月次並並

我々に武器を執らしめるものは、いつも敵に対する恐怖である。

しかもしばしば実在しない架空の敵に対する恐怖である。

                     ーーー芥川龍之介


キーンコーンカーンコーン…

チャイムがなる

一斉に席を立つ同級生たち

「昼飯いこーぜー」

「ダリィなぁ。次サボろうかなぁ」

「え、お前マジ?俺もサボろっかなぁ」

「お前はダメだろw授業受けないとw」

ガヤガヤと騒ぎながら教室から出ていくクラスメイト達 そんな中、僕だけは1人席に座っている

友達がいない訳じゃない

ただ、昨日の出来事を思い出し、頭の中で整理しているだけだ

ガラッ! 勢いよくドアが開かれる

「お、いたいた!」

大きな声を出し、男子生徒が入ってきた

「春倉、探したぞ~!早く飯食べに行こうぜ~」

馴れ馴れしく肩を抱き、そう言うこの男の名は「氏賀 尚哉(しが なおや)だ

別クラスの男子生徒で、入学当時からちょくちょく一緒にいる、自分の友達だ

「オーケーオーケー。ちょっと待ってて。すぐに行くから」

自分は机の上に広げた教科書やノートをカバンの中にしまい込む

ついでに、頭の中で考えていた事も一旦考えることを止めにする

「片付け終わり、待たせた。今日はどうするよ?コンビニ?学食?」

「帰り急ぐことになるけど、ファミレスとかどうよー」

そういう日常の会話を続けながら、自分達は教室の外へ出て歩き出した...







時は遡って数日前

魔歩省施設内にて

局長と呼ばれていた男からとある契約を結ぶように指示された

あの日、春倉が記名したのは3枚の契約書

一枚目は「魔歩省」が定めた独自の法律に従うことを確約するもの

二枚目は「魔歩省」から直々に監視対象になることを承諾するもの

三枚目は支給品に関するものの契約書であった



「春倉君や我々のように、なんらかの形で『妖』と関係を密にするものは多々存在する。その影響で一般人には扱えない、祓術を使える者も多々ではないが存在する」

局長…もとい、余真は言う

「祓術はそのどれもが非常に強力…と言うわけではないが、それでも一般人には到底真似できない事を行える。例えばどんなに重い物でも空中に浮かせたり、何もない空間から物質を生み出したり、真空中でも燃え続ける炎を生み出したりとね。一枚目の契約書を見てくれ。簡単に言えば、我々が定めた『妖』と関係を密にする者たちへ適用される法律を強制的に適用するための契約書だ」

「法律を強制的に適用って…どうやるんですか?まさか、一日中その人達を監視するんですか?」

「いや、そうではない。古来より、契約というのは非常に重たい物だ。現実世界でも、物を買った時にその代金を払わないと通報され、最悪の場合、警察に逮捕されるだろう?契約を結ぶ以上、それを執行し全うしなければ罰が科される。その概念をこの紙に移したんだ。それにより、この契約書に記名したものがなんらかの法律違反を起こした場合、契約を破ったと見なされこの紙が即時に魔歩省に自動的に通報し武装した職員が向かうことになっている。犯した罪が軽ければ今言ったことだけで済むが、犯した罪が重かった場合や、その現場から逃走を図った場合、即時に君の氏名や顔写真が指名手配リストに懸賞金と共に公開されることになっている」

「それは…すごいですね…結構厳重にできているんですね…」

「勿論だよ。何せ『妖』や祓術などは政府主体で隠し通してきている事なんだ。それこそ何年も、何十年も、何百年もね」

「なるほどです…」

一通り説明し終わったのか、余真がテーブルに置かれた二枚目の紙を春倉の前に差し出す

「それは我々が君へ行う監視に対する許可証だ」

「え?私に対する?何故ですか、さっき一人一人の監視は行わないと言ったじゃないですか」

「我々の世界に入る者には2通り存在する。一つ目は、日頃から『妖』関連に触れてきた家庭で育った者。今存在する祓師の大半がそれだ。二つ目は、春倉君のように突然『妖』と関連を持った者だ。前者は幼い頃から家庭内もしくは我々魔歩省管轄の訓練所や学校のようなところで祓術のコントロールや法律を学ぶ。だが、後者はそのような専門的な教育を受けていないため、祓術のコントロールが上手くなく、本人にはその気がなくとも法律を犯したり一般市民へ迷惑をかけてしまうことがある。そんなことがないよう最短で数ヶ月、場合によっては数年間、我々のエージェントが君の近くに日頃から待機しコントロール不能に陥った際にすぐ止められる、いわばストッパーのような役割を負うことになっている」

「なるほど…あ、私についてくれるそのエージェントって誰でしょうか」

「まだ決まっていない。さらには機密情報でもあるため教えることはできない」

「分かりました…」

そういうと、今度は三枚目の紙を春倉の前に差し出した

「これは…?」

「道具の貸し出し許可証だ」

「貸し出し許可証?何か貸してくださるんですか?」

「あぁ、そうだ。我々から貸し出す道具はこれだ」

そういうと春倉の前に黒い板が差し出される

いや、黒い板ではない

スマートフォンだ

「スマホ…?携帯を支給してくださるんですか?」

「あぁ、そうだ。と言っても、これはただのスマホではないがね。これは『妖』や祓術、『妖』が絡んだ事件などの超常的な物の検索や捜索などに特化している物だ。中には4つのアプリが入っている。一つ目は『検索エンジン:Search of Magic Information 』だ。我々は頭文字を取り、略して『SoMI(ソミ)』と呼んでいる。これは名前の通り普通の検索エンジン、例えばGaagleやSoforiのような検索エンジンでは決して出てこない、超常的な情報を探す際に使う。二つ目は『連絡アプリ:Magic RUNE』だ。我々は『ルーン』と呼んでいる。これは一般的な連絡アプリとは違い、魔術的な力を行使して連絡を取るため非常に匿名性、機密性が高いものとなっている。我々から君に、君から我々に連絡を取り合う時はこのアプリを使うようにしてくれ」

「なるほど……でも、なんでわざわざこんなに便利なものを?」

「これから君は、一般人では到底知り得ないような情報を知ることになるだろう。その中には、危険が潜んでいるかもしれない。我々としては、君の安全を第一に考えているつもりだ」

「なるほど……ありがとうございます……」

「あと二つはこれらだ」

そう言うと、余真は残り二つのうちのアプリのうちの一つを指で示した

「それは……?」

「これは『発信アプリ』だ。君のこのスマホの中に仕込ませてもらう。万が一、君が何らかの犯罪に巻き込まれたり、我々や他の組織からの追跡を逃れるために変装したり逃亡したりした時のために、君の位置情報を把握できる装置だ。もう一つは『手配リスト:Sorcery Crimer List』だ。我々は『SoCリスト(ソクリスト)』と呼んでいる。さっき言ったように、我々の世界にも一般社会と同じく能力を行使して犯罪を行う者が一定数存在する。そいつらの顔写真や名前、記録などがこのアプリの中に保存されている。同じような顔を見かけ、個人で捕縛、または有益な情報を然るべき機関に提出した時は報奨金がもらえる仕組みになっている。このアプリの中を見てくれ」

言う通りにした

アプリをタップし中を開くと、黒い画面に突如として白い文字が浮かんだ

『Hello of SoC List』

と表示された

そしてその文字が閉じたかと思うと大量の顔写真と名前が表示された画面が出てきた

男もいれば女、老人、老婆、仮面を被っている者、人間とは思えない姿をしているものなど多々表示された

「適当な者でいいから、開いてみてくれ」

たまたま指の近くに表示されていた写真をタップした

ーーーーーーーーーー

名前 三椏 涼(みまた りょう)

性別 男

年齢 20~30歳

罪状 祓術の違法行使・一般市民の殺傷

使用魔術 持術-『五行-金』

報奨金 300万

備考 特になし

ーーーーーーーーーー

内容を少し読む

報奨金のところで目が止まる

「報奨金で300万円ですか...すごい高いんですね」

「あぁ、そうだな。先ほども言ったように、我々は一般社会から『妖』というものを遠ざけようと日々努力している。私の記憶が正しければ、コイツは自身の術を使って3人の一般市民を殺傷したんだ。幸い、一般市民の方は死にはしなかったが病院に到着するが後数分でも遅れていたら助からなかった。我々は彼らが治療されるのを待ち話を聞いた。その上で彼らの記憶を消去し、殺傷事件が起きた場所を一時的に閉鎖し、情報を隠蔽した。たった一人が事件を起こすだけで、ここまでしなくちゃならないんだ。そして残念ながら我々もその一人を追うために労力を割くわけにはいかない。そこで、フリーでやってる祓師の出番というわけだ。少しだけ報奨金を多額にすることで、祓師の協力を得ようとしているんだ」

「すいません、フリーでやってる祓師というのはなんでしょうか」

「我々のように、この国を支える魔術的機関に属さずに一般社会に溶け込んで活動を行なってる祓師の事だ」

「彼らは日々、どうやって生活しているんでしょうか」

「そうだな...簡単に言うと、三通りの生き方があるな」

ここで一息ついた

「一つ目は一般社会でなんらかの職についており、あまりコッチの世界に入ってこない者。一般社会で普通に生活していける分には金を稼いでおり、あまり生活には困ってない者が多い。二つ目は依頼を受け、その依頼の報奨金で生活を送るもの。自身の住んでる地域の近所に『妖』が出没した可能性のある時に、その地域に住んでる祓師に我々から連絡を出し、代わりに祓ってもらう。祓うことに成功した場合、我々から一定の額の報奨金を出す事になっている。その報奨金で生活を送るんだ。また、SoCリストに載っている者を探し出し、それら人物を捕らえる、または、有益な情報を我々に提出したことによる報奨金もそれと同様になっている。我々はそうやって生きている者をハンターと呼んでいる。そして三つ目だが...」

一度ここで息を吐く

少しぼうっとした後、口を開いた

「三つ目は様々な犯罪を、多額の金銭と引き換えに行う者。要するに犯罪者だ。我々の世界では“魔術による罪を犯した者”という意味を込めて『禍穢人』と呼んでいる」

ここで自分のことをじっと見る

「自身の抱える特殊な力を良い事に使う者がいる一方、悪しき事に使う者もいる。先ほども言った通り、我々が抱える力はそのどれもが強力という訳ではないが、一般社会から見れば脅威になるものばかりだ。はっきりとここで言ってしまうが、裏社会と繋がり、一般社会にその力を使うことを躊躇しない連中も存在する。そんな奴らを止めるのが私たちの仕事だ」

しばし沈黙の時が訪れる

「…ここまでで何か質問はあるか?なければ次の説明に移りたいんだが」

「はい。特に質問はありません。ありがとうございました」

ここで会話が途切れる

「…君には明日から元通りの日常を送ってもらうことになる。君の親御さんや周りの人たちには全て根回しが済んでいる。君はここにきて説明やら治療を受けていた期間中、君の遠方の縁者の家に泊まっていたことになっている。理由は、君が今流行りの感染症に罹患してしまったからだ。幸い、完治したことが確認されたので、君の家に戻ってくる、ということになっている」

「分かりました」

「くれぐれも」

余真は続ける

「くれぐれも、我々のことなどを話さないように気をつけてくれ。場合によっては、君を逮捕しなければならなくなってしまうからな」

余真が席を立ち、話してた部屋の後ろ側にある扉に手をかける

「あぁ、そうだ。最後に」

余真は続ける

「我々の世界へようこそ、春倉くん。歓迎するよ」

そう言って扉を開けると外へ出ていった







時は巻き戻り現在

「菓子パンって安価だけど、美味しいよなぁ」

「だな」

「菓子パンを口に入れながら、サイダーで一気に飲み込む!これが一番うまい!」

「お前とは結構やってきたけど、お前のその味覚のセンスの無さだけは本当に脱帽するよ」

「なんてこと言いやがる。そういうお前だってカップ麺の余ったスープとソーダ味のゴリゴリくんを一緒に食べて、美味いなぁって言ってたところ目にしてるぞ。正直、あれはないわーと思ったわ」

「美味いだろ!?喉にひりつくスープをソーダ味の冷たいアイスで癒すんだ。そん時に、塩辛いスープと甘いソーダが喉の中で混じり合ってうまいんだよ」

「ないわー。ないわー通り越して引くわー」

「戦争だろうが…それを言ったら戦争だろうが…!」

「ほぉ…モンキー風情がこのSHIGAに勝てるかなぁ?」

軽く小競り合いが始まる

いつもの流れだ

春倉は思った

いつもの流れ、これが日常

歩きながら昼の太陽の光を見る

「あれ…?」

「どうした?」

「…ううん、なんでもない」

「お、なんだ?厨二病か?その年でそれはちょっときついぞ…」

「ウルセェ」

そう言ってまた小競り合いが始まる

(こんなに)

春倉は思う

(こんなに、日常って楽しかったっけ)

そう思った

「ってやべぇ!早く行かねぇと!午後の授業に遅れるぞ!」

氏賀が叫ぶ

「…おう!」

そう言って眩しい太陽の光目指して走り出した


 [月次並並 END]

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