無職、作中の悪役にすり替わる。

鬼位様

無職、作中の悪役にすり替わる。

――それはとても寒い日の事だった。 まさか自分があんな事になるなんて……。


〈場所・???〉


……チュンチュン――チュチュチュ……。


【四季司郎】

「……んっ――ゔ……ゔぅうん――んぁ……?」


【四季司郎】

「あさ――ぁ? ふぅ……チッ――今日も寒い……」


俺は朝方に鳴く小鳥達の声に起こされ、暖かい布団の中から抜け出そうと、体を起こそうとする。


……ググッ――ギュっッ!!


そんな時だった。 


【四季司郎】

「え”っ――?! なになに?! ちょっ――??」


布団の中に“何かがいる”――確かに感じる右手を掴む何者かの気配……。


【四季司郎】

「なっ……ななっ――なんだよ?! 誰か居る……の――か?」


俺は一瞬で目を覚ました。 いつもの日常では起こり得ないなにか。


そんな事態に頭はすぐに回り始め、ここが自分の部屋で無い事も、何らかのアクシデントに見舞われている事を察する。


【四季司郎】

(クソ……体が恐怖で硬直して動かねぇ!! なんだってんだ……クソ寒い朝っぱらから!!)


――そのまま暫くの時間が経った。 時間にして数秒なのか、数十秒なのか、それとも数分なのか……。


実際には分からないが、かなり長い時間緊迫していた事は間違いない。


ここがどこで、自分の右手を掴むモノは一体何者なのか……。 そんな事をグルグルと延々と頭の中で考えて、寒い部屋の中なのに冷や汗をかいていた。


【四季司郎】

「……だ――大丈夫……だよね? はは……」


俺は一歩も起き上がる事が出来ないでいた。 いつまでも腕を掴まれては困るので、持て余している左手で恐る恐る震えながら布団を捲っていくと――。


……シュッ――サササ……ふわぁ……。


布団がゆっくりと捲れ上がり、少しずつその正体が露わになり……。


【???】

「――すぅ……すぅ……んン゙っ――んむぅ……ンッ――」


そこには……。


【四季司郎】

「……美――美少……女??」


自分の元に居る筈の無い、自分とはまるで無縁な美少女の姿があった。


【四季司郎】

「…………」


【四季司郎】

(一体、なにが起きてるんだ……? なんで俺が寝ているベッドの中に超可愛い美少女が?)


本当に意味が分からなかった。 確かに居るのだ、暖かい布団の中でスヤスヤ寝息をたてる、華奢で小柄なとても美しく可愛い褐色肌な謎の美少女が。


【四季司郎】

「……それにしても――ぅ゙ぅっ!! 寒いっッ!!」


そんな光景に呆然とする俺は、同時に朝の寒さに気づき、一瞬で震え出した。


……ぶるっ!! ぶるぶるっ!! ブルブルッ――。


【四季司郎】

「うぅ゙……肩がスースーする……ハァ……寒い」


目の前で起きている不可解な状況。 そんな状況をお構い無しに壊す寒さの数々――。


……ファサッ――バフッ……。


【四季司郎】

「だ……駄目だ――なんだが分からんが……とりあえず寝る……」


俺はヒッソリと布団をかけ直し、何事も無かったように目を瞑り、二度寝をする事にした。


【四季司郎】

(大丈夫……だよね? きっと危害は無いし、きっとコレは多分夢だしな?)


大体、こんなシチュエーションある訳が無い。 なんで無職のオッサンと美少女が一緒に寝ているのだと。


そう……ある筈が無いのだ。 ほぼ家から出ないし、そもそもこの子と接点が一欠片すらも無いのだから。


そんな事を思いつつ、妙に生々しい温もりを感じながら、俺はゆっくりと眠りについた。


――しかし、その夢はすぐに覚める。


……シュルシュルッ――モゾッ――モゾモゾッ――。


――ガバッっ……!! ギュッ――ギッ……ギッ――。


それは突然聴こえてきた。 布団が擦れる音に始まり、誰かに抱き着かれた様な衝撃、そしてベッドが軋む嫌な音。


そのまま――。


【???】

「……ふぅ〜〜」


耳に掛かるゾワゾワする吐息。


【???】

「――ねぇ……起きてるの? 燈馬(とうま)」


【四季司郎?】

「……ハイ??」


俺は謎の美少女に抱き着かれながら、耳許で自分以外の名前を呼ばれ、ただ固まっていた。


黒髪でとても長い髪が体を酷く擽る。 謎の美少女の柔らかな感触、そして甘い香り……。


夢だと思った自分に唐突に突きつけられる現実。

今まで感じた事の無いリアルな感覚に、俺の体は酷くゾワゾワしてしまう。


――例え、自分以外を想い、誰かと勘違いしているとしていても、体はとても素直だった。


【???】

「なに……燈馬、“寝惚けている”の?」


謎の美少女は固まり、動揺している俺に問い掛ける。 ガシッと顔を両手で掴み、ジッ……と俺の顔を上から覗きこむように。


朝の薄暗い蒼白い光が謎の美少女の顔を照らし、とても深く赤い綺麗な瞳が俺の目を捉え続ける。


少しでも動けば、謎の美少女と唇が重なってしまうかも知れない距離に俺は――。


そっと……顔を逸らし、謎の美少女の問い掛けに応じる。


【四季司郎?】

「ハハッ――そうかもな……“全く記憶が無い”や……」


気不味さと顔が近過ぎて恥ずかしさも感じ、力無く、少し震えながらそう答えた。


一体、どんな返答が好みなのかは分からない。 ただ……そう答える以外無いのだ。


【???】

「き……記憶――が……無い?」


ガッ――ガシャガシャッ!! ギッ――ギッ――!!


【四季司郎?】

「――おいおいっッ!? 揺らすな!! 揺らすなってっッ!! 寒い寒いっッ!! ひぃ〜〜!!」


謎の美少女は突然動揺し始め、俺の上に跨りながら俺の肩をガシャガシャと揺らし始める。


ベッドはギーギーと嫌な軋み音を鳴らし、布団は完全に吹っ飛び、そのお陰で全身に部屋の寒さを受け、超絶寒かった。


ピタッ――ギィ……。


【???】

「はぁ……それじゃあ――私と“たくさんシタ”事も……?」


カタッ――。


【四季司郎?】

「まて――俺にそんな“経験あるわけがない”……よ……ね?」


気が付くと俺は光の速さで答えていた。 確かにそんな貴重な経験をした事は無いし、それにこの謎の女の子が何歳なのか分からないが、ワンチャン幼かったらそれこそ、光の速さでお縄だ――。


そんな事、万一でも考えたくも無かった。


【???】

「どうして疑問形なのよ……」


謎の美少女は首をひねり、自らの額に細く小さな手を添え、何かを考える素振りを見せた。


そんな謎の美少女に。


【四季司郎?】

「……ふぅ〜〜」


俺は深くため息をつき――。


【四季司郎?】

「なぁ……“俺の名前”ってナニ?」


思いっ切り核心を突いた。


【???】

「嘘……“本当に記憶が無い”――の?」


どうやら謎の美少女は本当に驚いた様子で、大きな赤い瞳を大きく開き、本気で動揺しているみたいだった。


口をパクパクして、自分の体を抱き締める様な素振りも見せ、ワナワナと震えている。


きっと――部屋の寒さではなく、記憶が無いことに酷く動揺を隠せないのだろう。


【四季司郎】

「あぁ……そうだ。 本当に分からない」


そんな謎の美少女に続けて。


【四季司郎】

「自分の名前も――“君のこと”……“全て分からない”んだ……すまない」


全て本音でぶつけた。 どうせなるようにしかならないのだ。


それに、俺自身も何が起きているのか早く知りたかった。 これが夢じゃないなら、一体なんなのだと。


――暫く沈黙が支配した後、謎の美少女が遂に痺れを切らし、口を開き始めた。


【???】

「そう……私の名前は“月夜瞑”」


続けざまに。


【瞑】

「そしてアナタは――“森燈馬”」


謎の美少女はちゃんと名前を教えてくれた。 そして、どうやら俺は、四季司郎じゃないみたいだ。


【燈馬】

「とう……ま――か。 ハハッ――“そう言えばそんな名前だった”」


【瞑】

「ちょっと――本当に大丈夫なの?! 本当の本当に記憶が無いなら、今すぐ病院に行きましょう?」


ガシッ――ガクンっッ!! ガクンガクンっッ!!


【燈馬】

「お、おい!! 止めてくれ――寒いし、また肩をガシャガシャ揺らさないでくれ!!」


瞑という謎の美少女はとても長い黒髪を揺らしながら、また肩をガシャガシャと強く揺らしてきた。


【瞑】

「えっ……?」


カタッ――。


【瞑】

「あっ……ごめんなさい――ちょっと動揺し過ぎた」


【燈馬】

「分かればイイよ、まず落ち着いてくれな?」


やっと肩を揺らすのを止めてくれた瞑に、俺は優しく諭すように呟いた。


このまま振り回されたら命がいくら合っても足り無いだろうから――。


【瞑】

「う……うん。 ごめん、私、落ち着くね?」


【燈馬】

「お……おうっ? 是非、そうしてくれ」


なんだがギクシャクして歪な関係だと感じた。


どう考えても、俺達は年齢が違い過ぎる。


今、置かれている現状はなんであれ、これは少し難航しそうな話だなと“大人”な俺は感じた。


【瞑】

「ねぇ、燈馬? なんだが顔色悪いし、少し洗面所の鏡見てきたら?」


そんな考えを巡らせていると、やっと助け舟がやって来た。


【燈馬】

「あ……あぁ、ちょっと見てくる。 ヤバそうだったら本当に病院に行こう」


【瞑】

「うん、そうしてくれると助かるよ」


――ギギッ……ギシッ――ダンッっ!!


やっと、俺はベッドから抜け出す事に成功した。


立ち上がった俺は“いつもと違う”視点に、迫り来る核心を確信するのであった。


【瞑】

「大丈夫? 一緒に行こうか……?」


瞑は心配そうな顔をしながらベッドに座り、俺を見詰める。 


特に意識しないように気をつけていたが、瞑はオレンジ色のキャミソールをはだけさせながら、下は……。


――ブンブンブンっッ!!


【燈馬】

(駄目だ駄目だ駄目だ!! 見るなボケッ!!)


俺は瞑のそんなあられもない姿を見ないよう、首を振り、自制した。


【燈馬】

「大丈夫、すぐ戻るからココで待ってて!!」


【瞑】

「そっか、分かった」


【燈馬】

「そんじゃ、見てくる」


【瞑】

「うん」


単調な会話を交わし、俺は洗面所を目指した。


そして……。


――ガタッ……!! カタカタ……プルプルッ……。


【燈馬】

「……マジかコレ――ハハッ……!! “嘘だよな”」


洗面所に辿り着いた俺は洗面台の鏡の前にいた。


洗面台の鏡に右手の拳を当て、ただただ震えていた。


【燈馬】

「“誰だよ”……“お前”――――」


長い沈黙が洗面所を支配する。 何故ならば……。


そこに映っていた自分の姿は――。


【燈馬】

「はは……“思い出した”」


【燈馬】

「今の俺は――“未完のWEB小説”に出てくる……」


【燈馬】

「“悪役”の……“森燈馬”なんだ」


まだ、なにが起きているのかはハッキリしない。


でも……一つだけ思い出した事があった。


そう――今の俺は森燈馬であり、四季司郎ではないこと。


そして、四季司郎はしょうもない最後を迎え……。


“無様に死んだ”。

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