護國無常

生放送(ライブ)

普遍崩落

・日ノ本国 真欠華市 日入

つまらない学校

つまらない社会

つまらない生活

つまらない日常

つまらない…


夕暮れに染まる町を歩く

学校終わり、いつもの帰宅路

次の信号を右に、二本の細い道を抜け、現れる十字路もう一回右に曲がれば家に着く

何も考えず、何も聞かず、ただ粛々と路を歩くのみ

彼の者の名は春倉

真欠華市に住み、神原高校に通う高校二年生である

彼は日常が全く詰まらない、退屈したものだと考えていた

それはそうだろう、そうとしか生きてこなかったのだから

安寧は素晴らしいもの、だが、人を腐らせる

何処かで読んだ本に書いてあった一文

まさに、今の春倉を表していると言っても過言ではない、むしろその通りな文であった

前方の信号を右に曲がる

あぁ、いつもの路である

この先、家々の間の細道

それを二本通り過ぎた後、現れる十字路を右に曲がれば家に着くのだ

一本目を通り過ぎた

そこには何もなかった

夕暮れは怪しく、そして少年の考えを分かっているような暖かさを少年の背中に浴びせる

二本目を通り過ぎた

そこには異形のモノが路地の隙間、暗がりよりこちらを赤い目で見つめていた

春倉は足を止めた

止めたその瞬間に、彼の安寧は崩れ去った


後に彼は思い知ることになる

日常がどれほど素晴らしいか、平和がどれほど完成されているか

『表』はどれほど羨ましい生活であり、日常なのか、と…


それは突如現れた

いつもの道を歩いていた時、ソレに出会った

いつもの路地裏に、道を塞ぐようにして何かが立っている

それは足のようなモノが何本もあり、手は左右に二本ずつ

頭は暗くなっており、よく見えない

そして、何かをぶつぶつと呟いている

「なんだ…あれ…」

春倉は思わず声に出していった

それもそうだろう、彼はいつものような平和でつまらない、いつもの日常そして変わらない生活を今日も送るのだと思っていたからだ

それらを破壊するイレギュラーな存在

そして、絶対にこの世のものではない存在が目の前にいるのだ

「逃げよう…」

春倉は数歩後退りした

だが、その時、後ろに伸ばした足が缶にぶつかる


カラン!カランコロン…


缶特有の金属の音が鳴り響く

普段はなんとも気にしない音であったが、今はその音だけを春倉は激しく恨んだ

“ギョオオオオオ”

目の前にいる存在が音に気付き、こちらを振り向く

いや、顔がないので、振り向いたのではないかもしれない

だが、春倉は直感的にそう感じた

そして、その直感は当たった

振り向いたその先にいる人間に気付いたのだろう

ソレが春倉の方へと近づいてくる

それと同時に、黒い触覚がソレの背中側から生え、此方に伸ばしてくる

そして…


あっという間に春倉の足に絡みつき、逃げ出そうとした春倉の動きを止める

急に動きを止められた春倉は、動きを制御できず、頭から地面に叩きつけられる

「いってぇ…っ!」

起き上がり傷を確認しようと目の前を見た瞬間、ソレはもう春倉の目と鼻の先に来ていた

そして、顔があるべき部分が『ガパッ』と言う音を立て、開く

おそらく、そこがソレにとっての口なのだろう

中が丸見えになったソレの口を見て春倉は絶句した


中には人の頭があった

いや、人の頭だったものがあった、と言った方がいいだろうか

ともかく、それは近くで確認してようやく人の頭だとわかるようなモノであった

春倉は声になっていない叫び声を上げ逃げ出そうとしたが足にはまだ触覚が絡まっており、その試みは失敗に終わった

そうしている間に、ソレの口はどんどん春倉に近づいてくる

(あぁ、死んだな。これ)

春倉は思った

(いつも、非日常的なことが起きれば、この退屈な日常から抜け出せると考えていた。だけど、今は…)

春倉はそこまで考え、最後は口に出していった

「退屈でも、平和な日常の方が良かったな…」

そういった瞬間に、春倉の頭めがけて口が閉じられそうになる









(なんじゃ、もう終わりか。あの日、あの場所で約束したじゃろう。平和な、それも退屈でいいから。そんな日常を過ごしたいと)

春倉の頭の中で何者かの声が鳴り響く

(なんだ、これ。あなたは誰だ?)

春倉の問いには答えず、その声は続く

(お前がこの力を封じたいと言ったのに、もうそれを忘れたか?そんな若いのに、記憶がないとは。まぁいい。お主、助かりたいか?)

自分の問いかけに答えない声から逆に発せられた問いかけに対し、春倉は答える

(勿論だ。私は、まだ生きていたい。退屈でも、平和な日常。これが如何に大切であり、素晴らしいことか。今、はっきりと分かったから。私はまだ生きていたい)

そう答えると、その声は満足げな雰囲気を出し

(そうかそうか。まぁ、この力を解放してしまえば、お前の望む退屈な日常など消し飛ぶが、それでもよいかの?)

春倉の答えは決まっていた

(それでも、俺は生きていたいんだ!)

(お前の答え、しかと受け取った。さぁ、この力でこの世界を生き抜いて、妾に見せてみよ。お前の素晴らしくも退屈のしない、寸劇を。お前の人生をかけて、妾の目の前で演じて見せよ。そして…)

声が言い終わらない内に、春倉の意識が晴れていく

目の前には大きな口を開けたソレが、スローモーションのごとくゆっくりと迫ってきている

よくよくみると、その口の中にある人間の首の口が動いている

「おいでよ、おいで…寂しいよ、おいでおいでおいでおいでおいでおいで寂しいよおいでおいでおいでおいで寂しいよおいでおいでおいでおいでおいでおいでお寂しいよいでおいでおいでおいで寂しいよおいで…」

春倉は何をすればいいか、自ずとわかった

春倉は右手をその首の前に差し出し


「報ずる」


春倉自身も聞いたことのない文言を自ずと発した

その文言を発した瞬間、ソレは、もっと詳しく言うなら、ソレの口の中にある生首が奇声を上げる

“ギィャァァァァ…”

春倉は何が起きたのか分からなかった

が、よく見てみると、春倉の出した右手の掌から、光り輝く糸が飛び出してきている

その糸がソレの口の中にある生首に突き刺さっていたのだ

あとはどうすればいいか、春倉は考えなくとも理解できた

手から伸びた糸が生首の中にどんどん入ってゆく


“イタイイタイイタイイタイ…”

“ヤレ!ヤルンダ!イマスグヤレ!コロセ!コロセ!”

“ヤメロヤメロヤメロマダムコウニハ…”


糸を通じて、何かの言葉が春倉の頭の中に流れ込んで来る

春倉は直感的にソレの発する思いや言葉だと言うことを理解した

目も瞑り、頭の中で念ずる


「糸よ 令により 退けよ」


念じ終わった瞬間、ソレの動きが止まった

そして、湯気のように薄く、揺らいだと思うと、空間に溶けるように存在が消えていった

「終わった…終わった…?」

春倉は周りを確認した

もう、ソレの姿形はどこにもなかった

「終わった…終わったんだ…」

春倉は立ち上がろうとしたが、即座によろけ転んでしまった

足が重い

さらには身体中が痛く、また、重い

春倉が路地の真ん中で体が動かないままじっとしていると、路地裏の出口から男が一人やってくるのが見えた

(誰だ…?)

その男は春倉の目の前まで来た後、春倉のことを見下ろした

そして春倉は…

意識を失った…


[普遍崩落 END]

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