第179話 ドワーフ地下帝国の崩壊
カザン王国の地下にある謎の地下帝国ガドラル=ドゥム。
二百年前、カザン王国がルートゥリア連邦に加盟することに反対したドワーフたちが地下に潜って築き上げた地下都市でした。
ドワーフたちは、そこからカザン王国西数十キロまでトンネルを掘り上げると、そこを地上への主街道とし、他の入り口はほとんど閉じてしまいました。
それから長き時が過ぎ、やがてカザン王国において地下帝国の存在を知るものは、かつてドワーフたちが作った巨大な貯水層の最奥に住む、一部の亜人種だけとなっていたのです。
ドワーフたちの地下帝国はトンネルを通り、ドラン公国との交易によって大いに栄えていました。
最初は、馬車一台が通れるほどの大きさしかなかったトンネルは、年を経るに従って整備され、ついにはドラゴンでも歩いて通ることができると言われるほどの大きさにまで拡大されます。
地下帝国に大きな富をもたらすこのトンネルを、いつの頃からかドワーフたちは大回廊ランドリアと呼ぶようになりました。
そして地下帝国に崩壊をもたらした妖異を運んできたのも、この大回廊だったのです。
セイジュー神聖帝国軍と人類同盟軍の間で行われたドラン会戦。
ドワーフたちの皇帝オーダインは、ドラン公国軍と共に神聖帝国軍と激しい戦いを繰り広げていました。
オーダイン率いるドワーフ軍の戦士たちは、勇敢に戦って魔族兵たちを次々と討ちとっていきましたが、その勢いは神聖帝国の妖異軍の投入によって完全に逆転されてしまいます。
セイジュウ神聖帝国東方攻略軍を率いるイゴーロナックル将軍が、ドワーフたちを退けるために投入したのは「深淵の黒い腕」と呼ばれている、神話級の妖異でした。
古い神話で「地獄腕虫」とも呼ばれているこの怪物は、人の前腕が巨大化したような姿の怪物で、頭部にある人間の手のような器官で得物を捕食します。
怪物はその巨体に似合わぬ素早い動きで、走っている馬車に追いついてこれを叩き潰します。その頭部の手のひらの中にあるギザギザの牙で馬を食い散らかすのを見てたドワーフたちは完全に戦意を喪失し、我先に逃亡しました。
ドワーフ皇帝オーダインは、ドワーフたちを大回廊に逃がした後、回廊の入り口を封鎖しまし、そこで深淵の黒い腕を迎え撃つことにしました。
その後、ドワーフ軍の決死の奮闘により辛くも深淵の黒い腕を討ち取りはしてものの、戦いのなかで皇帝は命を落とし、精鋭の近衛軍は壊滅してしまいます。
神聖帝国のイゴーロナックル将軍は、ドワーフ軍を蹂躙すべく大回廊の封鎖を破り、そのなかに巨大な蛇の魔物ウドホロスを送り込みました。
全長50メートルはあろうかという巨大な蛇が大回廊を這い進むなか、ドワーフたちは戦士だけでなく老人や女子供までもが武器を手に、これを迎え撃ちました。
魔物は地下帝国ガドラル=ドゥムに到達してしまったものの、全てのドワーフが力を合わせて戦った結果、なんとかこれを討ち取ることができました。
その後、皇帝セイジューの突然の敗走により、神聖帝国軍も潮が引くように去っていきました。
そのときには、ドワーフ帝国の全住民の半数が命を失なっていたのでした。
生き残ったドワーフたちは、互いの生存を喜び合いました。愛するものたちを失った悲しみに打ちのめされつつも、これからのドワーフ帝国の再建に生きる希望を見出そうとしていました。
しかし本当の悪夢が始まるのは、これからだったのです。
巨大な蛇の腹の中に巨大な妖異が潜んでいたことに気づかなかったのは、戦いによる高揚のためか、あるいは蛇の身体がその瘴気を包み込んでいたためか。
ドド=スライムが蛇の身体から音もなく這い出て蛇の身体を捕食し、疲労困憊して眠っているドワーフたちを何十人も捕食しても、誰もその存在に気づくことはありませんでした。
さらにイゴーロナックル将軍が去り際に残して行った、大量の黒スライムたちが、深夜の内に回廊を這い、ドド=スライムの下へと集っていたことにもドワーフたちは気づかなかったのです。
その後、皇帝オーダインの後をついだ息子のドゥダインが、ドド=スライムの存在に気がついて迎撃態勢を整えたときには、ドワーフ帝国の住民は残るところ四百人となっていました。
さらに悪いことに、大回廊とその他すべての地上への出入り口が、黒スライムによって埋め尽くされていたのでした。
黒スライムが火に弱いことを知ったドワーフたちは、溶鉱炉の火を用いてこれを退けようとしたものの、戦況を覆すまでには至りませんでした。
ついにドゥダインは残った三百人のドワーフと共に、皇城に閉じこもります。
どういう理由か、ドド=スライムは城の中までは入ってくることはありませんでした。しかしドワーフたちの命運は、城に備蓄されていた食糧と水の尽きるまでに、追い詰められていたのです。
そしてドゥダインは、ドワーフ帝国最後の皇帝として大きな決断を下すのでした。
「我らドワーフの勇猛さを、ガドラル=ドゥムの矜持を持って祖先の下へ行こう」
皇帝の言葉に、覚悟を決めた三百人のドワーフたちは静かに頷くのでした。
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