第19話 オオカミのクランはどうなった?

 獣耳族の姉妹が複数のゴブリンに襲われている。何が目当てだろうか。


「金品を置いていけ、さもなくば死んでもらう。俺たち、気が短い」


 獣耳族の姉が短剣を構えた。鋭い刃が光を放つ。ゴブリンの一人が言った。


「一戦を交える気か、良いだろう……」


 にやにやとゴブリン達は笑う。正直気持ちの悪い、下賤の者の笑みだ。


「ていっ!」獣耳族の姉が刃を振るう。


 しかし抵抗空しく刃は折られてしまった。ゴブリン達はにやにや笑いで獣耳族の妹に飛びかかる。


「だ、だめ!」姉が叫ぶ。


 助けて――――!


 目の前が真っ暗になる。なぶられて死んで終わったんだ。もうこの世界にはほんとうの救いはない……と獣耳族の姉は思った。


 ふたたび光が彼女の目に映った。ゴブリン達は消えていた。光は、青い海を映した鞠のような物体だった。


「危ないところだったね」

「あなた、何者なの?」

「俺は何だろうね。ここで名乗るのは適切なようでいて、そうではないし。ハドリアヌスとだけ伝えておくよ」

「わかった。ハドリアヌスって呼ぶけど、私たちをどうやって助けたの?」

「たぶん分からないだろう、知性化階梯で、ゴブリン達を同士討ちさせたんだ」

?」

「そう、いわゆるゲーム上の万能パスだよ。君もなんらかのクランの一員ならそれを知っているはずだけど……」

「知らないわ」

「君は何のクランか聞いてもいい?」

「それを明かすことがどうゆう意味を持つかは知ってるでしょ?」

「分かる、じゃあ俺のクランを教えるよ。イカのクランだ」

 獣耳族の姉はさっと目を瞬かせた。

「あなた、一人じゃない?」

「そうだ、俺は一人きりのクランだ」

「そんなこと明かしたらあなたはゲームでは終わりでしょう」

「知ってる、でも君たちを助けるために体が動いた」

 何を言っているんだ、こいつは……と獣耳族の姉は思った。鼻がひくひくする。この匂いは何?

「というか、あなた、いま何を食べているの? このいい匂い、何なの?」

「匂いも向こうに届くのか……」

「これ、燻製ね。しかも、とびきりいいもの」


 涎がだらだら出てくる。くそっ、止められない。肉の香りもしてくる。ハァ、ハァ。


「転送しようか?」


 そんなこと、できるの? 獣耳族の姉は誘惑に抗えそうにない。くっ……。


 青い鞠から白い腕がびよーんと伸びて、チーズの燻製が出てきた。


「食べていいの?」

「だめって言ったら?」

「食べさせて、お願い!」


 尻尾をふりふりさせる、獣耳族の姉である。獣耳族の妹が目を覚ました。


「お姉ちゃん、何してるの?」

「こ、これははんでもはいなんでもない……」

「お姉ちゃんだけ、ずるい、ずるい!」


 ポコポコと姉の背中を叩く妹だった。獣耳族の姉は状況を妹に説明した。


「ということは姉がお世話になっているという理解でいい?」

「どうしてそうなるの」

「だってお姉ちゃんが涎を垂らしてハドリアヌスさんにおねだりしてたってことでしょう?」

「ご、誤解を招く言い方を止めなさい……!」

「完璧に合ってると思うけれど?」


 むーっとなっている獣耳族の姉だった。


「私からもお礼を言います。ハドリアヌス様、ありがとう」

「良いって」


 獣耳族の妹はこれからの旅路を語り出した。


「実は私たち姉妹は北の城壁都市ユーガニックに、ある書状を届ける役目を担っています」

「内容は聞いてもいいのかな?」

「はい。あなたは姉から聞いたところ、たったひとりのクランの生き残りですからね。たいして政治的に利用されることはないでしょう。私たちがあなたをゲームから除外するようなことはありません。命の恩人だから」

 獣耳族の妹は続けた。

「この書状は南北の都市間での和平交渉のためのものです」

「ほう……」

「この書状が届けば南北の都市でこれ以上の戦争が起こることはありません」

「どのクランかわからないが、少なくともふたつのクランは戦争を望んでいないんだな」

「はい、私たちのクランをハドリアヌス様に明かすことはできません。しかし、私のクランとユーガニックに本拠地を置くクランは共に和平を望んでいるのです」


「でもモンスターのいる旅路を君たち二人では心許ないだろう?」

「分かっています。けれど私たちにだって弱くとも、プライドがあります。なんとしてでもやってやると思っているのです」


 獣耳族の姉は言った。


「でも今回のことで悔しいけれど、私たちにその力がないことが分かってしまった。どうしたらいいんだろう? 本当に……」


 獣耳族の姉の言葉に言いようのない思いが溢れる。ハドリアヌスは答えた。


「ヨシ! いいだろう。俺が君たちの見守り役をしてやるよ」

「え……?」

「だから用心棒を買って出ると言ってるんだ」


 二人は目を丸くした。姉妹の尻尾が微かに揺れる。


「そんな、私たちだって……」

「力はいるだろう」

「その、知性化階梯ですか?」

「ああ、それだけじゃない」


 獣耳族の姉のステータスが光った。


「何をしたの?」

「装備スロットを追加しておいた」


 装備スロットを確認すると、三つの伝説級武器が入っていた。


「こんな装備、見たことない!」

「朽ちぬ英雄の剣、防御結界ヘキサゴン、迷わぬ意志を称える指輪」


 ハドリアヌスは笑って言った。


「武器は揃った。あとは作戦を練ろう」


 そうして三人は動きを磨いていった。モンスターをも打ち倒せる力が揃った頃、三人は北のユーガニックへ向かった。ユーガニックへは平野をひと月、山間部をふた月、歩いた先にある。

 獣耳族の妹が言った。


「ハドリアヌス様には仲間はいないのですか?」

「いないかな。むかし、いたよ。でもクランの戦いが明らかになったところでギクシャクしてさ……」

「ゲームクリアの条件ですね」

「あれからどれくらいの時間が経ったか正直わからない。このゲームが続いているということは、クランはまだいくつか残っていて、あの糞ゲームマスターも健在だということだよな」


 前を歩く獣耳族の姉が振り向いた。


「ええ、クランはまだ生き残りをかけた戦いをしている。ドゥドゥゲラの塔へゲーム攻略に向かった勢力はほとんどいなくなったと聞いている。私たちは微妙なクラン間の緊張のうえでゲームをしている」

「ハドリアヌス様、あなたはどうやってその万能パスを手に入れたのですか?」

 

 ハドリアヌスは少し黙ってから言った。


「別になにかズルしたとかではないよ、俺は高次のゲームプレイヤーになることが出来たんだ」

「高次のプレイヤー?」

「そう、ログアウトしたんだ」


 獣耳族の姉が割って入る。


「ログアウトって何! 私たちを閉じ込めている世界からあなただけ出られたってこと?」

「そうだ。俺は単なるゲームレビュワーなんだ。だからこのゲームの外にはいくつかのゲームが存在してる」


 息を飲む音がする。


「この外にはアップリフト・オンラインのほかにギャラクシアっていう艦隊ゲームも存在してる」

「知らないわ、艦隊ゲームってなに?」

「宇宙を帆船で駆けるゲームって言えばいいかな」


 獣耳族の姉はこくりと頷いた。ハドリアヌスは静かに告げた。


「クランリーダーは基本的に複数のゲームを同時にプレイしてるらしい。オオカミのクランのリーダー、BLTを討ち取ったのは俺だ」

「え……?」


 獣耳族の姉は絶句した。


「BLTは仲間だった、でもあいつは……」


 ハドリアヌスは苦しげだ。ユーガニックへの道のりはまだ遠い。

 獣耳族の姉は握った拳を震わせていた。妹はそれに気がつかないわけがなかった。

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