8
押し付けるように渡された板チョコを、不思議そうな顔で受け取った兄に強請り、古い参考書を手に入れた私は夏休みの計画を綿密に練った。
私が勉強することに難色を示していたおばあさんも、兄の一声で口を閉じたので堂々と図書館通いができる。
その代わり、出掛ける前までに掃除と洗濯は済ませておかなければならないし、夕方は戻ってきた職人さんたちと一緒に、清掃道具の洗浄もしなくてはいけない。
テレビに夢中になっているおばあさんの目を盗み、自分の皿だけ1枚多くのせられていた分のベーコンを私の皿にパッと移した兄が、耳元で言った。
「夏休みは弁当良いの?」
「私は図書館に行くんだけど、お兄ちゃんは?」
「俺は家にいる。俺の部屋にはエアコンあるし。どうしても弁当がいるなら何とかするぞ?」
「葛城と相談してみるけど、多分大丈夫だと思う」
私はそう言ってから、おばあさんが振り向く前にベーコンを口に入れた。
そうなのだ、我が家でエアコンが設置されていないのは私の部屋だけなのだ。
理由は簡単で、室外機を置く場所が無いからなのだが、私の性格がもっとひねくれていたら、グレてもおかしくない案件だと思う。
「そう言えば、成績どうだった?」
「三番だったよ」
「おっ! 学年三位なら良かったじゃん」
「学年……クラスで三位だよ」
「クラス……まあガンバレ、妹よ」
兄が立ち上がるとほぼ同時に、始業のチャイムが鳴った。
父と母はすでに出勤している。
重役出勤のおばあさんがテレビを消して立ち上がった。
まあ重役というより社長なのだが。
「洋子、出掛けるならやることは全部終わらせてからにしなさいよ」
「はい」
「四時までには帰るように。みんな疲れて戻るんだから、遅れないようにしなさい」
「はい、おばあ様」
おばあさんの出勤を見届けて、手早く掃除を済ませ洗濯物を干す。
途中で兄が手伝ってくれたので、感謝しつつ残りの洗濯物を渡し、朝食の片づけをした。
「気をつけていけよ」
「うん、いってきます」
今日からの約40日間は、豪華な昼ごはんになると期待しているであろう両親に声を掛け、私は自転車に跨った。
まあ、豪華といっても前夜の残り物に、何か一品が追加される程度なのだが……
「おはよう!」
自転車置き場から出てきた私を、待ち構えていたように葛城が駆け寄る。
「お~! 張り切っているじゃないか! 頑張るぞ」
「うん、お昼ごはんが楽しみ~」
その気持ちは分かるが、初日のあさイチでそれを口にするな、葛城よ。
「順番札とった?」
キョトンとする葛城に、図書館の自習室の使い方を説明する。
まあこれも想定内だ。
「涼しいね~。こりゃ楽ちんだ~」
いつものように月に代わってお仕置きできそうなツインテールを揺らしながら、葛城が燥いでいる。
ミニスカートから伸びた足はまっすぐだし、スタイルも良い。
顔も化粧で何とかなる範疇だろう。
しかし地下アイドルとはいえ、芸能人は無理なような気がする。
自習室では私語絶対禁止なので、入室する前に注意事項を言い聞かせた。
「葛城は何からやる?」
こいつ相手に愚問をかましたとは思ったが、全部こっちが決めたのでは自主性が育たない。
予想通りのキョトン顔を受け流した私は、ビシッと言った。
「今月中に宿題を済ませるよ! まずは現国からだ!」
葛城はコクコクと頷いている。
どうやら勢いには弱いタイプと見た。
陽動作戦成功である。
この勢いのまま、葛城育成計画を成し遂げるぞ!
「頑張ってね、洋子ちゃん」
いや、お前がガンバレ……葛城沙也。
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