第11話 第一層は挫折の連続

 イカたちは息を切らしながら走っている。暗闇に灯る明かりを頼りにしながら、全速力で逃げている。

 イカの前にはたけさん。イカの後ろに続くのはBLTとタラバガニ。アルウェンが続く。

 

 うしろにはモンスターの群れ。凶暴な牙が光っている。


 どうしてこうなった。イカは思う。アルウェンの声が耳に入ってくる。


「まったく、あなた達のせいでこんな目に……!」


 そうなのか、こんなことになっているのはイカたちのせいなのか。わからない。けれど何かが、きっと何かがはまらなくて、ダンジョンから逃亡という状態になっているのだから仕方ない。


 イカは思い出している――。


 広場のまえでイカはBLTに宣言した。


「俺、パラディンになりたい」


 BLTは静かに頷いて、イカに言った。


「悪くない夢だ。応援する」

「でも、何から始めればいいか、わからない!」

「ドゥドゥゲラの塔をクリアするのがいちばん手っ取り早い方法だ。地上60層を制覇すること」

「難しいか?」

「そうかもしれない、けれどドゥドゥゲラの塔を制覇したものはいる」

「だったら、やってみたい!」


 イカの目は輝いている。BLTはそんなイカに言った。


「仲間を集めよう、まずはそれからだよ」


 イカとBLTはギルドに向かった。

 ギルドには冒険の準備のために多くの冒険者がいた。イカたちはパーティーメンバーの募集の貼り紙をした。

 

 冒険者とはなんだろうか。


 荒くれ者の集まり?

 夢追い人?

 酒場で盛り上がるための友人?

 実力者?


 どれも当てはまる。イカたちは集まった冒険者たちと話をした。自分の夢に賛同してくれそうな新たな友人を探すために。


「来ないね……」

「そうだな」


 雲行きが怪しくなってきた。人が集まらない。募集で来た人数はふたりだけだった。いったん募集を取り下げてBLTとイカは街へ出た。


 仲間になってくれそうなひと=ゼロ人。

 世界は狭いのだろうか。

 イカたちはティッシュ配りをしているたけさんに出会った。


「たけさん、久しぶりですね」

「BLT、元気だったか」

「はい!」

「イカは?」

「元気いっぱいです」


 たけさんの仕事を手伝いながら、ふたりは事情を話した。


「パーティーメンバーかぁ。ずいぶん懐かしい響きだ」

「イカはパーティーを揃えて、ドゥドゥゲラの塔を攻略したいんです」


 たけさんは一息吸って、話し出した。


「いいか? ドゥドゥゲラの塔の攻略は最難関クエストだ。初心者が攻略できるのはせいぜい第5層までだよ。俺たちみたいな三流冒険者でどうにかできるもんじゃない」


 厳しい意見だ。イカはたけさんをじっと見て言った。


「俺はパラディンになりたいです。パラディンになって、ゲーム・システムをひとつ変える。その夢さえ叶えばどうなったっていい」


 たけさんは大きく笑った。


「パラディンか! 面白い! いまどき子どもだってパラディンになりたいなんて言わないぜ。でも、いい夢だな。乗った。俺をその新しいパーティーメンバーに加えてくれ」


「ありがとう」


 イカたちは喜んだ。


 いつの間にかBLTの後ろにアルウェンが立っていた。


「待って。その話、私にも聞かせてちょうだい」


 アルウェンはずっとこの話を聴いていたらしい。なんという聴力なのか。


「ドゥドゥゲラの塔を攻略したいなら、腕のいい魔導士がいるでしょ?」


 この女、微妙にアピールしてきている。イカたちはアルウェンを仲間にした。


 イカはこそっと「なんだ、この女……」と言った。BLTがひそひそと話してくれた。


「アルウェンはたけさんに惚れてるんだ」

「なるほど」


 4人はパーティーメンバーになりそうな冒険者を探した。街の外れでタラバガニを見た。


「おーい、タラバガニ」とイカ。


 彼は精悍な顔つきの青年になっていた。


「イカさん!」


 タラバガニに事情を話してみる。


「なるほど、僕で良ければメンバーに入りましょうか」

「いいの?」とイカ。


 アルウェンが口を挟んだ。


「タラバガニって闘技場の狂戦士でしょ?」

「そうだけど……」


 そう言ってイカは口ごもる。


「ほんとうに信じられるの? こいつの評判を知ってるわ。悪逆非道あくぎゃくひどうの狂戦士」

「いまは違います!」


 とタラバガニは言った。


「これ見てください。竜骨です」


 たしかにドラゴンの骨だ。


「これはさっき僕が狩りをしてきたときのものです。狂戦士の力は借りない。自分の力で手に入れたものです」

「なるほど? 実力があるというわけ」

「僕を仲間に入れても損はさせない! それだけの力がいまの僕には備わっているから」

「たいした自信だこと」

「なら、第1層で僕を試してください」


 ドゥドゥゲラの塔の前に5人は立つ。第1層の入口を恐る恐る入っていく。

 イカたちは己の未熟さに気づくことになった。

 低級モンスターの群れから逃げながら5人は走る。光が見えて出口に着く。

 ――ゼェ、ゼェ、ゼェ。


 アルウェンがタラバガニをののしった。


「試すって、何も試せてないじゃない!」

「すみません……」

「まぁ、あれは仕方ないだろう」


 とたけさんが言った。


「なにがいけなかったんだ?」


 とBLT。

 イカはダンジョンでの戦いを思い出す。一斉にタラバガニとイカが飛び出した。あれがいけなかった。


「前衛と後衛の連携が取れてない、失敗は俺の作戦ミスでした」

「わかったなら、簡単に動きを確認させて! あと、これを換金しに行く」

「これって?」

「ダンジョンに落ちてた宝飾品よ」


 酒場ポルックスで5人はテーブルに座りつつ、議論を交わした。簡単な連携さえ取れないパーティーが連携という概念に気づくまで何度もトライアンドエラーを繰り返した。個々のプレイヤーのレベルが高くても集団での戦いに必要な技術は別のはなしだ。

 たがいの信頼感、呼吸の合わせ方、攻撃へ転じるタイミング。

 そうした応用の術をかれらは着実に磨いていった。


 たけさんは壁役として、タラバガニは攻撃の要として、アルウェンは回復役や補助魔法、BLTは相手の隙をつく。イカは――。


「あなたってつくづく無能よね……」

「すみません」


 イカはアルウェンになにも言い返せない。


「どうやら、俺とパーティーを組んでもなんのメリットもないらしい」


 イカは泣く。BLTが慰めた。


「そんなことはない、そんなことは」

「イカさんの長所を探しましょう」


 とタラバガニが目を輝かせながら提案した。BLTが言った。


「イカは装備スロットの数だよ」

「へぇ、そうなんですね」


 アルウェンが言った。


「いい? 装備スロットの数が活かせるのは、こんな序盤の場面じゃない。もっと武器の揃う中盤から、うしろ」

「たしかにいい武器が揃うのはこんな序盤ではありえないな」


 とたけさん。アルウェンがたけさんから視線を外す。


「だったら、俺は、なにを、なにをすればいいんですか?」


 アルウェンが言い放った。


「応援でもしてくれれば……」

「お……」


 パーティーにも、いらないのか。俺。


 何度目かはわからない第1層への挑戦だった。

 イカはパーティーが活躍する、はるか後方で戦況を見守っていた。それは美しい連携だった。

 正直、なにもできない自分がくやしい。

 低級モンスターの群れを倒していく仲間たちに生まれていくキラキラしたもの。青春か。もうとっくに忘れていたっていうのに。イカは戦況を眺める。そのうちに、頭のなかにいい連携のアイデアがぽつぽつと湧いてきた。ほとんど戦闘に参加しないイカは、高い視点に立って戦況を見ることができた。


 そして、気づく。


「アルウェン、前に出て!」

「えっ? 何?」

「いいから」

「私は後衛なんだから、意味ないわ!」

「相手は魔法特性が低い。逆に物理特性が高いモンスターだ。タラバガニやBLTの攻撃は通りにくい!」

「……わかった」


 アルウェンが呪文を唱えると魔弾が飛ぶ。モンスターがつぎつぎと倒された。

 

「おもしろい、おもしろい!」

 

 とアルウェンが笑う。

 こうして第1層をイカたちはクリアした。

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