第5話 悪食の【デビルオーク】


放ったスキル『魔弾』はデビルオークの腹部へと命中した。魔力補正により威力が高まったそれはデビルオークの巨体を軽々吹っ飛ばすほどのモノになっていた。

速射できる詠唱無しの高威力スキル。しかしリキャストが恐ろしく長い。多分この戦闘ではもう使えないだろう。


(というか、間に合ってよかった)


ウルカのパートナー、カムイは母親から託された大切な狼だったはず。それを失うなんて悲しすぎるからな。例えゲームのキャラクターとはいえ、そんな悲しい結末は見たくはない。


「……『ヒーリング』!」


カムイの怪我が一瞬で完治する。顔を摺り寄せるカムイ。これで一安心だな。ウルカにも回復魔法をかけよう。


「リン、ありがとう……けど、どうしてここに」


「パーティーを組んでるからね。メンバーならボス部屋に入ることはできるんだ」


「え?ボス、部屋……?」


あ、そういうことじゃないか!しまった。


「あ、ごめん、なんでもない。皆に聞いたんだ……カムイに私の匂いを辿ってもらっていたんでしょ?だから私が来た場所をしらみつぶしに歩いて探して、それでここへたどり着いたんだよね」


俺は後ろを指さす。そこにはラッシュとコクエの姿が。……って、なにその顔。二人の様子がおかしい。目を見開いて口をポカーンと開いている。固まっていた二人だが、やがてゆっくりとラッシュの口が動く。


「り、リン、おまえ、今の……何をしたんだ?」


「まほう、なの……?噓でしょ……なんて威力なのよ……」


「あ」


そうか……そうだった。助けることに頭がいっていて気が付くのが遅れた。皆とはレベル差があるからそりゃ驚くか。


その時、瓦礫を押しのけデビルオークがゆっくりと起き上がった。紫の表皮が赤くなっている。魔獣の中には一定のダメージを受けると状態が変化するものがいる。あれは怒り状態。デビルオークの怒り状態は攻撃力、防御力アップ。


(皆に危害が及ぶ前に、さっさと終わらせないと)


★悪食の【デビルオーク】レベル30。


悪食の名は侵入者を喰らう事からつけられた二つ名。この部屋にある無数の白骨は奴の餌食となった人や獣、魔獣のものだろう。

喰われたばかりの死体の腐臭が凄まじい。鼻が腐り落ちそうだ。


デビルオークはこちらへと一歩踏み出した。間合いはそれなりにあったが、歩幅と武器である大斧のリーチの長さで大斧は俺の真上から降ろされた。しかし俺は奴の攻撃パターンを全て把握している。一歩横へ移動し、紙一重で躱す。


「グゴォッ!?」


デビルオークは驚愕する。AIに組まれた反応とはいえ、そこまで驚いてくれるとこちらも気分が高揚する。バトルジャンキー、戦闘民族である俺は戦う事にこそ喜びを見出す。それが最も高まる瞬間、それは強い相手と相対しそれを上回った時。


相手の動きを完全に予測し、手玉に取る。


(蹴り、平手落とし、裏拳……次は視線による麻痺攻撃)


繰り出される攻撃をことごとく回避し、仲間がいる位置からデビルオークを移動させる。前世のキャラ、シーフであった頃、観戦者に『まるで優雅なダンスだ』と称されたこともある俺の戦闘スタイル。

しかし俺に魅せようなどという意識はなく、ある狙いをもって動いている結果そう見えていただけだ。

その目的とは、【死門】を突くための動きの誘導。非常に攻撃があたりづらい位置に現れるそれは的も小さく、見えていても攻撃を当てるのは至難の業であるため、こちらで隙を作る作業が必須であった――


(デビルオークのHPは約30000。さっきの『魔弾』で与えられたダメがおそらく300弱……俺のスキルと魔法の中で最も威力がある攻撃だ。おそらく時間をかければ殺れるだろうけど、しかし時間をかければそれだけ無数の死線を越えなければならない。セーブの概念がはっきりしない今、死んでもまたリトライできる保証もない……安全に短期的に決着をつけるならやはり【死門】を狙うしかない)


――そのため、俺はこの世界に存在するほぼすべての魔獣の行動パターンを完全に記憶した。


(……怒り状態が終了するまであと10秒、そのあとに奴が『咆哮』すれば大斧振り下ろし、しなければバックステップ。膝が沈んだなら前蹴り……一番隙の大きい両手での大斧振り下ろしを誘発させて狙いたいが、あれは麻痺攻撃で動けなくなったプレイヤーに対して行う行動だ。あえて視線をあわせて麻痺するか?)


横なぎに振りぬかれた大斧、姿勢を低くしそれを躱す。その瞬間デビルオークの瞳が怪しく輝く。麻痺攻撃が来た。


(3,2、1……この距離、位置、今だ)


俺は視線を合わせる。体に痺れの予兆が現れ、デビルオークが大斧を振り上げた。瞬間、俺は前へと飛んだ。視線を合わせたタイミングによりデビルオークはこちらが麻痺しきる前に攻撃を繰り出す、それを誘発した。この麻痺は速攻性ではないことを俺は知っている。


(【死門】は顎下)


間合いに入り、杖の先端を突き上げた。それは見事にゴリッという鈍い音と共に顎下から脳天へ突き抜け、デビルオークへ死をもたらした。だらりと力が抜け倒れこむ魔獣。痺れが回ってきた体が動かず、巨大な影が落ちてくる。


(あ、やべ……!)


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