第13話

「沙雪、お帰り」

「ただいま」

「おじさん、冒険者組合に行くの?」

「うん、行ってくる」


 沙雪は中学2年になった。


 俺は学校の放課後の時間になるといつも冒険者組合に通った。

 10人のダブル候補生の中でも差は出てくる。


 マイペースな子や熱中できる子。

 性格は様々だけどみんないい子だ。

 今思えばもっと多くの訓練生を教えても大丈夫だったかもしれない。

 でも、終わった事を考えても仕方がない。

 

 10人と一緒に座禅を組んで基礎訓練をしているとたまに思う。

 子供はすぐ大人になる。

 沙雪もすぐ大人になるだろう。


 沙雪が高校生になればもう、まったく手がかからなくなるんだろうな。

 高校生のみんなは疲れていてもお構いなしに走り回る。

 若いパワーを感じて俺の訓練の励みにもなった。


 特に優秀な3人が訓練後に話しかけてきた。


「先生、お疲れ」

「ああ、お疲れ様」


 川野新かわのあらた

 赤い髪と赤い瞳で見た目が目立つ。

 戦い方も超攻撃的でワイルドイケメンだ。


「達也先生、ジュース奢ってくれよ」

「コーヒーでも飲んでてくれ」

「えー? 私苦いの嫌い」


 海辺凛うみべりんもすっと会話に入ってくる。

 黒目黒髪のポニーテールで面倒見がいいが悪い事をすると怒る。

 お母さんのような性格だ。

 この前同じ高校の男子に告白されて断っていたらしい。


「ジュース飲みてえ」

「新、お前本当に遠慮ないな」

「へへへ!」

「へへへじゃない」


「私は冗談で言ったよ?」

「凜のは分かる」

「……お疲れ様」


 最後に声をかけてきたのが山岸樹やまぎしいつきだ。

 オリーブ色の髪と目で優しい子だ。

 新と違い優しい雰囲気のイケメンだ。


「樹、疲れたか?」

「そう、だね」

「元気がないな」


「樹は伸び悩んでて落ち込んでるのよ」

「……そっか、3人は残ってくれ、ジュースを奢ろう」


 自販機でジュースを買って3人に渡すと新は「サンキュー」と言ってジュースを飲み干してお代わりを要求してきた。

 一通りどうでもいい話をした。


 もう一度ジュースを渡して座ると落ち込んでいる樹に話しかける。


「困りごとか? 話せる事なら何でも言って欲しい」

「最近、訓練が進んでいないんだ」


「俺から見て樹は伸びている」

「……うん」


 樹は納得していないように頷いた。


「訓練が進むと自分が出来ていない部分がはっきり見えるようになってくる。でもそれは強くなっている証拠だ。もっと前の樹なら気づかなかった至らない部分が見えてくる。でもそれは感知能力のアップ、つまり強さだ」


「樹、気にすんなって、俺達みんなの中じゃトッププレイヤーだぜ?」


 新の言葉にお前はもう少し謙虚になれと言いかけてやめた。

 話がややこしくなってしまう。

 新は自信過剰で樹は謙虚すぎる。


「そうよ、まだ時間はあるわ」

「でも、モンスターを倒せてもいないから。うまく出来るイメージが湧かないんだ」


 ……失敗した。

 毎日基礎訓練だけを教えていた。

 ごうが剣の型や動きは教えている。

 でも実戦経験が無い。


 だからモンスターを倒す事で得られる成長の実感が得られない。

 新はお構いなしにダンジョンに行っているようだけど樹は真面目で基礎訓練だけをしすぎている。

 毎日動きの型、竹刀を持っての打ち合いもしてはいるが多くの時間を基礎訓練に費やしている。


「よく分かった。明日はごうの護衛でダンジョンな、行けるか確認してみる」

「おおおお! やったああああ!」


 新が飛び跳ねた。


「で、でも豪己さんを護衛をお願いするのは良くないわ」

「そ、そうだよ、レベル6の豪己さんに護衛を頼むなんて」

「もしもし、ごう、ダブル候補生の護衛を頼みたいんだけど。出来れば明日、全員を連れて行って欲しい」


『そう言う事か、分かった。新・樹・凛でいいな?』

「悪いな。頼む」

『ああ、任せてくれ』


 ごうはお見通しか。

 きっとそろそろ連絡が来る、そう思って待っていたんだろうな。

 新が近くで会話を聞いていた。


「おお! 決まったぜ! 俺帰って配信の用意をしてくる!」

「ちょっと新! 走らないで!」

「樹、モンスターを倒せる事が分かれば強くなった実感を得られると思う」


 樹は納得していないようだったがその日は皆を帰した。

 樹の顔は晴れなかったがモンスターを倒した実感が無ければ強くなった事が分からないだろう。


 だが樹は毎日訓練を重ねて強くなっている。


 本当は皆と行きたかった。


 だが俺は冒険者免許を持っていない。


 ダンジョンには入れない。



 家に帰ると食事のいい匂いがした。


「おかえり」

「ただいま」

「おかえりなさい。ご飯が出来ているわ」


 3人で食事を摂る。


「達也さん、最近なんだか生き生きしてるわね」

「そうか?」


 俺は落ち込んだ樹の事を考えていた。

 生き生きしている実感は全くない。


「うん、最近生き生きしてる」

「最近、そうか、自分で気づいていなかった」

「特に今日の達也さんはいきいきしてると思うわ」


「一緒に訓練をしている高校生がごうの護衛でダンジョンに入るからかもしれない」

「おじさんってダンジョンが好きなの?」

「好きも嫌いも考えた事が無いな」

「……変なの」


 沙雪は俺が何で生き生きしているのか不思議そうにしていた。

 俺はダンジョンに入る樹が自信を持ってくれることに期待しているだけだ。

 でも、そんな事を沙雪に言う場面ではない。

 訓練を終えて風呂に入った。


 体を洗い風呂に入ってぼーっとすると昔の事を思いだした。



『達也、大丈夫だ』


 黒矢が俺の頭を撫でた。


『私も黒矢もどんな攻撃が来たってうまく対処出来るわ。行きましょう』


 白帆が俺の背中を押して3人でダンジョンに入った。


 2人と一緒にダンジョンに入る前、俺は緊張していた。

 俺はパーティーで戦う事に慣れていない。


 あの時と同じ。


 俺は樹・凜・新を、


 あの時の俺と重ねていた。


 だから俺は、


 生き生きしているのか。


 明日はダンジョンの前にパソコンとスマホを持って待機しよう。


 もし何かあれば、法を破ってでも助けに行けばいい。

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