チートガチャ ~運だけで成り上がる~
水色の山葵/ズイ
第1話 真価と神貨
「なんか、良い事ねぇかな」
そう言いながらダンジョンを歩いていると、目の前に黒い毛の兎が現れた。
赤い目が俺を捉えて、跳躍&頭突きのコンボを決めようと足に力が入っている。
それを見て、俺は持っていたナイフを構える。
「いっちょやってやるか」
そう言った傍から、兎の後ろに更なる兎がもう一羽現れた。
毛の色も瞳の色も同じ、同種だ。
「よし、逃げるか」
この兎っころの正式名称は『ブラッドシップ』。
日本語訳すると『血を啜る』である。
こいつ等は、跳躍して頭突きかました挙句、その喉笛に噛みついて血をチュウチュウ吸って得物を仕留める訳だ。
殺意高すぎだろ……
常日頃から幸運を欲してるような俺には、実力的にこいつを狩る方法なんざない。
石造りの迷路構造を全速力で逃走する。
正直、地図なんてよく覚えてねぇ。
逃げる方向なんか全く考えてなかった。
「やべぇなこりゃ」
行き止まりに当たった。
まっずい、死ぬわこれ。
「「きゅい?」」
「可愛い鳴き声だなテメェ。二羽揃って首傾げやがって。今更ポイント稼いだってときめかねぇぞ黒兎ども」
「きゅっ」
兎が跳ねる。俺に向かって。めっちゃ速い。
「うそうそうそ、可愛いマジ可愛い天使! ヘルプギブエスオーエス!」
あぁ、死ぬんだ俺。
俺も幸運って奴を体験したかったんだ。
一回で良かった。
今まで不運だったんだから。
良い事の一つもあるだろって。
望んじゃうのが人間心でしょうが。
「天国のご飯ってもやしより美味いかな……」
そう、天を仰いで思いを馳せる。
クソ、ダンジョンだから青空も見えねぇよ。
「サラマンダーソウル:ブレイズロア」
声と同時に、俺の後ろから真っ赤な炎が通り過ぎ、ブラッドシップを二羽同時に焼き焦がした。
すぐに俺は後ろを振り向く。
行き止まりだったはずだ。
「やっぱ壁じゃん」
「おい、下だ下」
「え? うおっ!」
言われた通り下を見ると、誰かが壁の隅にもたれ掛かっていた。
そうか、焦ってたのと曲がり角直ぐだったのと、この人がしゃがんでたので気がつかなっただけか。
おっさんだ。30後半ぐらい?
筋肉多め。ガタイいいな。
そして、負傷している。
腹部の服が破け血が滲み、片足が膝から千切れてる。
「あ、その助けてくれてありがとうございます」
「おお、そりゃ構わんよ。けど一個、俺からも頼んでいいか?」
「なんでしょう……?」
「外まで運んでくれ、見ての通り動けんのでな」
よく見れば血はそれほど流れていない。
腹も足も衣服も焦げているようだ。
さっきの炎の力で傷口を焼いて血を止めたのか?
いや、グロ。こわ。
置いて帰ることもできる訳だが……
流石に寝覚め悪すぎるか……
恩もある訳だし。
「わかりましたよ」
「おお、助かる。俺一人じゃここまで戻るのが限界だったんだ」
「いえ、助けて貰ったのはこっちですし」
「俺は、
エクスプローラーっていうのは、こういうダンジョンの探検を生業にしているプロの職業名。
そして、A級ってのはその上位3%以下の猛者の事だ。
さっきの炎、これだけ負傷しててあんな事ができるんだからその言葉に疑う余地はないだろう。
凄い人なんだろうな。
「俺は
ちなみにEは最低ランクである。
「そうか。じゃあ券痲、悪いが頼むわ」
竜吾の肩に手を回して立たせた後、背中におぶる。
筋肉量も多いし、正直重いが持てない程じゃない。
おんぶの体勢で外までなら、体力もギリ持ちそうだ。
無言で進む。
初めて会ったおっさんだし。
特別会話も無い。
なんか気まずい。
「なあ券痲、お前なんでダンジョンに居たんだ?」
「え? なんでって普通に仕事ですよ」
「いや、お前弱いよな?」
気まずかったのは俺だけらしい。
あけすけに竜吾は俺の核心をついてくる。
そう、俺は弱い。
ダンジョンの入り口の、さして強くも無い兎の魔獣から逃げるくらい。
「金が要るんすよ」
「なんで?」
「親父が死んで、兄貴が親父の遺産持ち逃げして、母さんが精神疾患。ついでに妹が行方不明」
「重たっ、ウケるな」
「煩さっ」
「悪い悪い、なんか話題ねぇかと思ったら想定の五倍ぐらいの地雷踏み抜いてて笑っちまった」
正直、自分が不運だという自覚がある。
SNSに転がってるような不幸話の殆どが俺以下だって自虐で笑えるくらい。
だから、運が揺り戻されて良い目が見れるんじゃないかと一発狙ってここに来た。
けど結果は散々。ツキはまだ先らしい。
幸運なんか、来んのかね?
「けど、エクスプローラーになれてるって事はスキルあんだろ? どんなのか教えろよ」
「なんで? そういうのあんま人に言わない方が良いって教習所の人言ってたんだけど」
「まぁな、けど俺とお前のよしみじゃねぇか」
「五分経ってねぇだろよしみ」
エクスプローラーにはある資質が求められる。
それが、スキルの覚醒だ。
大体、人口の10人に1人程度の割合で、スキルという異能に覚醒する人間が居る。
ダンジョンへ入れるのは覚醒者だけ。
スキルにも色々種類がある。
このおっさんのスキルは、さっきの火ぃ出す奴だろ。
俺にも当然スキルはある。
けど初対面で聞くか、そんな事。
確かに俺はスキルを持っている。
特別な道具を使って調べて貰ったから間違いない。
しかし、使い方が分からない。
文章化された説明を読んでも分からなかった。
【ガチャ】
『神貨を消費する事でランダムに力を得ることができる』
それが、俺のスキルに記された力の概要。
しかし、そこに記載される【神貨】という物の入手方法が分からないのだ。
ダンジョンから得られる品の中にも、そんな物の情報は無かった。
手に入らないどころか、手に入れる方法すら不明。
よって、俺のスキルは意味を成していない。
それが現状で、今俺が抱える一番の不運だ。
「自分でも良く分かんねぇんだ。使い方がさ」
「そうか。実際、戦闘に使えないなら辞めた方がいい……」
どうやら、心配して言ってくれていたらしい。
「死ぬぞ」
実際に死にかけてた人間の言葉だし、本当なんだろ。
「悪いけど、無理っすね」
「何故?」
「金、要るんだ、マジで」
入院費が居る。
生活費が居る。
家のローンが残ってる。
兄貴の借金の連帯保証人が、母さんだ。
「俺がなんとかするしかねぇんだよ。分かったら黙って背負われとけおっさん、そろそろ外ですよ」
「敬語、使い慣れてなさそうだし無しでいいぞ」
「あっそ、助かるよ」
「高校生か?」
「18。もう卒業した」
「そうか、大変だな」
「要らねぇよ、同情なんざ」
「……悪い、そうだな」
そういうと、おっさんは黙った。
別に、雰囲気を悪くしようと思った訳じゃなかったんだが。
俺がマズったな。
「おっさんは、なんで倒れてたんだ?」
「あぁ、ここのダンジョンの最深層に居た魔獣を討伐しようとしてたんだ。俺と、あと15人居た」
「……聞かない方が良さそうだな」
「多分、俺以外は全員死んでる」
「言うのかよ」
「隠したって仕方ねぇだろ。それに、まぁ、一人で抱えるには重すぎてな。悪い……」
おっさんの身体が少し震えていた。
抑え殺したような呻き声を、俺は聞こえない振りをして誤魔化した。
「同じ
「そりゃ凄いっすね」
「でも負けたんだ。負けたら殺される。俺はたまたま運が良くて生き延びたけどな」
運が良くて……
おっさんの言葉に疑問が湧いた。
幸運ってそんなモンなのかと。
死に損なう程度の幸運なんて、幸運とは言わねぇだろう。
俺はもっと良い思いがしたい。
もっと――
「グルゥゥゥゥゥルルルルルルルルルルルルルルルルラララララァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
巨大なそれが、通路を破壊しながら突き進んでくる。
その猛進の速度は俺の全速力なんて優に超えていた。
あと数十秒、いや数秒で追い付かれる。
「は?」
不幸だ。
不幸が、今までの人生全部を越える現実性で俺を襲ってきている。
「逃げろ、あいつの狙いは俺だ。俺を置いてけ出口へ走れば多分お前は助かる」
おっさんが背中で何か言ってた。
よく分からない。
俺を置いて逃げろ?
何言ってんだ。漫画か?
あの兎共とか格が違う。
その見た目は、まるで太古を支配した【恐竜】だ。
TーREX、ティラノサウルスにしか見えない。
「おい、聞いてのか小僧!? さっさと降ろせって言ってんだよ!」
俺の背中でおっさんが身体を揺らしている。
何言ってんだ、今降ろしたら死ぬだろアンタ。
何言ってんだ……
俺を助けようとしてる。
それを俺の頭が理解した時、おっさんが暴れて俺の背中から転げ落ちた。
「来いよ蜥蜴野郎。あいつ等の仇だ、ぶっ殺してやる!」
よく見れば、ティラノの口から衣服の切れ端が零れていた。
その口に赤い血が滴っている。
今しがた、誰かを喰って来たってことなんだろう。
そしてそれは……
「よくも、よくもあいつ等を……!」
片足を失い、一人で立つ事もままならないおっさんはティラノに手を向ける。
「フェンリルソウル:ブリザード!」
勢いよく、氷の嵐が吹き荒れてティラノを襲う。
しかし、猛吹雪の中をティラノは涼し気に走る。
全く、意に介した様子が無い。
普通の恐竜じゃ無いんだろう。
異能の吹雪が通用しないなんて、その皮膚の構造からして原種とは異なる【魔獣】って事なんだろう。
俺なんか、確実に相手にならない。
一瞬で食い殺されるのがオチだ。
ちょっと落ち着いて来た。
おっさんの言ってた言葉も飲み込めた。
俺がやる事は一つ。
逃げる事。
それでいい。
それしかないだろ。
何にもできねぇんだから。
弱ぇんだから。
後ろ向いて、走れよ、早く。
ドスン、ドスンと、足音が近づいて来る。
おっさんは動けない。
その足跡が到達した瞬間、おっさんは死ぬ。
でも関係ねぇだろ。
さっき会ったばっかの他人だ。
身の上話語ったからって仲良しじゃねぇんだ。
そもそも、助ける方法がねぇって話だ。
「俺は……」
視界に写った。
迫る恐竜と、死を覚悟したおっさんの顔。
それを見た瞬間、頭が真っ白になって。
「うあああああああああああああああああああああ!」
俺は、おっさんに向かって飛び出した。
その身体を持ち上げて、一緒に跳ぶ。
通路が壊れる音が響く。
恐竜が壁に激突し、呻き声を上げている。
それでも、俺とおっさんは。
「なんで、なにやってんだ……」
生きてる。
「知らねぇよ、これが何か教えてくれよ先輩。俺何やってんだよ……」
「お前……クソ、助かったよ。二回も助けられた。礼は言う、マジで感謝してる。だから、頼むから逃げてくれ。お前だけでも」
逃げてぇよ。
逃げたかった筈なんだ。
「グルルルルルルルルルルルルル」
ティラノの生暖かい鼻息が顔に当たる。
ティラノはもう、俺たちの目前まで迫っていた。
もう無理だろこんなん。
「クソ、悪い。俺のせいだ」
「ちょ、諦めんなよ。なんとかしろよおっさん」
「わりぃ。体力もマナも限界来ちまってる。スキルが、起動しねぇ」
は? はぁ?
じゃあどうすんだ。
俺らここで死ぬのかよ。
こんな不運で、こんな不運のまま、死んじまうのかよ?
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
死にたくない。
まだやりたい事がある。
美味い飯。良い暮らし。良い女。大金。
欲しい物が沢山ある。
俺はまだ、今までの
「ふざけんな。こんな所で終われるかよ……」
「グルル……」
「ぁ、やっぱ無理かも。母さん、ごめ……」
【魂の神の承諾を獲得】
【魂の神貨一枚を獲得】
【神貨を奉納する事でガチャを実行可能】
【蓄積された不運を追加で奉納可能】
【神話級確定――
その声は、刹那に俺の頭に響き渡った。
そして俺は即座に理解する。
何をすればいいのかを。
空に手をかざし、手首を捻る。
「回せっ!」
頭の中で【ガチャリ】という音が響いた気がした。
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