≪冬≫コンビニしみしみおでん、肉まんを添えて
目が覚めて、伸びをした時に吐いた息が白かったのには驚いた。
部屋の中でさえこんなにも寒い。こんな気温の中、外に出るとか、恐怖でしかなかった。
意を決して布団をはぎ取った。もう一度温まった布団に戻ろうという悪魔の囁きが浮かんできたけど、
「寒いって、なんでこんなに寒いんだよぉー」
独り言を呟きながらせっせと着替える。
着替える時も、服の生地が体に触れるたび、つめたっ、ひえぇ、と独りで悲鳴をあげながら着替えた。
服を着た後もやはり今日の寒さは少し身に染みて、朝ごはんのときにはマフラーを巻いて食べた。
それを母に咎められながらも、寒くて無理と言ってそのまま食べ続けた。
外に出ると突き刺さるような寒さが襲ってくる。
寒すぎて引き返そうかとも思ったけど、流石にこの寒さの中で花遊が僕を待っていてくれると思ったら、引き返すことも出来なかった。
「今日めっちゃ寒い・・・・・・」
顔を会わせると花遊の第一声はそれだった。
「ホントに寒いよな」
格別に寒い。
今日の花遊は完全防備だった。
マフラー、手袋、耳あて、カーディガンを羽織っている。
脚にはストッキングを履いている。
心なしかいつもよりもスカートも長い気がする?
「何じろじろ見てるのよ、えっち」
彼女は僕の視線がスカートに行っていることを見て、ジト目で言った。
「今日はストッキングも破れてないなって思って」
僕は咄嗟に、スカートに視線を向けていた言い訳を言った。
「いつも、破れているわけじゃないもん。あのときはたまたまだもん」
ふわりはそう抗議しながらも、替えのストッキングはちゃんと持ってきてるもんと言う。
「はいはい、わかったからさっさと行こうぜ」
彼女のどや顔に苦笑いをしつつ、寒いし早く学校へ行こうと促した。
「早く教室に行って、ぬくぬくしたーい」
それには僕も賛成だった。
登校中、あまりの寒さに口元までマフラーで覆い、会話をすると肺まで冷気に刺されるので、あまり会話らしい会話もせずただ二人で学校へと向かった。
道中で出た二人の言葉のほとんどは「うー、寒い」だった。
放課後になってもやっぱり、寒かった。
さらに悪いことに授業の終わりが近づくごとに雪がぱらつき始めた。
皆が帰り始める頃には少し粉雪が舞っていた。
吹雪かないうちにとほとんどの学生たちは帰ってしまった。
残りは部活に行き、僕らは二人だけ教室に残った。
「ねぇ、キミト君。粉雪が舞ってるけど早く帰らなくていいの?」
「花遊こそ、早く帰らないと風邪ひかないか?」
「それはもう良いでしょ」
彼女は前のことをほじくり返されてちょっとむくれていた。
「今日みたいな日は確かに早く帰りたいけど、教室だともうしばらくストーブ着けてられるからなぁ」
「家に帰って暖房つけてたら、怒られるよねぇ」
暖房の電気代は結構するから家計を圧迫するみたい。
ふわりはいつものように僕の前の席に座って、こっちを向いた。
「今日はホントに寒いね、あったかいものが食べたい気分」
「確かにそうだなぁ。鍋とか、煮込みとか、味噌汁とか温まるよな」
「この時期と言えばラーメン、シチュー、ポトフでしょ!!」
僕と彼女でイメージするものが結構違ってびっくりした。
「なんか花遊の食べたいものってラーメン以外はおしゃれだな」
「んなっ、ラーメンだって良いでしょ!!」
「ラーメンだけ親父臭い」
「ラーメン女子だっているんだから世界の女子に謝って。キミト君のあげたものの方が断然爺臭いと思うけどねっ」
彼女がふんがふんがと興奮する。
「確かに爺臭いのは認める。が、おでんを二人とも上げなかったのはちょっと意外なところだな」
「確かにおでんはなかったね、真っ先に出てきそうなのに」
「肉まんとかも冬って感じだよな」
「あんまんも、ゴマあんまんも、チーズまんも好き」
「わかる、冬の甘いものっていつもよりおいしいよな」
謎に肉まんならぬあんまん談義が盛り上がってしまった。
「コンビニでも売ってるものでって言うと、おでんもあるけど何の具が好き?」
「当然大根でしょ、それから卵!! ウズラも両方好き、餅巾着も好き」
「僕も大根は外せないなぁ、あとは牛すじとてんぷらかなぁ」
「てんぷら・・・・・・? 海老天とか?」
ふわりにはてんぷらが通じないことにびっくりした。
「てんぷらって、アレだよ。練り物の」
あれっててんぷら以外になんて言うんだろう。わからない。
ふわりはなおもハテナマークを浮かべている。
「うーん、言葉でどう伝えたらいいかわからないなぁ・・・・・・。そうだ!! 帰りにコンビニに寄っておでん食べながら帰ろうよ」
コンビニでてんぷらを買えば分かるだろうと思い、彼女に提案してみた。
「良いね!! 今日寒いし、最高。大根は正義」
彼女のはしゃぎっぷりに、提案した僕も笑えしまった。
「それにしても、キミト君はおでんでも好きなものは渋いね」
と、彼女はニヤリとして言う。
「うっさいわ」
今度は僕がそっぽを向く番だった。
「ごめんって、どれもおいしいよね」
怒らせるつもりはなかったのか、ふわりのフォローが入る。
僕は気を取り直して彼女の方を向いた。
「そろそろ雪も落ち着いてきたし、部活が終わる前に帰ろう」
「そうだね、コンビニにも寄らなきゃだし」
僕らは鞄を持って、ストーブを消すと教室を出た。
「そういえば、さっき教室で言ってた謎のてんぷらが気になるー」
「僕もはじめて名前を聞いた時、てんぷら? ってなったから気持ちはわかるよ」
ふわりの興味津々な言葉に、笑いながら答えた。
「だよね。でも海老天とか磯部揚げみたいな、いわゆる天ぷらではないんだよね?」
「そうだよ、でも普通はそっちを考えるよね」
「そうだよね、あと肉まんもセットで買おう」
「寒いのに食い地は張ってるなぁ」
僕は少し苦笑いを浮かべる。
「もー、いいでしょ。今日はおでんと肉まんの気分なの」
「そのうちお小遣いがないって、泣きついてくるなよ」
「へ、へいきだもん。多分。でも、その時になったらキミト君に泣きつくから大丈夫」
「全然大丈夫じゃねぇ」
あははははっと二人で笑いながら、くだらないことを言い合っていると、コンビニに着いた。
コンビニに入るとレジの方から「いらっしゃいませー」と声が飛んでくる。
僕らはそのままレジのおでんコーナーへ向かった。
おでんのコーナーには、今作られているおでんの具一覧が書き出されている。
大根、こんにゃく、餅巾着、ちくわ、牛すじ、たまご、厚揚げ・・・・・・。
順に追っていくが、てんぷらがない!!
てんぷらに近いものも置いていなかった。
うーん、いつも家でおでんが出てくるとあるから、メジャーなものだと思っていたけど違ったのかなぁ。
「キミト君どうしたの?」
「いやさ、さっき言ってたおでんの具なんだけど、ここにないっぽいんだよね」
僕はふわりにちょっと申し訳なくなりながら伝えた。
「そうなんだ、ちょっと気になってただけに残念だね。とりあえずある中から欲しいの言おうよ」
という彼女の提案で、僕はもう一度メニューを見た。
どれがいいかなー。
大根は外せないし、牛すじも捨てがたい。
「すいませーん、大根とたまごともち巾着ください。キミト君は?」
まだ少し悩んでいる間に、ふわりは注文をしてしまった。
店員がおでんコーナーの前に行き、注文の品をカップに入れていく。待たせないように、僕も素早く選んだ。
「僕は大根と、牛すじとあと厚揚げください」
「大根と牛すじと厚揚げですねー」
店員は僕の注文を復唱しながら、商品を足していく。
二人の注文を入れ終わると、以上でいいですか? と確認され、問題ないことを伝えると、そこにおでんのだしをなみなみと追加して入れてくれる。
二人でレジに移動した後、僕は店員に豚まんも追加で頼み、会計を済ませてコンビニを出た。
僕らはつけてもらった二膳の箸をそれぞれ手に取り、二人分の具を一緒に入れてもらったカップから各々チョイスした具を取り出す。「ほふほふ、やっぱり大根おいしいね」
僕らは二人ともが注文した大根を頬張った。
出汁が染みていて、おいしかった。
「ねぇ、キミト君(。)お互いに一つだけ交換しない?」
「いいね、どっちがいいかなー」
僕は彼女の提案に乗って交換する方を考える。
「私は牛すじが欲しいなぁ」
「じゃあ、僕はもち巾着が良いなぁ」
僕も負けじと応戦する。
彼女はぐぬぬという顔をしている。
僕はたまごでももち巾着でもどっちでもよかったので、厚揚げあげるねとニヤリとして言う。
「ちょっと、待って」
ふわりは少し慌てて、吟味している。
彼女にとってはどちらも好きな具なのだろう。
「じゃあ、私はたまごをあげるね」
ふわりはやっと決心がついたようで、名残惜しそうにしつつもたまごを指定した。
僕は彼女のたまごにかじりつく。たまごもやっぱりおいしい。
「んー、この牛すじ味がちゃんと染みてておいしい!!」
ふわりは少し嬉しそうに僕に言う。
「厚揚げもいいでしょ」
「いいね、そんなに食べたことなかったんだけど好きなものに入れちゃう」
彼女は嬉しそうにそう語った。
お互いに最後の牛すじともち巾着を取って食べる。先に食べ終わったふわりが、残った出汁に口をつけた。
「んっぐ、んっぐ、はぁー。はい、キミト君どうぞ」
彼女は少し飲んだ出汁を僕に差し出してくる。
僕もその出汁に口をつけて飲んだ、はぁー、あったまる。
飲み終わった後、彼女と間接キスをしたことに少しトギマギした。
だけどふわりは、そんな僕を少し不思議そうに見ているだけだった。
首を少し傾けてるんじゃない。
「キミト君、豚まん冷めちゃうよ」
ふわりに言われて、僕は残していた豚まんを袋から取り出した。
「花遊も食べたかったんだろ、食いしん坊め」
「違います―、そんなことないですー」
「じゃあ、要らない?」
「い、要るよ!!」
彼女は少しむきになって言ってくる。
僕が手で豚まんを半分に割ると、それぞれから湯気が立ち上る。
少し大きく割れた方をふわりに差し出した。
彼女はすぐに受け取らず、良いの? という顔をする。
「食べないなら、僕が食べるよ」
「た、食べるってば」
ふわりはようやく僕の手から豚まんを受け取り、かぶりついた。
「ぼちぼち帰ろうか」
「そうだね」
僕らは片手に豚まんを持ち、時折それを齧って二人で歩いた。
あの日食べたおでんの味を、僕らは忘れないだろう。
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