第5話

 冒険者組合に帰ると受付の奈良君が皆にコーヒーを渡す。

 そして俺は囲まれたまま質問責めにあった。


「みんな1度に1つずつ質問してくれ。そうしないと達也が困るだろう?」

「はい!」

「じゃあそこの君」


「どうして杖を使わないの?」

「杖は威力を高めてくれるけど発動が遅くなるから杖無しでも威力が出るように訓練した」

「その訓練って何ですか?」

「こうやって魔法の黒い球体を出したままキープする基礎訓練を続ければ出来るようになるよ」


 俺が黒い魔力球をいくつも出すと歓声が聞こえた。


「補足するが黒魔法や白魔法を使うなら杖を使ってくれ。杖無しで威力アップするのは高等技術だぜ」

「はい!」

「はい、どうぞ」


「今みたいに魔法の球体を貯めずに指から撃ちだす理由を教えてください」

「こうやって球体を作ってキープすると集中力を使うから一瞬で魔力を撃ちだして終わりにした方が楽なんだ」

「達也の言う事を補足するが連射は高等技術だ。慣れないやつがそれをやろうとすると一気に魔力を持って行かれる。皆は強くなるまで基本通り魔法の球体を作ってから撃ちだしてくれ」


「はい!」

「どうぞ」

「連射のコツを教えてください」

「これも今やっている基礎訓練を続けよう。3年もやれば連射を出来るようになるから」

「えええ! 3年も!」


 質問をした男性がやる気を無くしたような顔をした。


「はい!」

「どうぞ」

「達也さんは剣士でしたよね? どうして黒魔法を使うんですか?」

「俺って戦士の才能がないから仕方なく両方を使うように練習中、かな」


 ざわざわざわざわ!


「そろそろいいだろう。達也、ありがとう。そろそろ沙雪が学校から帰って来る時間だ」

「そっか、お疲れ様です」


 帰ろうとすると受付の奈良君がメガネをくいっと上げて話しかけてきた。


「冒険者として帰って来てくれないんですか?」

「すまない。俺は訓練と沙雪を育てる事だけに集中したいんだ」

「そう、ですか」


 俺は冒険者組合を出た。



【豪己視点】


「奈良が言っても駄目だったか」

「ええ、達也さんの意思は固いようです」


 冒険者のみんなが話し始めた。 


「あ、あの奈良さんが人を引き留めるなんて! 始めて見たかもしれない」


 奈良は新人の受付だが妙に落ち着いており冒険者としての力も持っている。

 いつも笑顔なのに威厳があるんだよなあ。


「そうね、達也さんはきっと凄い人なのよ」

「知らないのか? あの人は伝説のパーティー『ウエイブライド』の3人目だぜ?」


「「ええええええええええええええええええええええええ!」」


「豪己さん! 本当ですか?」

「本当だ!」


 ざわざわざわざわ!


「ど、通りで凄いわけだ、でも、みんなが顔を覚えてないのはおかしいよね?」

「それな、ウエイブライドが有名になったのは2人が冒険者レベル7になったからだ。入れ替わるように達也さんはパーティーを抜けて訓練に集中するようになった」


「え? 待って待って私新人だから冒険者レベルを良く知らないの」

「ええ! よく知らないってあるか!」

「レベル6以上は関係ないから、うろ覚えで……」


 俺と奈良が話に割って入る。


「この紙をご覧ください」


 奈良がテーブルに紙を出した。



 冒険者レベル

 レベル1 初心者

 レベル2 研修終わり

 レベル3 初心者卒業

 レベル4 中級

 レベル5 ここからはガチ勢

 レベル6 上位勢

 レベル7 今日本にはいない

 レベル8 海外のトッププレイヤーで最終到達点

 レベル9 いないし無理



「僕が前にまとめた用紙です。納品数や招集に応じた回数によって冒険者の格がレベル分けされています。見て頂いて分かるようにレベル7は今日本にいません。そして豪己さんがレベル6になります」

「言っておくが達也は俺より強い」


「じゃ、じゃあ達也さんはレベル7になるんじゃ!」

「そ、そうだ! 豪己さんより強いならレベル7になるんじゃ!!」

「残念ですが達也さんはレベル4です」


「「えええええええええええええええええええええええええ!」」

「な、なんで!」

「おかしいだろ!」

「間違ってる!」


「達也はなあ、ウエイブライドの市川黒矢と市川白帆いちかわしほの子を引き取って育てている。だから招集に応じられない。元々レベル5だった達也は最近降格された」


 みんなの顔が曇った。

 そう、招集に応じなければ冒険者のレベルに必要なポイントがマイナスになる。

 招集=人命がかかっている。

 招集に応じない事によるマイナスは大きいのだ。


「暗い顔をしなくていい。子供が学校に行っている間達也は基礎訓練を続けている。結構楽しそうに過ごしている」

「あの辛い基礎訓練が楽しいって、達也さんは武士のような人ですね」


 奈良が唐突に話しだした。


「ダブルプロジェクトの話を聞いた事はありますか?」

「あります」

「知ってますよ」

「名前しか知らない」


「ダブルプロジェクトとは、通常のジョブは黒魔法使い・白魔法使い・戦士の3つがある中でその内の2つを訓練して複合的なジョブを持った次世代のジョブを生み出す試みです。すでに先進国共同で実験的に訓練が行われています」

「戦士と黒魔法使いを両方訓練して魔法戦士にする、みたいな感じ?」


「そうです」

「でも、魔力の質的に中途半端じゃないとそれは出来ないよね?」

「はい、魔力の質的に才能が無いと言われる人間を開花させることが目的です」


「ええ、でも1つのジョブを訓練するだけでも時間がかかるのに2つも覚えるのは大変なんじゃない?」

「そうですね、なのでそのデメリットを打ち消すために子供の頃から複合ジョブに向く魔力適正の人間を集めて訓練をしています。何年も経てばダブルの人間が当たり前のように冒険者になる未来が来るかもしれませんよ?」


「成功例はあるんですか?」

「正式な成功例は無いと言われていますが、実際に見ましたよね? ダブルを」

「ああああああ! 達也さん!」

「そうです。彼1人だけがダブルの成功例と呼べる存在でしょう」


「奈良、オチを言っていいか?」

「いいですよ」

「達也が目指しているのはダブルのその先だ」

「え? ダブルの先?」


「そうだ。身体強化の戦士と攻撃の黒魔法使いと防御の白魔法使いすべてを使いこなすトリプルだ!」


 冒険者組合に驚きの声がこだまする。


「だがな、出来れば時が来るまであまり人には言わず黙っていて欲しい。ダブルの成功例はまだ出ていない事になっている。バレれば子育てをしたい達也の元に人が集まってくる」


 国は達也の存在に気づいていない。

 冒険者として直接戦わないトップは達也を見ても異質さに気づかないだろう。


 そしてここにいる誰も気づいていない、達也の目標はトリプルじゃない。


 トリプルの向こう側だ。


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