25
「ただいま帰りました」
「今日も遅かったね」
機嫌の悪そうなばあさんの声に、部屋の温度が1度下がった。
「申し訳ありません。放課後にグループ自習がありまして」
「そうだよね、洋子も受験生になるのだものね」
兄が助け舟を出してくれた。
いつもならここで折れるばあさんが、ギュッと口を引き結んだ。
「何事ですか?」
話題を変えようとして、かえって火に油を注いでしまったかもしれない。
「まあ座れよ。今日の夕食は話が終わってからだ」
「う……うん」
四角いテーブルを四人が囲んでいる麻雀状態で、私はどこに座るべきなのだろうと考えていると、ニコニコしながら兄が体をずらして手招きしてくれた。
「これで揃いました。おばあ様、続けましょう」
ふと見るとテーブルには三枚の紙が並んでいる。
よく見ると大学の合否を知らせるプリントだった。
「すごいねお兄ちゃん。全部受かったんだ……ホントに凄い!」
「ありがとう、お陰でなんとか滑りこめたみたいだ」
兄が嬉しそうな顔を向けてきた。
本当なら盛大なお祝いをしてもおかしくないと思うのだが、この雰囲気はなんだ?
通夜か? 私が知らない遠すぎる親戚でも亡くなったのか?
そんなこと考えていたら、ばあさんがきりっとした顔で私に言い放った。
「どこまでしってるんだ?」
私はめちゃくちゃに混乱したが、恐らくあの話だろうと思って口を開いた。
「聞いたのはつい最近です」
「そうか。ではお前が継ぐんだね?」
いやいやいやいやいやいや、ちょっと待ってくれ。
「継ぐとか継がないとかいう話より先に、話し合わなくちゃいけない事があると思います」
ばあさんが、黙ったまま下を向く。
今日はいつになく弱気じゃないか?
「私はどっちが継いでも構わない。どちらにしても血は残るからね。お前たちが話し合って決めても良いんだ」
どちらかが継ぐこと前提っていう時点で、かなり選択肢を狭めていると思うのだが。
「どちらかが継がないいけないんですか? 継ぐにしても今すぐというわけでは無くて良いのではないですか?」
ばあさんがギロッと睨んできた。
「この人を中継ぎにするということかい? そりゃ無理だ。本人に聞いてみるといい」
どういう意味だろう。
困った私は『この人』と表現された父の顔をちらっと見た。
まずい……固まっている。
「この人って……言い方がどうかと思います。仮にも娘婿でしょう? 私たちの父親でしょう? どうしてそんな酷いことを言うの?」
ばあさんがチッと舌打ちをした。
「まあいい。どうしてなのかは自分で聞け。優紀さんの立場を考えて、今まで後継者として育ててきたんだ。それをどうして分からないのかが、私には分からない。優紀さん、お前はそんな我儘を言ってよい立場ではないだろう?」
兄が一瞬だけ唇を嚙みしめた。
「それは……俺の責任じゃない。人を好きになることは犯罪じゃないんだ。そりゃ叔父さんと叔母さんのことがあるから、おばあ様が辛かったことは分かるけれど、俺が全ての責任を負うのは違うんじゃないかな。それに俺は継がないとは言ってない。好きな仕事をしてみたいと言っているだけだよ? それがそんなに悪いこと?」
「お前には分からないよ。私が育て方を間違ったんだ。だから私は責任をとって、社長として頑張っているんだ。そろそろ許してくれて良いんじゃないか? まだ働かなきゃダメか?」
母がより一層深く頭を垂れた。
父は苦虫をかみつぶしたような顔をして横を向いている。
「おばあ様? どういう意味?」
どうやら勘違いしているのは自分だけのようだ。
何がどうなったらこんな話になるんだろう。
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