第7話 滅びの運命
ダンジョン1層、俺たちはウルカの母とオウカの母の遺体を埋葬し、ここまで戻ってきていた。地上へと返したかったがその遺体の香りで魔獣が寄ってくる危険性があるため連れてこられなかったのだ。
(それで全滅したら彼女のお母さんも浮かばれないだろうし……仕方ない)
前を歩くラッシュの背。ぼんやりとそれを眺めながらボス部屋の事を思い出す。あの時現れたクエストクリアの表示……あれは隠しクエストだった。
隠しクエストにはそれを開始するために条件がある。今回の場合、おそらくウルトがパーティーいるこの状況。そして彼女の離脱、更に死なせずにデビルオークを倒すこと。
こんなクエストがあることを俺は知らなかった。たぶんこれはストーリーを深く理解しているプレイヤーにのみ発見できる仕様となっていたのだろう。現に前の俺はウルカの母の話も、あそこに遺体があることも知らなかった。
そして、おそらくこのクエストのクリア報酬は……。
☆【ウルカ】レベル25。賢人の狩人。
ウルカの急激な成長。つまりこれはキャラクター強化イベントだったってわけだ。他のラッシュとコクエのレベルが17に対しウルカは25。デビルオーク戦で確認したときはウルカもみんなと同じレベル5だったからあの一戦で差がついたことは明白。さらにジョブ表記。ただの狩人だったのがキャラクター専用ジョブである賢人がついている。
見ることはできないが、おそらくスキルにも何かしらの技が追加されているに違いない。
(攻略サイトにも無かった隠しイベントを見つけることになるなんて……まあ、その理由はなんとなくわかるけど)
ちなみにラッシュとコクエはデビルオーク戦でレベルが一気に15へと達した。すげえ経験値の量だよな……さすが10層のボス。そして初心者ストッパー。
俺がダンジョンを歩きまくって頑張って稼いだ経験値を一瞬で……。
(ま、俺も経験値たくさんもらったけどさ)
俺は心の中でステータスをコールし開く。
――
【ステータス】《称号》深淵ノ死者
《名前》リン《ジョブ》白魔道士
レベル:32
HP:489/489
MP:860/860
筋力:101
魔力:345
精神:129
俊敏:412
詠唱:293
《装備:武器》
R3『クリスタルの杖+3』攻撃力(物):46 攻撃力(魔):128
《装備:防具》
N1『魔道士の外套』防御力(物):11 防御力(魔):18
《スキル》
★【魔眼】:消費MP――
☆『魔弾』:消費MP30
《魔法》
☆『ヒーリング』:消費MP15
☆『ヒーリン・ガ』:消費MP30
☆『エアマジック』:消費MP5
☆『マジックバースト』:消費MP20
☆『エアリアルヒール』:消費MP20
☆『ホワイトガード』:消費MP15
――
チュートリアルの段階でまさかのレベル30越え。いやはや、気分がいいね。やっぱりレベルが上がっていくのは嬉しいねえ。
ちなみにデビルオークからR2『不気味な表皮』R2『不気味な牙』R2『黒い魔液』がドロップした。これは売ると結構な額になるし装備品を作る際にも役立つ。いいモノが手に入ったなぁ、へへ。
「そろそろ出口だな。みんな鉱石は指定された個数ちゃんと回収したよな?」
「……ええ、もちろん。あたしは持ってるわ」
「うん。クリスタル、僕もちゃんともってるよ」「ワフ!」
この世界においてクリスタルは需要が大きい。ここのダンジョンではそれが多く採れ、俺たちはその回収のため編成されたパーティーだ。
プレイヤー的にはただのチュートリアルだが、話の流れではそんな感じ。
(多様な使い道のあるクリスタル。貴重な鉱石であり高額で売れるそれは、村の大きな財源だ)
「しかしあれだな。村に若い奴が俺たちしかいないからって、あんなヤバい魔獣がいるダンジョンにはいらせるなんて……」
皮肉めいた口調でラッシュが言った。確かにそれはそうだろう。俺たちはまだ14歳の子供で、それに下層にデビルオークのような魔獣がいるなんて俺はともかく彼らは知らされて無かった。そう思うのは無理のないことだ。
しかしその言葉にコクエが噛みついた。
「あらあら、ラッシュは初めての魔獣との戦いで心が折れちゃったのかしら。情けないわね」
「は?おまえだって脚がくがくだったじゃねーか」
「なっ、ち、ちが……あれは武者震いってやつよ!泣きそうな顔してたあんたとは違うわ!」
互いに向き合いにらみ合う二人。この二人は別に仲が悪いわけではないが、よくこうしていがみ合う。
昔から見てきたがラッシュは仲間想いの奴だ。今の彼の言葉は、おそらくデビルオークとの戦いで今までにないほどの死の恐怖を実感した。だから俺やコクエ、ウルカ、カムイ……皆を失ってしまうことを想像し怖くなってしまったのかもしれない。
だが気の強いコクエはその弱気な発言が許せなかったようだ。
「ふん。あんたそれでもパーティーリーダーなの?あの時はまあ、百歩譲って仕方ないとして、それからの魔獣との戦いでも震えてまともに戦えなかったじゃない」
「そ、それは……けど、1層の魔獣でも命を失う危険性は十分にある。俺は誰かをもう失いたくないんだよ」
「ふん。ここらの魔獣は低級よ?命を奪われるなんてありえないじゃない」
「お前、そうやって舐めてたらいつか痛い目あうぞ」
「魔獣を舐めてなんかいないわ。あたしが舐めてるのは必要以上にビビっているあんただけよ」
「こ、こいつ……まだいうか」
「ごめんね。今回のは僕が悪かったんだ。ちゃんとカムイにいう事を聞かせられずに皆を危険な目に合わせてしまった……ラッシュが魔獣を危険視するのはわかるよ。僕も死を覚悟したし、怖かった。魔獣への恐怖心を……植え付けてしまったのは僕だ。ほんとに、ごめん」
10層で目の当たりにしたデビルオークのインパクトは強烈だったのだろう。ボスクラスの魔獣の強さを肌で感じ、迫る死の恐怖を植え付けられてしまった。
あれ以降、何度か魔獣との戦闘をしたがコクエのいう通り、ラッシュの動きは明らかに委縮しているようだった。けれどそれはラッシュだけじゃない。コクエも魔力操作が不安定になり、ウルカも同様に訓練での動きはできてはいなかった。
(ウルカは自分のせいだと言っていた……でもそれは違う。元はと言えば俺がレベリングなんてして心配かけたから、みんなも深い階層までくることになったんだ。誰に責任があるかといったら、それはどう考えても俺にある)
「みんな、ごめん……そもそも、私が勝手な行動をしちゃったから」
俺は謝る。自分の身勝手な行動を。そんな俺に対しウルカが気を遣い微笑む。
「ううん、それは仕方ないよ。1層とは違がって2層からは迷路のようになっていたんだ。誰でも迷うさ」
「そうよ。あれは事故。ウルカが落ちそうになってたのをあんたは庇って落ちただけなんだから」
「そうだ。お前は悪くないよ、リン。むしろ……助けてくれてありがとう、だ」
ラッシュが俺の前へ歩いてきた。
「なあ、教えてくれ。リン。お前はなぜあんなに強いんだ?やっぱり秘密の特訓か?どういう特訓をしたらあんな動きができるようになる?」
「そうよ、それ……あたしにも教えてよ。強くなるために何をしたの?」
「特訓だけかな?あれは魔獣との戦闘に慣れしている熟練の冒険者のような動きだった。どこかで実戦でもしているんじゃないのかい?もしそうなら僕も参加させてくれないか?」
三人と一匹に詰め寄られたじろぐ俺。
「え、えーと……」
正直に答えるか?ここがゲームの世界で俺が熟練のプレイヤーなのだという事を。……いや、無いな。そんな話だれも信じないし混乱させるだけだ。
どうしたものかと考えていると、コクエが耳打ちをしてくる。
「……ねえ、お願い。教えてくれたら甘~いお菓子を焼いてあげるから。ね?」
「まて!ずるいぞ!!コクエ!!それなら俺はリンの好物、旬明魚を釣ってきてやる!!だから頼む!!」
「なんだい、君たち?モノで釣ろうとするだなんて、まったく。……じゃあ僕は冬に向けて暖かいマフラーを編んであげようか!手袋もつけよう!」
「「「いやお前もかよ!!」」」
三人のツッコミがウルカを直撃する。途端に笑いが起こり、場に笑顔が満ちた。俺たちは昔からこうだった。ケンカしてもすぐ仲直り、他愛ないことで笑いあって……この村での14年間は前世での暮らしよりも幸福だった。
(だが、それももうすぐ終わる……)
ひとしきり笑った後にラッシュがいう。
「ま、この話はまた今度だな。腹も減ったしかえろう」
「そうね。もうお腹ぺこぺこよ……」
「まあ、こんな長時間になるなんて思わなかったからね」「ワン!」
ラッシュ、コクエ、ウルカ、カムイ。皆の後ろ姿を眺め、これから起こる【LASTDREAM】の物語を思い返しなんとも言えない気分になる。
(みんな、良い奴だ。けど、でも……)
――これからこの村は、魔王軍に攻められ滅ぼされる運命にある。
(……みんな、死んじゃうんだよな)
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