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静香さんがホッと大きく息を吐いて言った。
「話はできますか?」
「勿論です、ただし麻酔が切れると相当痛いので、できるだけ動かさないほうがいいですよ。食事の制限などもありませんが、柔らかい方がいいでしょう。咀嚼すると痛いから」
「付添いはできますか?」
静香さんの声に医師が一瞬戸惑った。
「うちは完全看護ですので必要ないのですが、娘さんが不安なようでしたら付添い用のベッドも準備はできます。でも、それほどの事じゃないですよ?」
「ひらはいよ」
葛城が究極の鼻詰まり声で言った。
どうやら要らないらしい。
「大丈夫なの?」
「ふん、はいひょうふ」
私たちは病室までついて行って、葛城が横になったのを見届けてから帰ることにした。
あの人たちは残るのだろうが、私たちはこれ以上いない方が良いと思う。
敵陣に負傷した友を一人残すことに不安はあるが、こればかりは如何ともしがたい。
「葛城、明日帰ったら知らせてよ。見舞いに行くから」
「ふん、あいあほーよんこちゃ」
私は頷いて手を振った。
物凄く元気そうに手を振り返す葛城が、かえって痛々しい。
深雪ちゃんが、反対側の手を握りしめていた。
「じゃあ帰るね。お大事になさってください」
病室を出て駐車場に向かう。
「ねえ、お父さん。今日はありがとうね。仕事休ませてごめん」
「いや、俺は偉そうな顔して座ってるだけで、大したことはしてないんだ」
「そんなこと無いと思うけど、だとしてもありがとう」
照れ笑いをした父が話題を変えた。
「なんかなぁ……人の家庭に口を出すのもどうかとは思うが、今回の件は知らせておくべきだろうな。どこまで介入するべきか……困ったもんだ」
「大人の事情は良く分からないけれど、私は早く葛城をあの家から出してやりたいって思ってる。あのおっさん酷すぎるよ」
私は家に着くまでずっと理不尽に葛城が殴られた事件や、引っ越しの時の外道な発言を捲し立てた。
時々相槌を打ちながらハンドルを握っていた父がボソッと言った。
「あの父親は怖いんだろうな」
「え?」
「あ……いや、お前の話を聞いてると、なんとなくそう思ったんだ」
「何が怖いんだろ?」
「さあな。もう着くぞ。腹減ったなぁ。あんなおやつみたいな飯じゃ何の足しにもならん」
私は吹き出してしまった。
やっぱり若い子に合わせて無理したんだね? 本当は肉うどんとおむすびのセットだったんでしょ?
「父さんって意外とお茶目だね」
父は何も言わず吹き出した。
駐車場に車を停めると、ばあさんと母が出てきた。
どうやら心配して会社で待っていたようだ。
「どうだった?」
父が私の顔を見た。
「鼻が折れて、肋骨にヒビが入ってた。鼻の手術は無事に終わって、今日は病院に泊まるんだって。明日家に戻ったらお見舞いに行こうと思ってる」
「そうか。まあ命に別状は無かったのならいいさ。可愛い子だったのに傷が残るのかねぇ」
多分大丈夫だと伝えていると、母が後ろから声を出した。
「今日は店屋物をとることになったの。あなた、何にする?」
母が父の顔を見た。
「肉蕎麦と稲荷ずしを三個」
私の読みは正しかったことが証明された。
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