突き当りじゃ。そこに隠し戸がある。

 その先のことは?」


「……知らないな。君は何かを私に教えているのかな?」


「知らぬのなら良い。既知であったら、ここで貴様が終わっていただけじゃ。

 ところで貴様、治癒の法術なんぞは扱えるかの」


「心得ている。それなりの腕と自負はあるが」


「よかろうリネイ。ここは貴様に任せよう。急ぎ奥へ進み、中の者達を

 保護するのじゃ。情報に寄れば、数名は一刻を争う容態やも知れぬ。

 ほれ、さっさとゆけ」


 余が行き魔族領に保護しても、今回はベルがおる。

 ……ミミの時のようにはならぬはずだが、この場をこの男に預けた。


 余はまだ、あの時の無力感を払えんでいるのじゃろうか……


「分かった。突き当りを調べよう」


 リネイは余の横を通り過ぎ、扉に手を掛けて開く。

 そして振り返らぬまま、余に言った。


「その先にあるものの如何によっては、この商館は傾ぐだけでは済まないだろう。

 その沙汰や保護した者の顛末が気になるのであれば、私の邸に赴いてくれ、

 クルクマ殿。カルミヌス邸だ」


「……気が向いたらの。いいから急ぐのじゃ」


 余は出口に向かい歩いていく。

 背に、扉の締まる音が届いた。


 ちょうど商会を出る辺りで、ホールの方で誰かが声を上げるのが聞こえた。

 カッコ付けてゆっくり歩いとる場合ではなかった、余はちょっと焦って

 そそくさと其処を後にする。




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