第14話 狂乱のエルフ……怖ぇえぇでござるよ!

 賢者モードで女性に対する執着もなく、引きどころを知らないキモヲタは、ここぞとばかりにザマァ空間を展開しはじめました。


「ふんっ! 別に失礼もなにもござらんよ! エルフにとってはオークも人間も対して違わぬ劣等種族くらいにしか思っておらんのでごろう。それなら貴殿の行動は当然のものでござるし、我輩も何とも思わんでござる。貴殿を襲ったオークを、たまたま通りかかったオークと変わらぬ人間が倒して、たまたま貴殿は助かった。それだけのことでござろうが。デュフコポー」


 急に早口で怒り出し、息切れしているキモヲタに驚いて、エルミアナと冒険者たちがフリーズしてしまいました。


「しかし、その後のことはどうでござろう? 命を失いそうな負傷を受けていたところを治癒してもらったとなれば、エルフもオークも人間も、それどころか鳥や獣であったとしても感謝こそすれ、命を救ってくれた恩人に対して剣を向けて殺そうとするものでござろうか!? それともエルフだけは特別なのでござるか? 命の恩人を処するのがエルフ流なのでござるか?」


 身を小さくするエルミアナから、かたわらにいる冒険者たちに視線を走らせてキモヲタはさらにまくし立てます。


「オークに襲われているところを救い、死にかけの重傷を治癒した結果がこれでござるわ!」


 キモヲタは冒険者たちにお尻を向けると、囚人服のズボンを降ろして、お尻の傷を見せつけました。


 傷自体は既にキモヲタが自分自身に行った【足ツボ治癒】によって完全に消えていたのですが、尻に矢を放ったことを知っている冒険者たちには、キモヲタの怒りが十分伝わったのでした。


「ケツに矢ですわ! 命を救ったエルフの仲間からのお礼がケツに矢ですわ!」


 大声を上げながら、キモヲタはエルミアナたちに向ってお尻をフリ続けました。


 エルミアナと冒険者たちは、キモヲタの汚いお尻から目を逸らしながらも、


「「「す、すまない……」」」


 と、頭を下げるしかありませんでした。


「お、おい、キモヲタ。何があったか知らないが、その辺にしといた方が……」


 先ほどから様子を見ていた狼王ロボが、心配になってキモヲタに声をかけます。


「兄者がそう言うなら……」


 泣いて謝るエルミアナの頬にお尻を擦りつけてザマァコールしようと考えていたキモヲタでしたが、狼王ロボの言葉を聞いて、しぶしぶ出していたお尻を引っ込めました。


 もしここで狼王ロボの言葉をキモヲタが無視して突き進んでいた場合、屈辱のあまりエルミアナは憤死。復讐に立ち上がったエルフたちが、人間との間で大戦争を繰り広げるところだったのですが、ギリギリそれは回避されました。


 さて狼王ロボに諭されてしまうと、キモヲタはザマァ展開にもう興味がなくなってしまいました。シュンっとなっているエルミアナを見ても、特に何も感じるところはありません。


 普段のキモヲタなら、エルミアナがシュンっとなっているところを責め立てて、彼女の罪悪感を煽り、物凄んごいエロい要求をして屈辱にまみれるエルミアナの姿をしてハッスルしていたことでしょう。


 しかし、今のキモヲタにはエルミアナを夜のオカズにする気さえありませんでした。それほどまでに、賢者モードは彼の心を変えてしまっているのでした。


 誤解が解けたのならそれで十分。もうここで手打ちにして、お互いサヨナラで良いとキモヲタは考えていたのです。


 そうしたキモヲタの心の変化が伝わったのか、エルミアナや冒険者たちにも安堵の空気が流れはじめました。


 ところが僧侶リリアだけは、そんな空気を読むことができていなかったのでした。


「キモヲタさんは、エルミアナの治療を行ってくださったのですよね?」


「んっ? そうでござるが?」


「私、僧侶なので治癒を使うんですよ。それで興味があるんですが、キモヲタさんはどんな治癒をされたんですか? 私がキモヲタさんとエルミアナを見つけたとき……」


 空気を読まないこの僧侶、トンデモナイことをやらかすのでございます。


 両手を顔の横に上げて、その指先でVサインを作り、静かに息を吸い込んだ後……


「あへぇぇぇぇぇえ❤ グリグリらめぇぇぇえ❤ らめらめらめらめなのぉおおおおおおお❤」


 あられもない嬌声をあげたのでした。


「「「!?」」」


 舌を出し、白目を剥いて、ダブルピースを小刻みに震わせる僧侶に、その場にいる全員が絶対零度で凍りつきました。キモヲタでさえ、この僧侶の行動には驚愕してしまいました。


「……って、エルミアナが叫ぶ声を聞いたんですけど。あれはキモヲタさんの治療によるものですか?」


 アヘ顔をやめた僧侶リリアは一瞬で素の顔に戻り、落ち着いた声でキモヲタに問いかけます。


(サイコパスを気取っている我輩でさえ、ここまで一切合切他人に向けて気遣いのない空気スルーな行動はとれないでござる……この女、怖い!)


 僧侶のサイコパスぶりに完全にビビッてしまったキモヲタは、一言の説明も弁明もできないまま、ただガクガクと首を上下に振ることしかできませんでした。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 同時にエルミアナの背中から黒い炎が立ち上がるのを、キモヲタは見るハメになったのです。


 もし次の瞬間、狼王ロボが檻越しにキモヲタの首を掴んで引き寄せていなければ、キモヲタの全身はエルミアナに切り刻まれて殺されていたことでしょう。


「ストームピアシング!」


 風の精霊を纏ったレイピアの連撃に、キモヲタの檻がズタズタに破壊されました。


「ちょっと! エルミアナ! 止めなさい!」

「エルミアナ!」


 冒険者たちが再びエルミアナを羽交い絞めにして押さえつけました。


「殺す! この白豚を切り刻んでゴブリン共の撒き餌にしてくれる! 殺す! 絶対に殺す! 殺すぅぅぅ!」


 恐ろしく殺意の籠ったエルミアナの視線に、キモヲタは心底恐怖で震えあがってしまいました。


 冒険者パーティのメンバーである戦士のハルトが、レイピアを持つエルミアナの腕を掴みながら、レンジャーのミリアムに言いました。


「ミリアム! キモヲタさんを買い取って町で解放してやってくれ! キモヲタさん、すまない。必ずエルミアナを救ってくれたお礼はする。だが、とりあえず今は逃げてくれ」


 とにかく狂乱するエルフから離れられるのであれば何でも良いとばかりに、キモヲタはガクガクと頷きました。


 レンジャーのミリアムがキモヲタの腕を取って、キモヲタを檻から引き出しました。それを見た狼王ロボはキモヲタに向って、


「達者でなキモヲタ! お互いまた生きて会おう! もし俺の村に立ち寄るようなことがあったら、俺と妻と子供の名前を出すといい、必ず良くしてくれるはずだ。俺の妻の名はミーシャ、息子の名前はトリスだ!」


「兄者……」


 キモヲタは狼王ロボに深く頭を下げると、レンジャーのミリアムに引かれて、その場を去って行くのでした。

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